ほのぼの開店
「おい、聞いたか? 最近、どこにでも宿屋を構えてくれる妙な奴らが現れたって」
「いや、知らねえ。てか、どこにでも宿を構えるってどう言うことだよ?」
「そのままの意味さ。難攻不落のダンジョンの中間地点に宿がほしいと頼めば、いつの間にかダンジョン内に宿屋が建ってる。絶海の孤島に宿がほしいと頼めば、その日のうちに宿泊できる宿が建つ」
「ほんとかよ? けど、それってずっとそこに宿屋があるってわけじゃねえんだろ?」
「ああ、出張宿屋だって話だ。値段に応じて、期間限定の宿を構えるそうだ。噂じゃ魔王城の隣にも店を構えたって話だぜ」
「さすがにそりゃ盛りすぎだろ。けど……」
「だよな。そんな宿屋があるなら、俺たちも使ってみたいもんだ」
◇◇◇◇◇
「ミアさん、開店準備完了です!」
「ありがとう、クロエちゃん。オリヴィアの方はどう?」
「問題ないわ。いつでもオープンして平気」
今回、あたしたちが出張して来たのは、息も凍る永久凍土の大陸。そのほぼ中央に土魔法〈アースグレイブ〉を応用させて、いつものように頑丈な建物を生み出した。この建物はドラゴンのブレスにも耐え、オークの猛攻にも傷一つ付かず、魔族の魔法も自動で跳ね返す代物だ。
おまけにガス、水道、電気も完備。この極寒の地でも建物の中はぬくぬくだし、いつでも好きな時に熱々のお風呂に入れるのだ。
「じゃあ、出張宿屋〈グランベルジュ〉の開店だよ!」
「おおー!」
「了解よ」
ここ〈ノースガルド〉は年間のほとんどが吹雪って言う過酷な環境に加え、そこで育った魔物はどいつも凶暴で強靭。冒険者にとってレベル上げにはいい相手なんだけど、フィールドダメージによってほとんどの冒険者がいつも通りの力を発揮できずに逃走を余儀なくされる。
だけど、ここから少し東に進んだ先にある〈リフーザ氷穴〉には〈万年氷樹〉や〈雪月花〉なんかのレアアイテムが眠り、氷穴に住む多くの魔物からはレア素材がゲットできる。故に、自ずと冒険者を集めてしまう難関ダンジョンだった。
「今回は二週間の営業でいいんですよね?」
「うん。複数パーティーからの依頼でね。この二週間でリフーザ氷穴をクリアしたいみたい」
「じゃあ、その氷穴の間近に宿を構えた方が良かったんじゃ?」
「ここのダンジョンはリフーザだけじゃないんだよね。他にもいくつかレアアイテムが手に入るところがあって、パーティー同士で話し合った結果、大陸の中央にしようってことになったみたい」
ふむ、と一先ず納得してくれるグランベルジュのオーナー、クロエちゃん。十六歳と若いながらも、あたしと会うまで一人で宿屋を切り盛りしていた頑張り屋さんだ。もちろん、今の出張型宿屋に乗り出したのはあたしと出会ってから。それまでは〈サンローイ〉って街の、普通の宿屋を経営していた。
「私としてもノースガルドは魅力的。〈フローズンシャーク〉って言う氷の中を泳ぐサメの魔物がいるんだけど、これのフカヒレが最高に美味なの。誘き寄せるために外に生肉置いていいかしら?」
「いや、やめて。宿泊客が間違ってサメに食われたらどうすんの」
彼女はグランベルジュのコックを務める魔族、オリヴィア。出張宿屋をやり始めて少しした後に出会った子。歳は二十四歳だそうで、見た目はあたしよりもお姉さんだ。
あたしゃ十七で不老不死のスキル付いちゃったからな……。いろんなとこの成長が止まったんだ。胸とか……特に、胸とか。
「ところで、ミア。鍋や煮込み料理なんかの温かい料理を用意して、って言うのは理解できるけど、ハーブの効いたひんやり系のスイーツなんて必要なの?」
「私もそれ、気になってました。冒険者の皆さんは、きっと凍えて帰って来るはずなのに……」
二人の問いにあたしはにやりと笑う。
まあ、見てなって。ノースガルドにはあたしも何回か来た。だから、経験済みなのだよ、お二人さん。
「うひー、寒っ寒っ!」
「あっ、いらっしゃいませ。四名様ですか?」
「もう二人いるから六人だ。三部屋借りられるか?」
「もちろんです。すぐにご用意しますね」
「ああ、頼む。それにしても、本当にこんな雪原のど真ん中に宿屋があるなんて……。しかも、中は暖房が効いているのか、凄く温か……――」
急に大きな呼吸を繰り返すお客にクロエちゃんは首を傾げる。何人かの冒険者は額に汗を浮かべ、毛皮の防寒具を素早く脱ぎ捨てた。
だよね、だよね。わかるよ、その辛さ。いや「辛さ」か。この極寒の地を探索するには絶対的に必要。けど、極寒だからこそ中和されていたんだ。少しでも体を温めると反動が押し寄せる。
「あっつー! 熱い!」
「えっ? ええっ!? 皆さん、大丈夫ですか!? か、体から蒸気が……!」
「熱いんだよ、体が! 特に口と……腹がっ!」
「とりあえず水くれ!」
「こっちも頼む!」
はいはいはい。わかってましたよ、用意は万全ですよ。それがグランベルジュなのだ。
