氷の魔物
それからは平穏な旅路が続き、いよいよ魔都が近くなってきた。この山間部を抜ければ、後はRCIDのエージェントと待ち合わせ、東回りグループと落ち合う場所を決めるだけだ。リイとアストリアは首輪の絆から無事でいるのは分かる。
もう春になってずいぶん経つ。北に向かい再び山間部に入ることになるが、それほど寒いことはないはずだ。しかし、どうしたことだろう。この季節にはあるまじき雪がちらつき始めた。
「何か不吉なものを感じます」とジジ。
彼女の霊感はとても強い。雪はやがて横殴りの風を伴ってきた。まるで吹雪のようだ。まだ日暮れには早い時間だが、あたりが暗くなってくる。
「どうなっているのかは分からないが、まずいな」とジャン。
「うん? 近くに民家があるようだが」
シロの感知能力はさすがだ。数分ほど歩くと民家の明かりが見えてきた。助かった。私たちは、その民家の戸を叩いた。
「申し訳ありません。吹雪になってきました。しばらく避難させていただけませんでしょうか?」
「お困りのようですね。どうぞお入りください」
何気ない石造りの家。迎え入れてくれたのは二十代半ばくらいの女。妙な美麗といえばいいのだろうか。綺麗な人なのだが、どこか人を不安にさせる空気をまとっている。
こんな人里離れた一軒家に一人で住っているらしかった。それも不自然な感じがした。家にはちゃんと暖炉があり、火も入っている。暖かい食事も振る舞われた。吹雪が止むまで逗留していけと言う。
客間を二部屋提供してくれたが、寝ると称してジャンたちの部屋に四人集まった。
「何か変やなぁ〜」
「ああ」
みんな異口同音に同じ事を言った。
「今夜は四人で一部屋に寝た方がよいと思います」とジジ。
ツインベッドにそれぞれジャンとシロ、ジジと私で横になる風をすることにした。
その深夜、日付が変わるころだろうか。部屋のドアが音もなく開いた。あの女だろう。先ほどとはうってかわって強い死の気配を感じる。四人は飛び起き、それぞれの武器を構える。ジジは素早くなってきた。すでに撫子を召喚している。間髪を入れず神獣を何者かに当てる。先制の一撃。
「えっ!」
弾かれた?
「あらあら。人の技など私には効きませんよ。旅人さま。どうか私の子供の贄となってくださいな」
ジャンがナイフを投げる。キーン! 金属製の音がして弾き返された。魔物は攻撃はしてこないのだが、部屋が凍りついたように寒い。どうやら氷の魔物のようだ。
このままでは、私たちは凍え死んで、彼女の子供、どんな魔物なのか知りたくもない、の餌になってしまう。どうやら季節外れの吹雪も、この魔物が仕組んだ罠だったようだ。
「我に任せよ!」
シロが叫んだ。彼の魔法は自己強化型、この魔物に抗う術があるとも思えない。が、あ! シロの体から炎のようなオーラが出ている。どうしたことだ? こんな魔法を彼が使えるなど聞いたことがない。シロは大きく跳躍し、魔物に飛びかかる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
効いている! 攻撃が効いているのだ!! シロはその鋭い牙で魔物の喉笛を切り裂いた。
「おのれ! おのれ! 駄犬ごときに。口惜しや、口惜しやぁぁぁ」
魔物が断末魔の悲鳴を上げる。魔物は光の泡となって消えた。しかし。
「シロ! シロ! どうしたん?」
オーラが消えたシロは苦しそうな表情を浮かべて横たわっている。呼吸が荒い。しかも、なぜか左目が開いていない。私は彼のその目に手を当てた。あっ! どういうことだ! 出血はない。傷を負っているわけでもないのに、目があったであろう場所に何もない。
「大過ない。だが少し寝かせてくれ」
外の吹雪は治まっている。部屋も暖かくなっきた。暖炉に薪を焚べ、居間を暖かくして、シロを寝袋に入れて寝かせることにした。
「な、何があった?」
「私には少し分かる気がします。先ほど、火の精霊・サラマンダーの声を聞きました」
ジジの霊感は鋭い。どうやら私たちには聞こえない何かを聞いたようだ。
「教えてくれ。シロに何があった?」とジャン。
「彼は四大精霊の加護を受けた聖なる獣です。ですので大精霊と話ができるのでしょう。今、彼は火の精霊の力を『借りた』のです」
「一時的な契約をして魔物を倒したということか?」
「はい。そのようなことでしょう。ですが、契約には代償が必要なのです。彼の左目はもうあるべきところにありません。私の治癒魔法でもどうすることもできないのです」
「あの代償が左目? そんなぁ……」
私は嘆息した。魔法、特に大きな魔法には対価が必要。それはこの世界の理だ。そうだ。昔、リイが元いた世界の「神」の話をしてくれたのを思い出した。その神は自らの目を差し出し、知恵を得たと伝えられているらしい。そういうことなのだろう。だからといって、このような行為は勇気などではない蛮勇だ。
敢えて明記しませんでしたが、「雪女」をイメージした回です。「遠野物語」の方ではなく、小泉八雲作で皆さんお馴染みの雪女です。この世界では特殊な氷属性を持っており、風や水属性攻撃が無効になってしまいます。
シロの代償については、北欧神話のオーディンをイメージしています。知を得るために目を代償に差し出したというヤツです。現クールで放送中のアニメ「虚構推理」琴子ちゃんも片目、片足ということですが、日本的に言うと「一つ目小僧」でしょう。アレは、生贄となる人の脱走を防ぐため、目を潰し、片足を切った伝承に基づく妖怪だという説があります。




