ほのぼの料理
「そう言えば、この間の美食冒険家とか言ってた姉ちゃんから聞いたんだが〈グランベルジュ〉では異国料理を出すそうだぞ」
「俺も今回の任務中に他の冒険者に聞いたんだが、何でも料理長は魔族らしい」
「なるほどな。それで他では食えない料理を提供しているってわけか。考えたもんだぜ」
「一瞬、魔族を雇うなんて危ないんじゃないか、と思ったんだが、宿の従業員はかなり腕が立つって言うしな。魔族を仲間に引き込むのも訳ないってことなんだろう」
「魔族を従える宿屋、か……」
「ますます使ってみたくなるよな」
◇◇◇◇◇
「ミア、クロエ……」
オリヴィアは静かに呟いた。でも、その目は激しい炎で燃え上がっている。
これはヤバい。ガチの殺意だ。
「ごめん、オリヴィア! クロエちゃんは悪くないの! 殴るならあたしを殴って!」
冗談も通じないほどにお怒りだったのか、すぐ殴られた。
「ぶはっ! ま、マジで殴んなし!」
「うるさい、不老不死。ラキュウの代わりにあんたを料理するわよ」
「ごめんなさい、オリヴィアさん! けど、オリヴィアさんなら何とかしてくれるんじゃないかって……!」
「そうね。私もクロエの願いには全力で応えてあげたいわ」
「おい、何であたしには鉄拳制裁でクロエちゃんは頭なでなでなのよ。その差は何?」
「……可愛さ?」
「可愛さなら仕方ないか……――いや、仕方なくないわ! あたしも可愛いやろがい!」
「ぎゃーぎゃー騒いでないで、ミアも考えて。料理は不得手でも、あなたの二百年の知識には少なからず期待しているんだから」
うーん……と、腕を組むあたしたちがいるのは、領主オルレアンの屋敷にある厨房。
そして、見下ろすまな板の上には調理前のラキュウ。
どうしてあたしたちが領主の屋敷の厨房なんかで難しい表情を浮かべ、首を捻っているのかと言えば、それは一時間ほど前に遡る。
昨日、トトリ砂漠から帰って来たばかりだけど、クロエちゃんが用意してくれたベッドのお蔭で疲れは一切残ってない。だから今日は、こうして二人で市場へと買い物に出掛けていた。
ここ最近、依頼が立て続けに入ってくれたお蔭で、こうやってのんびり過ごすのも久しぶりな気がする。
「食材はまだ在庫があるので、今日は雑貨屋さんを見て回りたいですね」
「だね。一週間早く引き上げた分の食料が余っちゃってるし、何より今日はオリヴィアがラキュウを料理してくれるし」
「オリヴィアさんにプレッシャーを掛けたくなかったので言いませんでしたけど、実は早く食べてみたかったんですよね」
「あたしも」
トトリ砂漠から帰って早速料理するのかと思いきや、オリヴィアはラキュウに手を付けようとはしなかった。どうやらまだ、ラキュウを料理する決意と覚悟ができていなかったみたい。一日考えた末、今日の夕食に作ってみる、と宣言したのだった。
「早く料理しないと傷んじゃいますしね」
「その心配はないよ。あたしが作った魔道具箱は入れたものの時間を停止させる。生き物は入れられないんだけど、あのラキュウはもう死んでるからただの食材。時間停止させてるから一生腐らない」
「あ、あの道具入れってそんな凄いものだったんですか!?」
見た目はただの木箱だけど、箱の中は別次元と繋がっていて、無限に物を入れられる上、品質を保ったまま保存ができる。
「錬金術師が作る、代表的なアイテムだよ。魔術だけじゃ物足りなくてさ、そっち方面も習得したんだ」
「ミアさんは何でもできちゃう天才さんですね」
「そんなことないよ。実際、料理はできないしさ」
「できないんじゃなくて、覚える気がないだけでは?」
あはは、とあたしは苦笑い。図星だ。だって、料理できる人が二人もいるんだよ? あたしが料理する必要性がどこにあるって言うのさ。
露店が立ち並ぶ通りを、クロエちゃんの視線を苦笑いでそれとなく避けている時だった。
「みーあーどーのー!!」
突然、聞き覚えのある声が背後から響いた。てか、聞き覚え云々より、あたしのことを「殿呼び」する奴は一人しかいないんだけど……。
「ウェルさんじゃん。どうしたの、そんな慌てて。てか、ライラックに帰ったんじゃなかったの?」
ここサンローイとライラックは馬を休みなしで走らせても丸一日は掛かる距離。だから、考えられる可能性は転移魔法だ。
転移魔法ってやつはなかなかに高度な魔術で、転移する距離が遠いほど、転移する人数が多いほど困難になる。騎士団がトトリ砂漠からライラックに帰る時も、ある程度ライラックに近付かないと一気に転移できないため、トトリ砂漠を渡らないといけなかったんだ。