「水はこっち。けど、最初は常温でね。いきなり冷たい水を飲むと胃がびっくりしちゃうから。二、三杯飲んだら、外の氷でキンキンに冷やしたお水をどうぞ。その後には、お口の中を落ち着かせる爽やかスイーツを用意してるからね」
「ほ、本当か!? じゃあ、まずは水を……!」
「ええ、ええ。ぐびっといっちゃって下さい」
オリヴィアが用意してくれたのは、ハーブを効かせたスカッシュに甘めのバニラアイスを乗せたフロートだった。後で食べさせてもらったけど、甘めなバニラをキレのあるハーブソーダが流し込んでくれる、バランスのいいスイーツだった。
「ふぅー……落ち着いたよ。やはり、各地に出向く出張宿屋とあって不測の事態には慣れたものなんだな。助かったよ、受け取ってくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
パーティーのリーダーらしき男がクロエちゃんに金貨を数枚手渡す。チップ、だ。こうゆうところでも稼いでいかないとね。
満足してくれたパーティーをクロエちゃんは部屋に案内したんだけど、帰って来るなり不思議そうな顔で首を傾げてみせた。
「ミアさん、ここの暖房の設定温度、もしかして……上げてます?」
「そんなことしないよ。あたしがお客様を不快にするような室温にするわけないじゃん。ここは適温。まさか、クロエちゃん……あたしが客を暑がらせた上で、ひんやり爽やかスイーツを売り捌く悪徳宿屋従業員とか思ってる!?」
「お、思ってないですよ!」
「私は思ったわ」
「あんたは素直だね、オリヴィア」
じゃあ、種明かしといこうか。あたしはスカートのポケットに仕舞っていた、とある薬草を取り出した。これは体力を回復させるような薬草とは違い、赤茶色の草だ。
「これ、何かわかる?」
「何ですか、それ?」
「これは〈火炎草〉って言う薬草なの。その名の通り、火が出るくらいに辛い。辛党の人でも食べるのに勇気がいるって言うね。でも、ノースガルドを探索する冒険者は皆、揃ってこれを食べる」
「そっか! 寒さ対策ですね!」
「そゆこと。外にいる時は寒くて辛さも体の熱さも感じないんだけど、ちょっとでも温かいところに来ると火炎草の効果がみるみる感じられるようになるってわけ」
あたしも昔はここまで寒いところのダンジョンに向かうなんて思ってもみなかったから、外気温を適温に感じられるようにする魔法なんて習得していなかった。だから、正攻法、火炎草を使ったダンジョン踏破に向かい、さっきの冒険者たちみたいな辛い経験をしてきたんだ。
今じゃ寒さ、暑さを無効化する魔法を開発したから火炎草は必要ないけどね。
「今回ここに来るお客はみんなああなるから、その時の対応は今みたいな感じでよろしく。オリヴィア、スイーツの在庫は大丈夫そう?」
「ええ、問題ないわ。そう言うことなら他のスイーツにも変えられるし、十分満足させられるわよ」
「頼りにしてる。あたしは外に出て、もう少し宿の場所をわかりやすいように工夫するよ。大陸の真ん中って言っても、この吹雪じゃ視界も悪いからね」
防寒魔法を掛けて宿の外へ。薄着でも寒くはないんだけど、雪で濡れるのは防げないから一応普通に防寒具は着ている。厚い雪雲と吹雪のせいでここは昼でも薄暗い。だから、遠目でも宿の位置がわかるように、あたしはアーチをいくつか建てることにした。これも土魔法の応用だ。高さ五メートルのアーチの天辺には魔法で火を灯し、目印を付けておく。あの火はどんな強風でも消えることはない。
あと、そうだ。オリヴィアが言っていた氷のサメも怖いけど、ここには〈ホワイトグリズリー〉って言うもっと厄介な魔物がいるんだよね。これの対策もしておかなくちゃ。
ホワイトグリズリー。大きい奴で五メートルを超える雪国の熊だ。アーチの高さを五メートルに設定したのも、もしも冒険者の人たちが追われた時に少しでも奴らの足を止めるのに役立つからだ。もちろん、ホワイトグリズリーに突進されてもアーチは倒れない強度。
こいつの怖いところは鼻が利いて、尚且つ足が速いってところだ。雪原じゃ人間は雪に足を取られて全速力は出せない。けど、奴らは馬くらいの速さで追って来るんだ。
ホワイトグリズリーに気取られたら死を覚悟しろ、と教わるくらいだ。
「魔力消費は半端ないけど、間違ってもクロエちゃんを危険に晒せないからね」
万全を期して損はない。
魔物限定の地雷トラップ魔法。こいつは人間が踏んでも何も起こらないけど、魔物が少しでも触れると発動する。指定する魔物を限定すればするほど魔力の効果は上がるから、今回はホワイトグリズリー限定だ。奴らがこれを踏むと強力な爆炎魔法が発動する。
人間側が巻き添え食らっちゃったら意味ないし、効果範囲も絞って……。これを何個も仕掛けるのは正直しんどいんだけどな……。戻ったらクロエちゃんが用意してくれたベッドで少し横になろう……。
初めまして。濱口智也です。
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