ほのぼの改心
「そう言やあ最近、元勇者パーティー名乗って荒稼ぎしてる輩が増えてるそうじゃねえか」
「みたいだな。依頼人も警戒してるのか、こっちの素性を調べられることが多くなったぜ。まったく、やりにくくて敵わん……」
「俺も元勇者パーティー名乗ろうかねぇ」
「やめとけ。中途半端なレベルで看板背負って、高難易度クエスト押し付けられて自滅した奴を腐るほど見てきたからな」
「あんたは名乗らないのかよ? 俺よりランクは上だろ?」
「……少し前に元勇者パーティーを名乗るパーティーにいた」
「それって……似非パーティーってことか?」
「まあ、な。ただ、リーダーの奴には実力があった。剣の腕も俺より上。それなりに難易度の高いクエストをクリアしていたんだが、魔物の狩り方がちょっとな……」
「狩り方?」
「汚いって言うか、姑息って言うか。とにかく、俺のハンターとしての信条には合わなかったんだ」
「それで抜けたのか?」
「ああ。今は気楽にソロ。そして、追うのは〈グランベルジュ〉だ」
「おっ、じゃあ、俺と組んで噂の宿屋に泊まるか」
「ランク上げて出直してこい」
「釣れねえ奴だな、ったく……」
◇◇◇◇◇
リムル島での出張宿屋も残すはあと二日。リズは何度もフィールドワークに出掛け、帰って来ては客室に籠って成果を纏めている。
ビスクたちともあれ以来、揉めることはなかった。あたしが言ったようにリズがビスクたちを観察しているのか、それともビスクたちが大人しくしているのか。どっちかはわからないけど、上手くいっているならそれでいい。
「み、ミアさん! ミアさーん!」
……最後までどうして上手くいかないかなぁ。最近、何かと面倒なことに巻き込まれている気が……。
「ミアさん! お願いします! 力を貸してほしいんです!」
「うん、わかった。わかったから、まず落ち着いて。はい、深呼吸」
少し前に出掛けて行ったかと思えば、血相変えて宿に駆け込んで来たリズ。彼女の様子から察するに結構な大ごとみたいだけど、まずは状況確認が優先だ。
「何があったの?」
「私、見付けてしまったんです……!」
「見付けた? 何を?」
「……イッカクザメ」
クロエちゃんとオリヴィアはもちろん、あたしでさえも耳を疑った。
絶滅したはずのイッカクザメが……? 何で……?
いや、そんなことより……この状況は、ヤバい……!
「あたし、先に行く! オリヴィア、リズを連れて来て! クロエちゃんは持てる限りの薬草をお願い!」
「わかったわ。リズは私に任せて」
「了解です、ミアさん! こっちは大丈夫なので、急いで下さい!」
「じゃあ、任せた!」
宿を飛び出したあたしは、走りながら身体強化の魔法を掛ける。筋力、魔力の強化はもちろん、俊敏性も上げたから走る速度はどんどん増していく。
身体強化……! 更に……強化!
「……いた!」
島の北側の浜辺。そこにビスクたち四人がいた。魔術師の一人は距離を取って離れ、あとの三人が三角形になるような陣取りで、浜に打ち上げられた魔物を囲んでいる。
その魔物は角が生えた、サメの魔物。懐かしささえ覚えてしまう、その姿。
しかも……それが二体!? まさか親子!?
「行くぞ、お前ら! 全員で仕留めるぞ!」
「させるかぁあああああー!」
イッカクザメの前に降り立ったあたしは、地面に拳を叩き付けて突風を巻き起こす。それでビスクたち三人は吹っ飛んだけど、魔術師の奴は距離があって無事。
何が起きたか一瞬ではわからなかっただろうけど、反射的にあたしへと攻撃魔法を繰り出した。それもあたしは腕の一振りで薙ぎ払い、右手に火球を、左手に雷玉を召還させて構える。
「お、お前は宿屋の……! 邪魔すんな、小娘!」
「あんたたちさ、この魔物が何かわかってるの?」
あたしのすぐ後ろには二体のサメ。一体は成獣で、大きさは五メートル以上。もう一体は子供のようで、角はまだ短くて、体長も二メートルくらいだろうか。
「知ってるさ。そいつはイッカクザメ。絶滅したとされる魔物だ。あの学者の嬢ちゃんはまだ生きていてもおかしくはない、って論文を書いててな。もしかしたら、とは思ってたんだが……」
こいつらが割安でリズの依頼を受けた理由はそれか。情報収集は冒険者の鉄則。リズがイッカクザメについて詳しいと嗅ぎ取ったビスクは、リズの護衛を引き受けることでイッカクザメに出会えるチャンスを窺っていたんだ。
「まさか、本当に見付けるとはな! あの嬢ちゃんには感謝だぜ! こいつを売り飛ばせば、俺たちは億万長者だ!」
イッカクザメのレベル的に、ビスクたち如きの攻撃を真面に受けるとは思えない。けど……。
親ザメの方には生々しい傷。子ザメの方は無傷。
こいつら、子供を狙って攻撃したな……! 親は子供を庇って守ろうとする。それを利用したんだ!
