第2話 3Kってわりとざらにある2
オルランドの近隣諸国にもじわじわと広まりつつある契約奴隷制度だが、それを知らぬ者も多い。そういった者には奴隷商人が懇切丁寧に説明する。
奴隷商は契約奴隷の身の保障も請け負っている。それはしっかりと国の法律で定められていることでもある。
しかし、彼らは明らかにそれを軽く受け流し、奴隷を寄越せと始終横柄な態度だった。明らかに信用に足る相手ではないが、冒険者ギルドからの紹介状もあり否やとは言えない。そうして彼らが指定する場所に詳しいメリルが呼び出されることになったのだ。
そんな事情を思い浮かべながら、メリルは一枚の紹介状に目を落とした。
彼らが奴隷商に渡したギルドからの紹介状だ。
メリルはポケットから拳で握り込める程度の小さな棒状の魔道具を取り出し、わずかな突起を押し込むと棒の先端が光りだす。紹介状の裏から表面の文字に添って光を滑らせれば、赤い、別の文字が浮かび上がる。
彼らが活動拠点にしていた国での問題行動と隠蔽、抹消されたと思われる悪事の数々。弱い者いじめから始まり、依頼の達成報酬の上乗せ請求、貸出奴隷の使い捨て、脅迫に恐喝、他者の達成した依頼の横取り。
それだけの事をしながらも無事、今までやってこれたのは、裏にギルドの権力者がついていたようだ。
「それも彼らが拠点としていた国の騎士団とギルド上層部の共同調査が入り、お縄となったと」
メリルはふむふむと朱書きの文面に目を走らせる。
「そして最後に問題行動の多い冒険者の彼らだけが残ったものの、彼らとの繋がりを示す手がかりは出て来ず、やむなくこちらに回された、か」
テントから聞こえる声はかなり大きく、もはやこちらを気に掛ける気はない。
(というよりも、わざと聞かせているな、コレ。)
わざとらしい声は演技かもしれない。テントの中でわざわざ明かりを灯し、外からは男女3人絡んでる様子が影の形で見て取れるが、それすらもどこか、こちらに対して見せつけているような煽ってきているような気配を感じる。
紹介状の内容を見る限り、かなり狡猾で注意深い連中である事が読み取れる。
例え今襲撃を受けたところで即座に動けるような何らかの対応策は持っているに違いない。
契約奴隷は犯罪奴隷程厳しい制約は受けていない。奴隷商との信頼関係の度合いにもよるが、借り主から危害を加えられそうになったばあいの抵抗や逃亡は許されている。
(日中やたらと絡んで煽ってきたのは、隙を見せて逆上して襲い掛からせて返り討ちもワンチャンってところかな?)
それならば、借り主側の正当防衛が成り立つ。
何せ、これ見よがしに彼らの武器がメリルの座った場所から数歩先にその他の荷物と一緒に堂々と置いてあるのだ。
メリルは首元を引っ張り、中を覗き込み、己の心臓の箇所に魔道具の光をあてる。
そこに奴隷紋と一緒に数字が現れる。
「ふむ」
その数字を確認し、メリルは宙に視線を彷徨わせながら、彼らとの行動を振り返る。
「契約外行動の強制と暴行、契約奴隷の身の保障の放棄、契約時間外の労働に、所定の休憩時間もなし、食事は最低限の水と泥のついたパンをひとかけら、規定職外の歩荷役と、まあ、明らかな契約違反というよりも、契約を最初から守る気なし、と」
指折り数え、浮かんだ数字に間違いないかを確認し、ふいに顔を顰める。
心臓の更に下、わき腹についた焼き印。
それは魔法使いの女がメリルにつけた目印だ。
気づかれるのも厄介なので、奴隷紋への干渉は後回しにする事に決めると静かに立ち上がり、荷物置き場へと向かう。
そこに立てかけてある、二つの武器。男の長剣と魔術師の女の杖。そして無造作に置かれた斥候の短剣だ。元々テントは武器を持った人間を想定した二人用のテントだ。
「そこに男一人と女二人が入ったなら、自然とこうなるわよね」
斥候の女の武器はこの短剣だけとは考え難い。何かあった場合にも対応できる暗器か何かをテントに持ち込んでいるに違いない。魔法使いもある程度熟達すれば杖がなくても戦える。杖に代わる触媒を隠し持っているかもしれない。何といっても注意深さ、卑怯さに反して彼らの武器はよく目出つ。
顕示欲の現れと言ってしまえばそれまでだが、ブラフの可能性が高い。
メリルはこういった人種をたくさん見てきた。
お陰でどんな言動をする人間がどんな性質を持つのかも大隊把握できてしまう。
「さてと」
メリルは予め拾っておいた先端の尖った石を手に長剣の柄と杖の先端にはめ込まれている石を見る。
そして短剣をそっと拾い上げれば、やはり派手な見た目に反して、地味な色味の石がはめ込まれている。
魔力石と呼ばれるそれらは人の持つ魔力の増幅や強化、魔法の触媒にもなる優れものだ。
普通の武器よりも威力が上がる。場合によっては身体的な能力にも影響を及ぼすものもある。
ガラスや宝石のようにも見えるそれは用途の規則性に添って研磨、整形される。特に戦闘向けのものは割れや欠けがなるべく起きないように加工処理もされているので、ちょっとやそっとで割れる事はない。まして、道端に転がる石程度では割れるどころか傷一つ付けることもできないだろう。
「にひっ」
メリルは大変良い笑顔で石を魔力石へと打ち付けた。