神の守護者
それから数日、リイと私はのんびりと森の生活を楽しんだ。不思議なことにリイは肉が食べられないという。いつも木の実をかじっているだけだ。いろいろ不思議なことはあるが、まるで妹ができたようだ。
だが、相変わらずの死の臭いは、どうしても気になってしまう。リイが予言の主であるか否かは、かなり悩ましかった。申し訳ないとは思ったが、私は父にツルを飛ばした。
数日後、父が家にやってきた。黙って呼んだことをリイに詫びた。リイは見かけとは全く違う。大きな心の持ち主だ。無理からぬこととして、受け入れてくれたようだ。
父が予言と伴に持ってきたものは首輪、その対となる指輪? 何に使うのか? リイによると、私の魔力を補完するものらしい。解説を終えると、リイは何気ない仕草で自ら首輪を巻いた。死ぬまで外せぬと知りながらだ。
これを見て、私の決意は固まった。指輪を嵌めてリイと共に旅立とう。魔王討伐の旅? 本当にそんなことができるのだろうか? 命がけ? 当然だろう。そうだ、そうなのだ。これこそが、私が憧れていた何かではないのか? 今、この瞬間、私の夢が叶った!
指輪を嵌めようとした時、リイが警告した。くれぐれも心せよと。
リイが言うところの記憶とは転生の記憶なのだろう。何度も失敗したらしいから、酷い死に方をしたに違いない。それについては覚悟して、私は指輪を嵌めた。リイの記憶が流れ込む。その過去は私の想像を超えていた。だが、私を驚愕させたのは、彼女の過去などではない。
記憶と同時に私はリイの女神様への想いを見た。愛などという矮小な言葉では言い表せない深い絆。いや依存、耽溺といった、病的な表現の方が相応しいかもしれない。
そして、心ならずも行った非道への強い罪の意識……それらも同時に私は感じていた。そこまではまだ良かったのだ。その先を見てはいけなかった。リイら二人の居場所を、私は目を閉じることができず、垣間見てしまった。
なんという恐ろしいところ。毛骨悚然というのだろうか。私の全ての生毛は逆立ち背筋に冷たいものが走った。
本来、数学の世界にのみ存在し、決して現実には有ってはならないもの。真の永劫だ。その深淵をほんの数瞬見ただけで、私は激しく嘔吐した。リイらはあれを常に見続けているのだ。私は慄然とした。
だが、どうだろう。リイといったら海のように広い心で受け止めている? いや、違う。リイがか弱いのは体だけではない。
私には分かる。リイはとても優しく繊細な心しか持たされていない。ハンマーで叩いても傷さえつかぬ、呪いに満ちたガラス細工だ。にも関わらず、狂気に逃げることすら許されないのだ。
今、私ができること。リイにせめて何かを。では何を? こんな時、何を言えばいい? 言葉が出ない。ただ、ただ、「リイを守る」という陳腐で無意味な妄言を私は繰り返した。
私はリイと旅に出た。何度も死にそうな目にあったが、リイとの冒険の日々は楽しかった。リイは私の前でだけ涙を見せる。リイの本当の弱さを知っているのは、自分一人というのは、少々の優越感を伴った。
数ヶ月が過ぎ、ついに私たちは、女神様に出会うことができた。この世界の女の子の体を借りているのだという。見た目はごく普通の少女に見える。しかし、そのオーラは。狼流に言えば「現人神の匂い」を感じる。
嫉妬がなかったといえば嘘になる。だが、女神様の目を見れば、そのような些事など、どうでも良くなる。この二人は世界の救世主? そうには違いなのだが。当人たちも気付いていないのかもしれない。彼女はリイと同じ。永遠の深淵を見つめる者の目をしている。
二人はまるで情死を決意し、崖の上に立つ女学生のようだ。にも関わらず、二人の瞳に見えるのは絶望などではない。倒錯が連れて来た福音、至福だ。有限の生しかない者には理解の及ばぬ世界。リイたちはそこにいる。
だとしても。だとしても。リイが、リイらが愛おしい。私はこの二人を支えるために、生を受けたのだろう。せめて、せめて今生。リイらに寄り添おう。傍にいよう。
本編で主人公は自分の過去を見たからアキコは嘔吐してしまったのだと解釈しています。でも、違うのです。
物理的に刺されたり、切られたりするより、恐ろしいもの。その呪いにアキコは初期の段階で気付いていた。だから、ずっと主人公に魅かれながらも、支える側に回り、物分かりが良かった…という内面を描いたつもりです。
次回からは、魔族支配地域の旅。アキコ・ルートとなります。