だったら、何回かに分けて転移すればいいじゃんって? いや、そんなことしたら魔術師が過労死しちゃうよ。転移魔法は結構な魔力を食うんだ。
サンローイとライラックも結構な距離だけど、ウェルさん一人ならそこそこの魔術師でも余裕だ。
「頼む、ミア殿! また私たちに力を貸してほしい!」
「えぇー……嫌な予感しかしないんだけど……」
「そんなこと言わず! 頼む!」
この状況で良い予感がする奴なんていないと思う。
「まあ、とりあえず何があったか説明してよ」
「実は、うちの料理長がラキュウ料理に失敗したのだ……!」
何となく予想はしていた。嫌な予感、的中。
「んで、またトトリ砂漠に行ってラキュウ捕獲を手伝えって?」
「いや、もう一度ラキュウを捕獲したとしても、うちの料理長のレベルではまた失敗してしまう。彼自身、今回なぜ失敗したのかわかっていないそうなんだ」
「なるほどね。失敗の原因がわかってない以上、何度やっても無駄ってことか。だったらさ、領主様の人脈とお金を使って、ラキュウ料理ができるシェフを探して雇えばいいじゃん」
「そうなれば、今の料理長は解雇だ。いや、クビになる方がマシかも知れない。彼は料理に失敗していたことに気付かず、それをオルレアン様に出してしまったのだ」
あちゃー、それは最悪だ……。
「それってつまり、領主様に失敗作を食べさせてしまったってことですか……?」
「ああ。今回のことが挽回できないのであれば、命で償わされる可能性もある……」
クロエちゃんは僅かに息を呑んだ。
確かに、それは穏やかじゃないねぇ。
「料理長の彼とは長い付き合いなんだ! どうか頼む! 手を貸してくれないか!」
「料理に関する知識はそこまでないんだけど……」
あたしとクロエちゃんは同時に目を向け合った。多分、クロエちゃんの頭にもあたしと同じ人物の顔が思い浮かんでいるんだろう。
それを確かめるように頷くと、クロエちゃんも迷わず首を縦に振ってくれた。
「ウェルさん、うちの料理長憶えてるよね? オリヴィア。あの子がさ、今日ラキュウを料理する予定なの」
「昨日一日思い悩んでいたようなんですけど、今日になって手を付けようって決断したみたいなんです」
「そう。だからもしかしたら、オリヴィアはラキュウに関する何らかの情報を得たのかも知れない」
目を大きく見開くウェルさん。その瞳には期待と希望の光に満ち溢れている。
そんな顔されちゃ、断る言葉を探す方が難しいよ。
「あくまでも、想像だからね? けどまあ、あたしが知る最高のシェフではあるよ」
「そうです! 何と言っても私たちグランベルジュの料理長ですから!」
「それに魔族でもあるからね。もしかしたら、人間とは違うアプローチがあるのかも?」
「確かに! オリヴィアさんのお師匠様も魔族だったって言ってましたもんね!」
「その師匠はラキュウ料理の成功者。実は師匠の教えのどこかにラキュウ料理の秘訣が隠されていた、とか?」
「ようやくそれに今日気付いた、とか!?」
オリヴィア自慢をしているうちに、何だかあたしたちのテンションが上がってきちゃって、いつの間にやらウェルさんからの依頼を受けることになっていた。
「それじゃあ、私は先に戻って準備をしておく。オリヴィア殿にもよろしく伝えておいてくれ」
「はいよー。こっちもすぐ転移するから」
「最高に美味しいラキュウ料理をお出しします!」
そうやって手を振ってウェルさんとは別れ、今に至る、と……。
特に深く、と言うか何も考えないまま、
「今からウェルさんとこの領主んち行くからさ、ラキュウ料理作ってよ」
と、クロエちゃんと困惑状態のオリヴィアを伴って転移。ほとんど何も説明せずに転移したんだから、混乱して当然だと思う。
領主の屋敷に着いてから今回の依頼のいきさつを説明すると、ぶちギレたオリヴィアに殴られたってわけだ。
「でもさ、一日考えてからラキュウを料理しようと思ったわけじゃん? それって、オリヴィアの中で何か考えが変わった、或いは考えがあってのことじゃないの?」
「まあね。一日考えたのよ。失敗したらどうしようって。でも、吹っ切れたの。失敗してもまたミアに捕りに行かせればいいや、って」
「いや、ふざけんなし! あたしはあんたのパシリじゃねえよ!?」
「冗談よ。単なる甘え、ね。ミアがいるから大丈夫。また私にラキュウを持って来てくれる。そう思うと心が軽くなって、挑戦してみようって勇気が湧いたのよ。ミアがいてくれたから料理しようって思えたの」