「……ざけんなよ、クソガキ」
「ガキはお前だろうが!」
剣士と重騎士が同時に攻め込んで来る。でも、あたしにはスローモーションに見えてしまうレベル差だ。首を捻り、肩を引いただけで簡単に二人の剣を避けられる。
空振りして体勢を崩した二人に、両手の魔法をぶち込んだ。剣士の方は火だるまになって、重騎士の方は痺れて倒れた。
「う、嘘だろ……!? 一撃だと……?」
「元勇者パーティーが聞いて呆れるね」
「おい! 撃て! 全力で魔法攻撃だ!」
ビスクに命令された魔術師は持てる最大限の魔法を連発させる。一応、上級魔法なんだけど火力がイマイチだね。精神力をもっと鍛えなさい。
「俺の魔法が効いてない……? 嘘だ……。あり得ない……」
「悪いね。鍛えすぎて〈マジックシールド〉が常に掛かっているような状態なんだよ」
じゃあ、今度はこっちの番だ。あたしの一番弱い攻撃魔法で、っと。
「うぉーたーぼーーる」
「ぐはっ!」
ゆるーく詠唱したから、あたし的には水鉄砲くらいのイメージなんだけど、一般人にはとんでもない水圧だったみたい。サッカーボールくらいの水の球が魔術師の顎を撃ち抜くと、魔術師はそのまま仰向けに倒れていった。
「さーて、残りはビスク。あんただけだね」
「な、何者なんだ、お前!」
「あたし? あたしはただの宿屋従業員だよ」
「ふざけやがって……!」
斬り掛かってきたビスクの剣を、あたしは人差し指と中指で挟んで受け止めた。
「なっ……! う、動かねえ……!」
「あれあれ? 女の子の指二本にも敵わないの? しょーがないなぁ。止めは指一本にしてあげるよ」
剣を掴んでいる手とは逆の左手を、ビスクの額にすうっと伸ばす。曲げて丸めた中指を親指で止め、力を籠めて……弾いた。そう、単なるデコピンです。
「ぎゃぁあああああー!」
それでもビスクをぶっ倒すには十分だった。口から泡まで吹いたビスクは、砂浜の上で情けなくピクピク震えていた。
「ミアさん! 大丈夫ですか!?」
ちょうど戦闘も終わった頃に、クロエちゃんたちが駆け付けた。三人は倒れたビスクたちをさらっと見渡した後、あたしの後ろの魔物へと視線を向ける。
だよね。ビスクたちとかどうでもいいよね。気になるのはやっぱ、これ。絶滅したはずの魔物、イッカクザメだ。
「あたしは大丈夫。けど、イッカクザメの方はダメージを受けてる。リズ、状態を診られる?」
「や、やってみます」
「傷や体力面に関してはあたしたちでどうにかするから、リズはこのイッカクザメの状態把握に集中して」
「は、はい!」
心配なのは毒や麻痺なんかの状態異常になっていないか、だ。その場合だと、あまり時間を掛けると体力が徐々に削られてしまう。
「オリヴィア、リズが診察している間、イッカクザメを傷付けない程度の束縛魔法いける?」
「私は料理人よ? そんなの余裕」
食材を締める際、正確に安全に締めるため緩めの束縛魔法を使うことが料理人にはある。オリヴィアには手慣れた魔法ってわけだ。
けど、この魔物を締めちゃダメだかんな?
