ああ、君の名は
兄が突然、娘が最近「ハムスターが飼いたい!」とうるさいのだと愚痴ってきた。
今年で小学校四年生になる姪を思い出し、いかにも言い出しそうな事だと思う。
古今東西、小学生というのは大体一度はそういう時期があるものなのだ。まして、姪は優しくも好奇心旺盛な性格をしている。たまたま今まで出会わなかっただけの話で、雨に濡れた子犬やら段ボールに入った子猫やらをいついきなり拾ってきてもおかしくはなかった。今回は先に打診されただけでも良かったと思うべきなのかもしれない。
そう思うと可愛い娘の気持ちを汲んでやりたい気持ちはあるのだが、いかんせんペット禁止の社宅なので生き物を飼うことはできない、とはなんとも真面目な兄らしい言葉である。
何故ハムスターかといえば、どうやら同級生のなっちゃんが飼い出したとのことで、自慢話を聞いたりスマホで撮った写真を見せてもらったりしてすっかり羨ましくなったらしい。
スマホの写真。今時は子ども用のスマホもあるとのことで、姪の通う学校は休み時間であれば使っても問題ないそうだ。まったく世界の進化とは常に想像を超えてくる。そういえば、私たちの子どもの頃に、なんちゃらコンテストで『未来の地球』の絵を描かされたけれどあの企画はまだあっているのだろうか。自分が描いた内容はすっかり忘れてしまったが、ああいう絵ってよく空飛ぶ車が出てきたよね、と言ったあたりで兄から「話が逸れている」と悲しそうに言われてしまった。
うむ、面目ない。
しかし、いつの時代も、命の大切さを子どもに教えるのは難しい。昔の学校は校庭の隅に動物小屋があって兎を飼育したり、教室に水槽を置いて川で獲ったザリガニとめだかの食物連鎖をリアルタイム観察させられたり、なんてことはざらにあっていたが今はそういうことはあまりされていないだろうか。同級生のあっくんはザリガニにちょっかいをかけすぎてナニかをどうにかされた結果、長らく不名誉なあだ名を貰ってしまっていたが、そんな例外を除けば子どもにとってとても良い体験が出来るものなのではないかと思うのだけれど。
さておき、ペット禁止と言ってもハムスターはうるさく鳴く事もないのだし、コッソリ飼ってもバレないのではないか。と、不真面目な妹の意見を出してみる。
「いや、カラカラが鳴るから駄目だ」
あっさり否定された。
ハムスターとカラカラはセットでありカラカラのないハムスター小屋などあり得ない。そして、カラカラは時に鳴き声よりもうるさく、夜などは非常に響くので絶対にバレる。
良い歳のおっさんが「カラカラ」繰り返すのが面白すぎて半分くらいよく聞いていなかったけれど、要約するとつまりそういうことらしい。どこで仕入れた知識なのか妙に具体的で真に迫っている。なぜ、そこまで詳しいのに「回し車」という単語は仕入れてこなかったのか。
おっさんが擬音を使いこなすのをキモいと思うか可愛いと思うかは、一般的に「ただし、イケメンに限る」という線引きになるのだろうが、妹の欲目を差し引いても兄はよいとこフツメンである。そして、ちょっとゴツい。我が家は皆、耐性が付いているので笑っていられるが義姉は……ギャップ萌え特性を所持していることを願おう。
「サチは星型のハムでも渡したらと言うんだが」
義姉さんお前もか。
兄たちが結婚前、実家に挨拶に来た時のことを思い出す。テンションの上がりきった父の「こんな汚い家によく来たなぃ」という突っ込みどころの多い無理やりなダジャレに私と母が凍結する中、笑ったのは義姉だけだった。なんという気遣いの人だ!と感動したのは今も我が家の忘れられない思い出になっているのだが、まさかの本気で笑っていた疑惑に嫌な予感が止まらない。ちなみに兄はその時、靴を揃えるのに集中しすぎて聞いていなかった。真面目め。
しかし、姪は義姉によく似ている。
小学生にしてたまに兄よりしっかりしている時すらある姪は、確実に遺伝を物語る太い眉毛以外あまり兄と似ていない。そういう意味では父と兄も性格はまったく似ていないのだが、パッと見で親子とすぐにわかる顔をしているので疑った事は今まで一度もない。優性遺伝万歳。
姉の案が通じるかもしれない。
そう言うと兄はわかりやすく太眉をしかめた。
兄の気持ちはわかる。娘に芽生えた生き物への興味をダジャレで誤魔化すなんて、と思っているのだろう。それが通るならロブスターはどうなる、星型のロブとでも言うつもりか、と思ってるのだろう。誰だそれは。
兄と義姉の夫婦仲はすこぶる良いし、姪も兄によく懐いているが、家族でも分かり合えない事はあるものなのだ。
まさか、なっちゃんのハムスターの名前が『ロブ』だとは、その時の私は知る由もなかった。