第10話間違いなく地雷案件3
メリルは彷徨う鎧を頭の先からつま先まで何度も見返した。
吹き出す瘴気に煙り、朧げだったその姿は今やはっきりしている。
メリルの倍はあろうかという身の丈の黒鎧。全身を隙間なく覆うその鎧は武骨で威圧的なもの。出会った当初そのままの筈だが、メリルは首を傾げた。
先ほどまでの視覚からくる禍々しさが随分と減っている気がするのだ。
それだけでなく、見た目も一回り小さくなったように感じるし、鎧のデザインもこんな感じだったかな? と疑問を憶える程度に細かなところが変わったように感じるのだ。瘴気で不鮮明であったとしても、もっと刺々しいというか、殺意が見た目に現れていたというか……。
試しにメリルはその鎧に触れてみた。鎧が身を引くように小さく軋みを上げたがそれ以上の抵抗はなかった。
瘴気による影響は特に何も感じない。この分なら、ある程度の距離までは泉に近づく事もできるだろうと少しだけ安堵した。
だが、弱体化したわけではなさそうだ。彷徨う鎧のその身の内には確かに怨嗟の気配が満ちている。ただ、それがきっちりと鎧の内に収まっているだけだ。
続いて護符が蒸発した手の平を覗き込むが、特に変わった様子はない。
試しにその黒く大きな手のひらを撫でてみる。中心が妙にザラザラしていたが、それが元からなのか、そうでないのかは判断がつかなかった。
何せ、手のひらを見るのも触るのも初めてだ。
制御しきれず漏れ出ていた瘴気を彷徨う鎧が《《護符を使って》》内側に収めてみせた。
カルロッテがメリルに与えた護符は恐らく対不死者のものだ。
不死者の発する瘴気は人の身には毒となり、呪いとなる。そういったものから身を護るのが教会の護符だ。
カルロッテ程の商人が教会へ求めた護符だ。教会だって馬鹿じゃない。気休め程度の庶民のものではない筈だ。ましてや冒険者が求める物よりランクは上。
貴族様向けの護符は瘴気の毒や呪いも軽いものなら消し去る事もできると聞く。
そこでメリルは引っかかった。
(呪い……?)
はっと閃いた少女は彷徨う鎧を見上げた。
「……、?」
彷徨う鎧がメリルの視線を受け止め、僅かに頭を傾げる。
その護符が彷徨う鎧に与えた影響。
彼の抱える負の気配が減じた様子はない。むしろ、持て余し、外に漏れ出た瘴気の影響でどこか、不安定さを抱えた先ほどとは打って変わって安定している。
「魔女……ドノ」
「……」
彷徨う鎧の言葉の滑りが良くなっている。心なしか、こちらの様子を伺うような余裕が垣間見えた。
自分の意志を相手に伝えるのに誠一杯だった出会い当初とは雲泥の差だ。
その様子がメリルの推測を裏付けた。
護符の効果を考えると納得できるが心情的には納得できない。
(教会として、それってどうなの!?)
そんな複雑な心境にメリルは頭を抱えた。
カルロッテの与えてくれた護符は使用者に対して《《正しく》》作用したのだ。
その結果が目の前にある。
(呪いの軽減による知性の獲得)
これはもはや、誰の予想だにしていなかった事態だ。
彷徨う鎧は自身を苛む「ノロイ」の為にメリルに会いにきた。
そして、護符は、彼の手に渡った事で彷徨う鎧の呪いに反応したに違いない。一瞬で跡形もなく消えたので効果の程はわからないが、彼の呪いに何らかの綻びを生じさせたのだろう。
でなければ、この現象にそれ以外の説明がつかない。
敵対したなら間違いなく当初の彼よりも厄介な存在に成ったなんて可能性には決して思い至らない。
「カルロッテさん、どんだけ教会に積んだのかしら……」
メリルはほんの束の間、都市のある方角の空を見上げた。
現実逃避だった。