第3話 3Kってわりとざらにある3
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ギャー、ギャー、ギャー……
鳥の声がやけに騒がしい。まだ夜も明けていない時分の耳障りな鳥の声と妙な胸騒ぎに斥候の女は目を覚まし、違和感に飛び起きた。ついで未だ気持ちよさそうに眠っている二人を急いで起こす。
「なんだよ、まだ日も昇ってねーじゃねーか……」
「こんな夜中にどうしたのぉ?」
「いいから、二人とも、服を着て。何かいる」
瞬間、二人の顔つきが鋭いものになる。
「囲まれてる」
「くそっ!あの奴隷は何やってんだ」
「姿は見えない。逃げたか、捕まったかね」
短杖を手にした女魔術師が答える。
途端に男の顔が緩んだ。
「だったら、コイツは俺たちのせいじゃないよな」
「そうねぇ」
「で、数は?」
「2、30はいるかしら。ほぼ間違いなくゴブリン」
「楽勝だな」
男達は不敵な笑みを浮かべた。
たかがゴブリンだ、武器は変わらず荷物を置いた場所に立てかけられたままだ。
万が一を考えて、荷物周辺にだけは結果を張っておいたのは正解だったようだ。奴隷を甚振って遊ぶ事は残念ながらできなかったが、致し方ない事だろう。
奴隷の不慮の事故の損失に関して、その責は借り主に問われない。よしんば逃げおおせたとしてもいくらでも言いようはある。代金をチャラにするくらいはできるだろう。
テントの中から外の様子を伺いながら、お互いアイコンタクトで意志の疎通を図る。
決して弱いパーティーではないが故に彼らはこうして今も生きている。
そして、魔法使いの放った閃光を合図に三人はテントを飛び出した。
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オルランド商業国の首都、パオラ。商業の中心地とも言われるその都はあらゆる人種が混じり、早朝にもかかわらず、活気にあふれていた。その中でも商業区の中心地の一角に立つカルロッテ奴隷商会の通用口から元気な少女の声が響いた。
「ただいまー」
メリルの声に男が慌てて飛び出してきた。
「メリル、無事だったか」
「ただいま、カルロッテさん」
メリルの清々しい笑顔に今回も無事に終わった事を確認し、カルロッテは安堵の息を吐いた。
「で、首尾は?」
「上々!」
カルロッテの問いに親指を立てて見せ、出発前に持たされた紹介状を手渡した。
「今頃大変なんじゃないかな?」
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「くっそ、どうなってやがる!」
「知らないわよ!!」
男はゴブリンの攻撃を躱し、首を刎ね叫び、魔法使いが火の玉を襲い掛かって来たゴブリンにぶつける。斥候のナイフが男の背後へと迫ったゴブリンに刺さる。
ゴブリンの駆除は順調だった。周囲を囲まれた状況で閃光の魔法を放ち、相手の目が眩んでいる隙にそれぞれの武器を握り、そこから彼らの一方的な蹂躙が始まる筈だった。
いくら切ってもゴブリンの数が減る様子はなく、疲労と共に追い詰められていく。
男は手に持つ剣を睨んだ。剣の柄にある筈のものがない。そこにあった赤く輝く紅玉は、ゴブリンによって砕かれた。
そして男の背後に立つ女の持つ杖の先端にあった手のひら大の魔力石もまた、亀裂が入り、今なおボロボロと欠片が零れ落ちる。
武器の手入れとメンテナンスは万全の筈だった。上位の竜種ならともかく、たかがゴブリンの武器ごときで割れる筈がないのだ。
その時、男の脳裏にギルドで依頼を受けた時の情景が思い出された。
少し特殊なゴブリンの討伐。
職員は確かにそう言った。アレが、魔力石を壊す特殊な何かを持った種という意味であったなら、と。
「くっそ!だったら始めからきっちり説明しやがれ!!」
悪態をつきながら、正面のゴブリンを八つ当たりのように叩き切り、返す剣で背後から襲ってきた一匹を切りあげる。
「おいっ!お前ら、もっとしっかり……」
男の声が不意に途切れた。
見渡す限り視界に入るのはゴブリンのみ。
彼以外の人間の姿が何処にもない。いや、いた。遥か先に口をふさがれ、拘束されて引きずられていく魔術士の姿。そして、見覚えのある短剣を掲げてはしゃいでいるのは、ゴブリンだ。
それに気を取られた一瞬、後頭部に鈍い衝撃が走り、男の意識は闇へと沈んだ。