「……それならそうと、正直に言え」
照れてお互い目を合わせないようにしているあたしたち二人を、クロエちゃんは朗らかな笑みで見守ってくれていた。
「だから、正直に言うと何か対策が浮かんだわけでも、何か閃いたわけでもないの。ここの料理長がどんな失敗をしたのか。それを聞けたら参考になりそうだけど」
「そう言うと思って、ウェルさんに頼んであるよ」
厨房にやって来たのはウェルさんと、少し小柄で気の弱そうなシェフだった。多分、気が弱そうに見えるのは料理の失敗で参っているからなんだろう。
その手には大きな丸い皿を持っていて、何やら料理が乗っている。
「これが彼の作ったラキュウ料理だ。何かの手助けになると思い、残しておいたのだ」
「ラキュウの砂肝の唐揚げに、ラキュウの骨や肉から取ったスープを餡にして掛けたものなんだ」
茶色い一口サイズの唐揚げからは、半透明に輝く餡が零れ落ちていて、周りを彩る青菜にも滴る。
香りは優しい感じで、クロエちゃんがたまに作ってくれた五目雑炊の香りに似ていた。
ふむふむ……見た目も、香りも普通に美味しそうじゃん。
「頂いても?」
「あ、ああ。だが、少しだけにしておいた方がいいよ……」
あたしたちも少しだけ頂戴することに。
メインである一口サイズの砂肝をナイフで更に半分にして、餡によく絡めてから口に運ぶ。
「うげっ……!」
「んっ……!」
思わず、あたしとクロエちゃんは吐き出してしまった。それくらいに、言葉にはしたくないけど、酷い味だった。
それにも拘らず、オリヴィアは苦い顔をしながらも、口を押えて咀嚼を続け、とうとう飲み込んだ。
「な、何これ……! 苦くて酸っぱくて渋くて……! それに生臭い! オリヴィア、あんたよく飲み込めたね……」
「これが料理人のプライドよ。後悔してるけどね……」
気休めだけど回復魔法を掛けといてあげよう。
あたしはそっと魔力を籠めた掌でオリヴィアの背中を擦ってあげた。
「あなた、これを領主に出したって聞いたけど、味見はしなかったの?」
「も、もちろんしたさ! けど、作りながら味見をしていた時はこんな味じゃなかったんだ!」
「時間が経って味が変わった、とでも言うの?」
「料理してすぐじゃないと美味しくない。或いは、締めてすぐ料理しないと劣化する。ラキュウ料理の難しさはそう言うところにあるのかも知れない」
「その可能性は否定しきれないけど……。じゃあ、師匠の言葉の意味は……?」
綺麗好きに越したことはない。
確かにそれは、早く食べないとダメ、早く料理しないとダメ、って意味には繋がってこないよね。
「でも、もしそうだったら今更このラキュウを料理しても……」
クロエちゃんが見下ろす、まな板の上のラキュウ。
普通に料理してもめちゃくちゃ不味いものを、わざわざ頑張って試行錯誤して食べようと思ったんだろうか。別にラキュウを食べなきゃ死んじゃうってわけじゃないんだ。ラキュウを食べたらレベルアップするでも、不老不死になれるわけでもない。
食への探究心って凄いよね、マジで。
「ああ、そうさ……。僕はもう終わりだ。失敗作を出した挙句、あまりの味の酷さに毒を盛ったんじゃないかと疑われるほどだ。このままじゃ、打ち首確定だろうね……」
確かに死ぬほど不味かったもんね。あたし死なないけど。
不味いとか、口に合わないとかの言葉じゃ追い付かない。この味を表現する最適な言葉が「毒」だったんだろう。
わかる、わかるよ、領主様。こりゃ体に毒だよ……。
「……あっ、そっか。毒だわ、これ」
「はあ?」
あたしの呟きに、その場にいた全員が同じ声を出した。
そんなことには気にも留めず、改めてよーく、目に魔力を籠めてラキュウを見つめてみる。
「ミアさん、何かわかったんですか?」
「ラキュウってさ、フグと同じなんだよ」
「フグと?」
「そう。言ったよね? ラキュウの主食は砂漠に住む虫。その多くは毒を持った虫なんだ。だから、そいつらを食べるラキュウには毒素が蓄積されていくんだよ。けど、毒虫を食べて育つってことは、ある程度の分解能力を持っているはず。それが胃袋、砂肝ってわけ」
今ならわかる。感じる。ラキュウに宿った僅かな毒素の残骸が。
「だとしたら、私たちは今、毒物を食べたと言うことよね? 今のところ体調に変化はないけれど……」
「毒って言っても分解されたものだからね。体に害はないんだと思う。もしくは人間や魔族には害じゃないとか。あたしも詳しくはわからないよ。ただ一つ言えるのは、それがめっちゃ不味いってこと」
