イチャモン
何が起きたのかを理解するのに時間がかかった。
今、カイは横倒しになっている。
CT125と一緒に。
「わぁあーーーーっ!轢かれたぁあーーーーーっ!」
と、近くでゲラゲラ笑いながら喚く声。
右側へ横倒しになった身体。だが、身体の左側にも痛み。
(蹴り倒された?)
と理解した時、先生達が駆けて来た。
カイ、何がどうなったのか理解する。
どうやら、話したこともない奴等が、カイを蹴とばしたが、それが原因で転倒。そのため、轢かれた事にして、逃げようとしているのだ。
「違う。」
と、先生達に言い、監視カメラの映像も元に、何がどうなっているのかを解析してもらうのだが、やはり、事故は事故。警察が介入する騒ぎになった。
だが、警察という単語が出た途端、蹴とばした奴等は逃げるように出て行ってしまった。
警察と先生と共に、監視カメラの映像を解析。
どこからどう見ても、カイはCT125ごと、蹴り倒されている。
しかし、乗り物と歩行者の事故の場合、日本の道交法は例えこんな状況でも「乗り物が動いていたのだから、乗り物が悪い」という事になる意味の分からない仕様になっていて、それは、カイに対しても例外ではない。
結局のところ、免許点数が2点減点される事になってしまい、後日、罰金刑が課せられる可能性が出て来てしまった。
おまけに、学校側からも謹慎処分を喰らってしまった。
どこからどう見ても、カイに過失があるようには見えないのだが、バカがふざけて蹴りを食らわせて来ることを予測できなかった事による過失ということなのだろうか。
誰も居ない自宅に帰宅すると、自分で人身事故の刑事罰や罰金刑に関して調べる。カイの場合は最も軽い物で済むだろうが、最高で15万の罰金。バイトの1ヵ月分+αの給料がぶっ飛んでしまうかもしれないだろう。
「なんでこうなるんだよ。」
と、溜め息。
一応、学校の先生や担当警察官や弁護士特約の付いた任意保険のおかげで、自称、被害者となった連中がまたイチャモンを付けて来たとしても、何も起きないだろうが、嫌な思いをして過ごすことになるのは変わりない。
翌日、学校にこの件の反省文を提出した上で登校するも、クラスの奴等の見る目が違う。
どこからどう見ても、自分は悪くない事は明確な事故。
だが、クラスメイトが絡む事故を起こした事は変わりなく、その加害者だと言うことにされてしまった。
授業が終わると、そそくさと帰路に付こうとしたところで、警察から連絡があり、管轄の警察署へ向かうと、やはり罰金刑が確定したらしい。
12万円の罰金刑。
なんとか、貯蓄から出せるので、交通刑務所へぶち込まれるという事にはならなかったが、このためにかなり生活が厳しくなってしまう。
トボトボと、銀行へ向かい、罰金を払い込むと、口座の残高は酷い有様。
「はぁっ」と溜め息を吐く。
突発でバイトのシフトをぶち込んだカイは、このままの足でバイトへ向かう。
労働基準法ギリギリの時間までカイは働いて、帰宅すると寝込む。
翌日は土曜日。
なので、朝から晩までずっとバイトで働き通しだった。
所得税が発生するギリギリのバイト代を、労働基準法ギリギリの時間まで働いて稼ぎ、夜、帰宅すると、自宅前に見覚えのない車。
(警察関係の車か。)と思う。
「こんばんは。」
と、車に乗っていた、いかにも金持ちそうな女性が言う。
「水沼カイ君だね。」
「だったらなんですか?」
「失礼。私は、こう言う者だ。」
と、女性は名刺を渡す。
「-?赤金家家令?汽車見タキ?」
赤金と言う家も、汽車見と言う家にも繋がりはないはずだ。
「君の母方の遠い親戚だよ。赤金家というのはね。」
「はぁ。それで、その家の家令?が、何の用でしょうか?」
チラッとカイは、汽車見が乗って来たらしき車に視線を飛ばす。
(HONDAインスパイア。色は黒。ふーん。黒塗りのセダンとか、ヤクザを思い浮かべる。死んじまった母ちゃんは、ヤクザだったのか?)
「新しい生活をしないか?」
と、汽車見は言う。
「新しい生活?」
「ああ。君の事を知っている者は居ない場所でだ。あぁ君の事を調べさせてもらった。君の父親が死んだと言う知らせをとある人から聞いてねぇ。」
(意味わからん。)
「とある人って言うのは今、明かせないのだけど君の事、調べさせてもらった。」
(だからどうした?)
「父の死を受け、止む無く、オートレース養成所の入所を諦めた。学校で当たり屋の被害にあって、経済的にも打撃。おまけにクラスでは、孤立。」
「元から、友達って物を作らなかったので。遊ぶより、自分の夢を追いたかったから。強いて、列車で小旅行して息抜き程度しかしませんでした。それも一人で。」
「なるほどね。」
と、汽車見は笑った。
「新しい生活って言いましたが、具体的に何をどうするのですか?」
「結論から言おう。私が家令を務める赤金家に住むのだ。」
「また強引な。」
「住む場所も、通う学校も、何から何までリセットする。そして、そこで、新しい生活をするのだ。今ままでは君は、いずれ、何もないロボットになる。」
言い返せない。実際、今、オートレースの夢を絶たれ、学校でも、腫物のように扱われ、ロクな友達もいない。バイトと父の貯蓄を切り崩しながらの生活は、いつか破綻するのは目に見えている。
「学校への転入にあたって、給付型奨学金の試験も受けることになる。そうすれば、生活も将来、奨学金の返済にも悩まずに済む。」
「なんならかの条件はあるでしょうね。こんな上手い話には、裏が無ければおかしい。」
「もちろん、条件はあるさ。まぁ、それはおいおい話そう。もっとも、君がこの話を飲めば、だけどね。」
カイはその時、視線を感じた。
その方を見ると、インスパイアのリアシートに女の子が乗っていたのに気付いた。
「まぁいいさ。気が向いたら、ここに連絡したまえ。」
と、汽車見は言い、連絡先と、その他の書類が入った封筒を渡した。
「私の見解だが、君はこの話を飲むべきだろう。経済的な理由からも、そして、新しい生活への可能性を求めてね。」
(ああそう。なら、意地でも飲むものか!)
と、カイは思う。