「じゃあ、クロエちゃん。薬草を貰える?」
「回復魔法は使わないんですか?」
「傷口を塞ぐのに後で回復魔法を使うけど、体力を回復させるには薬草の方がいいんだ。回復魔法って言うのは人間や魔族に掛けることを想定した魔法だから、体の構造が違う魔物には効果が薄いんだよ。けど、薬草は自然由来のもの。魔物にもよく効く。だからクロエちゃん、薬草を細かく千切っててくれる?」
「はい、わかりました」
その間に傷口の治癒だ。陸に打ち揚げられてどれくらい経ったのかはわからないけど、下手に動かすと傷口を開かせることになるかも知れない。だから、今は耐えてもらうしかない。
普通の魚ならとっくに死んでいるけど、魔物の体力は強靭だ。幸いにも少し波が高くなってきて、サメの親子の体を程好く濡らしてくれている。
「ミアさん、子供のイッカクザメの方は無傷で無事です。体力の低下もそこまでないと思います。ただ、成獣の方、これお母さんなんですが、だいぶ弱ってます……。傷口はそんなに大きくはないのに……」
「ハンターのやり口だよ。魔物の体をあまり傷付けず、素材を無傷のまま回収する。体力吸収系の魔法を使ったんだ」
「お願いします! この二匹を助けて下さい!」
「当たり前っしょ? あたしたちは宿屋だよ? 傷付いたお客様を放って置けますかって」
「ミアさん、薬草千切り終えました!」
「ありがと、クロエちゃん。あたしの足許に置いてくれる?」
麻袋に入った薬草を足許に置いて、あたしは水魔法を発動させる。攻撃力の全くない、ただの水球。そこに千切った薬草を巻き上げながら水に混ぜ、即席の回復薬にする。
緑色に濁った水球を魔力でイッカクザメの口へと運び、飲み込ませる。
「これを繰り返した後、海に生け簀を造る。体力が弱ったまま、いきなり海には帰せないからね。回復用のプールを造って、そこで療養してもらおう」
「魔物用の料理、作っておくわ」
「うん、任せた」
回復薬を飲ませた後、あたしは海へと飛空魔法で飛び、島の少し沖合に今度は土魔法を放つ。海底の岩を隆起させ、直径三百メートルくらいの丸い生け簀が出来上がった。あの二匹には広いプールかも知れないけど、のびのび泳ぐにはこれくらい必要だよね。
生け簀までは風魔法で二匹を運搬し、ゆっくりと入水させる。子供の方はあまり心配していなかったけど、母親イッカクザメが悠々と泳いでいる姿を見て、ようやく安心したって感じだ。
「ふぅー……今回はなかなかの重労働だったね」
「お疲れ様です、ミアさん。それで、この方々どうするんですか?」
この方々って言うのはビスクのことだ。まだ意識が戻っていないらしく、四人纏めて砂浜に転がしていた。
「サメの餌にでもしたら?」
「お、オリヴィアさん、さすがにそれは……――」
「いいね、そうしよう」
「ちょっ、ミアさん!? ミアさんまで何言ってるんですか!?」
ぺちぺちとビスクたちの頬を叩くと、目を覚ましたのか寝言みたいな呻き声を出している。さっきのサメ運搬の時みたいに四人を沖合まで運び、海面へと四人をそっと下ろす。
「う、うん……? ここは……う、海……?」
「おはよう、ビスクさん」
「お、お前は宿屋の……!? て言うか、何なんだ、この状況は!」
「えっ? わかんない? あんたら四人は今、シャークアイランドの海の真上にいるの。ここにあんたらを落とせばどうなるか」
ビスクたちの気配を察したのか、青黒い大きな魚影が何十匹も回遊し始めた。時折背ビレを覗かせ、時折水飛沫を上げて、こっちの予想以上にビスクたちを怖がらせてくれた。
「ぎゃぁあああああー! さ、サメだ! サメがいる!」
「や、やめろ! やめてくれ! 何でも言うことは聞くから!」
「あ、謝るよ! 悪かった! 俺たちが悪かったから!」
そうだよ、あんたらが悪い。その報いを受けて当然なんだ。今ここでこいつらを海に落としても、あたしは全く気にも留めないんだから。
けど、そんなことすると、クロエちゃんが悲しむんだよね。
「じゃあさ、今度はあたしに雇われてよ。この子たちの世話をするために結構な量の餌が必要なの。あんたたち、釣りでも漁でも何でもして、餌となる魚を手に入れて来い!」
「りょ、了解した! 俺は結構釣りが得意なんだ! 絶対役に立つ! だから、だから……早く陸に戻して下さいお願いじまぁーす!!」
最後の方はほぼほぼ泣き声のビスクだった。
四人を連れて帰ったあたしにクロエちゃんはそっと歩み寄り、ありがとうございます、とよくわからない感謝と、とっても可愛い笑みを見せてくれるのだった。
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引き続き宜しくお願い致します。




