第11話 蓋を開けるんじゃなかった
「じゃ、もういっちょう、いくわよーーーー」
「……」
どこか、気の抜けた掛け声を合図にばしゃん!という水音と盛大な水しぶきがあがった。
鎧の表面がばちばちと弾け、隙間から入った水がジュウジュウと音を立てて身の内を灼き、細い黒い煙が幾筋も立ち上る。
泉の数歩前で「ちょっと、そこでしゃがんで。そう、そのまま動かないで」と言い渡された彷徨う鎧はその場で素直に方膝をつき、小さな背中を見送った。
直ぐに取って返した少女の手に握られていたのは、「彼」にとっては嫌な気の満ちた水をなみなみと湛えた水桶だった。
その水桶を自分に向けて構えた少女の姿に色々察した彷徨う鎧は、仕方なくソレを受け入れた。
必要な事であれば、《《一度くらいならば》》耐えよう、と。
「……」
どこか、もの言いたげな不死者の視線を受け流し、今日、何度となく役に立った水桶をその場に置いて、彷徨う鎧の状態を確認する。
全身びしょ濡れ。あちらこちらから黒い煙がジュウジュウ音を立てて上がっているが、予想の範囲内だ。並の不死者ならば骨の欠片ひとつ残らないが、やはり、そういった意味ではかなり頑丈な部類であるらしい。
メリルはカバンの中から一枚の植物紙を取り出し、黒い鎧の胸部に丁寧に張り付けた。
その紙が十分に水を吸ったのを確認すると、その紙の中心に手のひらを押し付け、目を閉じる。
ふわり、と緩やかにメリルを中心に風が舞い上がる。
『聖なる泉、万象を見通す水鏡、天の光を通し、真を映し、移し、写し見ん』
ジュゥッ……
水分を吸ったであろう紙から水蒸気が上がり、乾ききったのを確認したメリルは鎧からそれをゆっくりと剥がした。
「うわぁ……」
そしてその紙に写し取られた内容に声を上げた。
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名 :■■■■■■■■■■■■■■
種 :■■■■■■■■■■
称 :彷徨う鎧
加護:ЖΣ°¶ΩДЮ●
称号:■■■殺■■
■■■喰■■■
■■■■■盟■■■■
災■■■■■■■■モノ
状態:異常
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一言で言ってしまえば「えぐい」。
何がえぐいかと言えば、全てがえぐい。
肝心な部分が黒く灼かれて読めない。
加護の内容が読めない。
所々読める文字が物騒極まりない。
人ですら中々いない加護持ちに加え、称号が複数。しかも、加護を表す文字がおかしな事になっている。
垣間見える文字さえなければ、一体どこの英雄かと問いたくなるレベルだ。
予想の範囲内で言えば、彼が名付きである事だろう。
日中に活動できる不死者など、滅多にいるものでもない。
それ以外は全てが予想外すぎた。
何よりも予想外なのが、呪いの文字がどこにもない。
鑑定術とも呼ばれるこれは、対象の持つ、基本的な情報を写しとる。
呪いを受けている状態ならば、呪いの文字が出るし、強い呪いであれば、どういった呪いかも紙に載る。
メリルは転写された紙に何度も細かく目を通した。
称号の物騒な文字も気になるが、称号と呪いは別物だ。
あとは【状態:異常】が気になる。人からすれば、不死者の存在自体が異常ではあるが、不死者にとっての異常が何を表すのかが気にかかる。
そうしてもう一度、紙に目を通して状態異常に関連する何かがないかを確認し、ふと、加護の部分で目を留めた。
一見、おかしな記号の羅列のように見えるソレ。
よくよく見れば、更におかしさが己の記憶を刺激する。
「文字が、重なってる?」
こんな事は初めてだ。
じっと目を凝らし、頭の中を整理するよように、地面に文字を一つずつ書きだしていく。
上書きされたようなそれは苦労したが、どうにか読み取れた。
その下に記された文字は一見、別の文字に見えるがそうではない。
一つ一つの文字を裏返し、上下を逆にした形に直し、順序を逆に綴っていく。
書き切った文字に改めて目を落とし、信じられないものを見たとばかりに両手で顔を覆った。
上書きされた文字は
【龍の加護】
そして、反転し、裏返った文字を正しく並べ替えたそれは
【竜の加護】
それの意味するところ。
……加護が反転している。
「見るんじゃなかった……」
メリルは虚ろな目で天を仰いだ。
今日は本当にいい天気だ。