Where am I
筑波サーキット。
赤いバイクに跨り、ゲートを通る。
まもなく、ここで、9ヶ月の厳しい養成所生活が始まるはずだった。
だが、その男。
水沼カイは、違った。
養成所に入れるはずだったのだが、
「申し訳ございません。今回、せっかくご縁あって、入所が決まったのですが―。」
蒼い顔をして深々と、頭を下げ、入所辞退の書類を提出しに来たのだ。
「両親の死か。君の父も、オートレーサーだが、まさか、あんなことになるとはなぁ。」
幼くして、母が死んだ。父は男手一つで、カイを育てて来た。
父もまた、カイと同じ養成所の卒業生。
父の職業は、オートレーサー。
ブレーキの無い、競技用バイクを操り、優勝経験も多々ある。そして、そうやって稼いできた賞金を、カイを育てるために費やしてくれた。
そして、そんな父を見て、カイも一応は高校に入ってはいたが、16歳で普通自動二輪免許を取り、養成所入所試験のタイミングで試験を受け、難関を突破し、入所が決まった。
しかし、その矢先。
父が死んだ。
レース中の事故でもなく、酒に酔った爺さんが暴れていたのを止めようとしたところ、用水路に叩き落され溺死だった。
養成所では養育費120万円を捻出しなければならない。だが、頼れる親戚は皆疎遠。父の稼いだ額と、自分のバイトで稼いだ額合わせて何とかなるのだが、その後の生活の事。
おまけに、父の葬儀代でそうした蓄えがぶっ飛んでしまい、養成費を捻出出来なくなってしまった。
結果、今後の生活等を考えて、止む無く養成所への入所を辞退せざるを得ないという結論に至ったのだ。
何度も悩んだが、どうすることも出来ない。
「ちょっとでも、自信がないのなら辞めろ。9ヶ月、ここで無駄な時間過ごす必要はない。な?」
「-。はい。」
面接試験で、堂々たる返事をしていたカイ。
だが、今の返事は、自信を無くし、力のない返事になってしまった。
秋風が吹き始める、筑波サーキットをトボトボと後にする。
ヘルメットを被り、父の形見となってしまったHONDA CT125に跨る。
赤い車体が目を引くのだが、何と言っても特徴的なのは、リアボックス。
郵便カブのHONDA MD90に搭載されていた物が、父の趣味で移植されていた。頑丈で、雨漏りも少ない、郵便用の赤いリアボックスは、父からカイへ譲られた後も、書類などの荷物輸送に重宝していた。
しかし、今、カイにはこのCT125の他には何もない。
夢への道は進めなくなり、将来の目標も無い。
友達と呼べる存在も学校には居ない。
何を目指して、生きていけばいいのだろうか?