「じゃあ、毒抜きが必要ってこと? そうか、師匠が言っていたことって……!」
「綺麗好きに越したことはない。単純に洗浄するだけじゃなく、この不味い成分まで取り除かないとダメ、ってことだったんだね」
一先ず納得するオリヴィア。けど、すぐにまた難しい顔をして顎を擦る。
「味見した時、大丈夫だった理由は何なの?」
「専門外だからね……そこをツッコまれると困るんだけど……。オナガサソリっていたじゃん?」
「触れた者も感染するって言う毒を持つ虫よね」
「うん。あれって体が動かなくなる麻痺系の毒なのね。で、ラキュウはオナガサソリも食べるの。麻痺系の毒が分解されて、その成分がラキュウの体内に残っていたとする。それに触ったらどうなるでしょうか?」
「感染するのよね?」
「多分ね。分解されて弱くなった毒だから体が痺れるようなことはない。けーど、舌くらいは麻痺してもおかしくなかったりして」
「まさか味覚障害……!?」
多分ね、とまた付け加えて頷いた。
けどまあ、真相はどうだっていい。オリヴィアは料理人だから興味があるんだろうけど、あたしからしたらラキュウを料理できればそれでいいのだ。
「味見した時に料理長さんが何も感じなかったのは、舌が麻痺して味覚が狂っていたからなんですね」
「ミアの推測は当たっていると思うわ。この麻痺毒はラキュウ自体に触れても感染はしないと思う。おそらく解体して、内臓に触れた者だけにかかる。つまりは料理人と言うわけ。ラキュウから毒を取り除いて、綺麗にしてから調理しないと舌が麻痺する。師匠の言葉にはそう言う意味も含まれていたのかも」
しかもこれ、見抜くには結構な精神力と集中力を必要とするんだよね。中級魔術師くらいの魔力を持った料理人なんて少ないから、ラキュウを料理できる人も少ないってわけか。
「ミア、その成分を魔法で除去することは可能?」
「もちろん。簡単な解毒魔法で十分」
見抜くのは難しいけど、解決法は簡単。毒であって毒じゃないようなものだから、初級の解毒魔法で簡単に消し去ることができる。
あたしは早速ラキュウに魔法を掛け、オリヴィアは手際良くそれを捌いていく。と言っても、あたしはそっち系が苦手なので、まな板からほとんど目を離していたけど。
「よし、完成よ」
「ほわぁー、美味しそうです!」
オリヴィアが作ったのは砂肝とキノコのアヒージョだった。ニンニクの香りが食欲をそそり、熱々のオリーブオイルから立つ湯気が何とも美味しそうだ。茶色い砂肝とキノコに真っ赤な唐辛子がちらほら見えて、見映えもいい感じ。
「一応、味見してみてくれる?」
ウェルさんと料理長の二人はフォークに砂肝を刺し、ゆっくりと口に入れる。その瞬間の二人の顔でもう十分だった。完全に蕩けちゃってるし。
「最高だ! ありがとう、オリヴィア殿!」
「きみたち、本当にありがとう! ウェル、冷めないうちにオルレアン様に持って行こう!」
「あ、ああ! 三人とも、お礼は後日、必ずさせてもらう! だから――」
「いいよ、行っておいでよ。あたしらは気長に待ってるからさ。サンローイの宿屋で」
会釈をしてから、二人は厨房を飛び出していった。
ふぅー、これで肩の荷が下りたってもんだ。けど、少し残念なこともある。
「良かったですね、ウェルさんと料理長さん。オリヴィアさんの料理なら領主様もきっと満足してくれますよ」
「だろうねぇ。けど、今さっき使ったのはあたしたちが今晩食べるはずだったラキュウ。それが領主様の許へ行っちゃったってなると……」
「ああー、そっか! わ、私たちの晩ご飯が!」
「さようなら、今夜のメインディッシュ……」
クロエちゃんと二人でほろほろ泣いていると、くすっと小さな笑い声。顔を上げてみれば、勝気な笑みを浮かべるオリヴィアがいた。
「バカね。領主のためとは言え、全部使うわけないでしょ。ちゃんと今夜の分は残してるわ」
「マジで!? マジでか、オリヴィア! あんた、最高だわ!」
「オリヴィアさん! 大好きです!」
「ミアは離れて。クロエだけで十分よ」
「あんたにクロエちゃんを一人占めさすかっ」
領主の屋敷の厨房で、あたしたち三人は笑って騒いで、はしゃぐのだった。
後日、ウェルさんから聞いたんだけど、あの料理長は無事で今も屋敷で雇われているそうだ。
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