パドック
食堂を出て根利と二人、バイクが止めてある方向とは反対方向へ歩くカイ。
右側には池を挟んで最終コーナー。左側には1ヘアのスタンド席。
筑波サーキットの周囲には、農業用水路の余水調整池があって、ここに集まる虫も多い。
「ちっ!」と、カイは舌打ち。
少し大きな虫が、身体に命中したからだ。
それを祓う。
「何か話があるんじゃないの?」
と、カイ。だが、根利は黙りを決める。
「根利-。」
また声をかける。
根利はふと振り返る。
「はぁっ」と溜息を吐いたように見えた。
そして、顎で何かを示した。
それが通じなかった。なので根利はスタスタと、カイのところに歩み寄り、耳元で「あそこへ行くぞ」と言った。
「えっ?」
「いいから来い。」
と、根利は強引にカイの身体を引っ張って行く。
「えっちょっと―」
戸惑うカイを尻目に、根利はズンズンと引っ張って行く。
だが、いつものアクセル全開と言う様子ではない。
かなり不機嫌に見える。
(何か不適切な事をしたのだろうか?でも、レースの事に関してはまるっきり素人だ。確かにオートレースには関わったのだが、オートレースとは世界が似て似つかぬ物。でも、根利にとっては、言い訳に過ぎないか。)
と思いながら、引っ張られるカイ。
そこは、コース2000の80Rコーナーが見られるスタンド席。その一番上まで引っ張られる。振り返ると、コース1000とその左側に、オートレース養成所のオーバルコース。そしてその向こうには、筑波山が見える。
「ここから見る筑波山は綺麗。でもここは、筑波サーキット名物をまともに喰らう。あの綺麗な筑波山から吹き降ろしてくる強い風をまともに受ける。」
「-。」
「浜松ではどうだった?」
「よく、覚えていない。いつも、親父の背中を見ていたから。だから、親父死んで、目指すものが無くなって、学校でも煙たがられて―。」
「それで、華族という奴等に引き取られって、三宅町に来たか。」
「えっ?」
「ん」と、根利は顎で、芝生広場を指す。
そこを見て「あっ」と言ってしまった。
「バレないって思った?」
「まぁ、三宅町に行くときにちょっとね。」
「そう。なんか、その程度では無いように見えるけど。だから正直に話して欲しいの。三宅町に行くきっかけになっただけなら、どうして、あの華族がここに?それも、カイが連れて来たのではなく、まるで監視するかのように着いてきている。トヨタのカムリでね。」
「-。」
「話して欲しい。どんな関係でも、私は縁切らない。だって、私達は―」
と言いかけた時だった。
「何がやっちゃっただ馬鹿野郎!ぶち殺すぞゴルァ!遊んでんじゃねぇんだよテメェこの野郎!ワレェ!!叩き出してやるぞオンドリャー!!」
と、オーバルコースの方から怒鳴り声が聞こえて来て、根利も言葉を飲んでしまった。
「うっわぁ。エンジン掛けで、ペダル折っちまったのか。」
と、カイは青い顔で言った。
まだ怒鳴られている訓練生の様子がスタンドからも見える。コース2000を挟んだ反対側のスタンドに居た数人のギャラリーも、突然の怒鳴り声に驚いている様子で、状況が飲み込めず凍り付いていた。
根利は言いかけたセリフを飲んで、また言うタイミングを逃してしまった。
そうしているうちに、別のクラスのレースが始まってしまった。
話をしたくても、聞き取れない状態だ。
カイは一瞬考える。
そして、結局は嘘で塗り固めようとした。
「奨学金。そう。奨学金、あいつの家の貸付で―。だから、その―。変な事しないように監視してんだよ。」
根利は再度、下に居るアカネとその母に視線を飛ばし、そしてカイを見た。
「分かった。あっそう。」
と、根利は言った。そして、スタスタとスタンド席を降りていく。
カイもまた、それに続いて降りていった。




