メイドはメイドでもそれは冥土
不定期更新。貴族の生態とか知らない。メイドの生態も知らない。思いついたら書く。お嬢様はつよい。
人生にいいことなんてない。そう思った。絶望した。
「おかしい。絶対におかしい」
コツコツ貯めた石を全て捧げ、給料三ヶ月分を課金した。だが出ない。人権キャラ。出ない。確率どうなってんだ殺すぞクソ運営が、とガチャ履歴を動画にとって公式のTwitterに貼り付ける。憐れみと同情のリプの通知を耳にしながら上着を羽織り家を出る。目的地は当たり前のように銀行である。とっくにクレカは上限を過ぎた。ゲームのやり過ぎでそろそろ二徹、溶けた金額とこれから溶かす金額に思いを馳せながら徒歩15分の銀行へノロノロと歩く。ツンツルテンのジャージのズボンとブラの上に直接上着を羽織ったままの格好で髪の毛はボサボサもいい所。趣味はゲームとソシャゲで貢ぐ相手はソシャゲ運営。我ながら女を捨てている。風呂は入っているし洗濯もしている、掃除もやってるし食事は自分で作っているので家事炊事は完璧だからそこまで女を捨ててはいないかもしれない。胸、でかいし。
「ぅぅ、思考がまとまらなんだ…。というか明日仕事じゃねー?はぁぁぁ、死ぬか…」
勿論死ぬ気などないし、人権キャラを引くまでは死ねない。
そう思っていたのだが。
歩道橋を渡る最中、ど、と後ろから衝撃を受ける。フラフラの私はそのまま柵にぶつかり、バランスを崩して頭から落ちていく。
(胸がでかい弊害…!!)
「あっ、ごめ…」などという声が聞こえた気もするが、これは間違いなく死んだ。やたら高い上に下は高速道路から出てきたばかりの車がビュンビュン走っている。これは死んだ。人権キャラも引けずに…ブラしかしてないクソみたいな格好のまま…。
ものすごい衝撃が頭に走る。幸い、痛みは一瞬であった。
パソコンのデータ、消したい。
ーーー
という記憶がある。いやそれ以前の記憶もあるが、それが最後の記憶だ。そのあと目が覚めたら森の中。自分の名前がわからない。日差しがやたら眩しい中で右も左もわからない。なんだこれ。いやなんだこれ。
いや、まぁ、ラノベやらアニメやらマンガやらが大好きな私にはわかる。これはきっと異世界転移。髪の毛がなんかサラサラでお肌の艶が10代の頃レベルなのは多分、転生特典。きっとここから私の異世界チート英雄譚がスタートするんだ…!!!
ーーー
一ヶ月経ちました。はい。スタートしなかったです。はい。私の種族は多分吸血鬼。人の血を見た瞬間にそれに駆け寄って舐めたい衝動に駆られたから。日差しは平気だし川も渡れるし、招かれなくても街に入れるけれど、ニンニクはダメだし銀に触るとかぶれる。多分…吸血鬼。森で目覚めてから最初はテンション上がって、木とか殴り倒してみたりした。能力に任せて街も見つけた。けどそのあたりで力が出なくなって…最初は、魔力切れかと思った。でも多分これ血が足りないんだ。そう気付いたのは一週間くらい経った時だった。森の幸で生き延びていた私の前を、怪我をして運ばれる冒険者っぽい人が通ったのだ。その人が垂らす大量の血を、美味しそうだと思った。吸いたいと思った。直ぐにその場を離れたが、鮮明な赤色が脳裏を離れない。それからはもう大変だった。力が出ないだけでなく酷い空腹感も併発、人を襲いたくなるほどの飢餓感。最近は自分の手首を嚙ることで耐えているが、これもどこまで持つか。リスカよりひでぇや、と言った様だ。
「街を出よう。そろそろダメだ」
そう呟いて、僅かな荷物を持つ。ちょっとした食料と拾ったぼろぼろの短剣が入った沙汰袋だ。これでさえもうとんでもない重さのように感じるのだから私はいよいよ末期なのだろう。ボロキレを羽織り声の掠れた私は多分ゾンビか何かにしか見えないだろう。幸い影に入る能力が夜ならギリギリ使えるのでそれを使って門を抜ければ。…5秒程度が限界だがやりようはあるだろう。捕まるかもしれないが、まぁ、人を襲うよりマシだ。なんでこんなに我慢してるのか、我ながらよくわからないが、まぁ、意地みたいなものだろう。
現在時間は恐らく夕暮れ。そろそろ移動しないといけないくらいには体力も何もかもが死んでいる。
門が見えるあたりまで来たが、不幸なことにご立派な馬車が止まっている。貴族か何かだろうか。…そんな人の前に出たらそれだけで首飛ばされそうだな、と思うので、建物の影…から様子を伺うのも怪しいな…。仕方ない、壁際に寄って待ってよう。切られたらそれまでか。
馬車から誰かが降りてくる。
その女の子はとても綺麗な、吸い込まれるような蒼い瞳、風でサラサラと靡く絹のような金色の髪。
白くて、柔らかそうな、血色も良い、肌。
血が、欲しい。
手が、勝手にその少女に向かって伸びていた。
手を伸ばしただけ。