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掌編小説

夏の終わりに

作者: タマネギ

海からの風が冷たくなったと、

すれ違った地元の主婦らが話していた。

日差しはまだ焼けるようだが、

夏の終わりが来ているのだろう。


田んぼの上には、朱色のトンボが、

悠々と飛び交っているし、

辺りの山からは、つくつく法師の鳴き声が

聞こえてくる。


もうすぐだ……そう思いながら、

決して振り返ることなく、墓地に続く坂を登る。



汗が首筋を伝い、

シャツのなかの胸や背中は

すでにびしょびしょで、

気だるい足がもつれそうになる。


頼りない歩行を繰り返し、

別れ道までやって来ると、

そこで大きな栗の木が

木陰をつくってくれていた。


栗の木だ……

ぼんやりとした記憶の中で、

兄とクワガタを取りにきたことが甦る。


ふと視線を落とすと、

根元に穴凹が空いていた。

それは、兄が砂糖水を塗った

クワガタが集まるという穴凹だ。

懐かしさに胸が熱くなり、

兄の匂いがする気がした。


サラサラと冷たい海からの風が、

汗ばんだ肌の熱を取り去っていく。

爽やかな気分を味わっていると、

今度は、兄の気配を背中に感じ、

ついに後ろを振り返った。


しかし、そこに兄の姿はなく、

歩いてきた坂道が蛇のように曲がりくねり、

民家の方へ連なっているだけだった。

民家の向こうには、藍色の海が湾となり、

釣り舟が一隻波に揺れていた。

釣り舟……


さあ、行こう。

木陰での休憩を終えようと、

栗の木肌を撫でてみた。

手のひらに伝わる感覚が、

突然、堪えてきたと思う涙を誘い、

頬を流れていった。


再び、墓地までの坂を登り始めて、

兄の面影に手を合わせる。



“あの日、祖父の釣り舟を黙って借りて、

兄と二人、早朝の海に出た。

お盆を過ぎると、海に引き込まれるから、

絶対に舟に乗るなと言われていたのに。


海に出たいと言ったのは、私だった。

まだ小学生だった私の我儘だった。

生真面目な兄は、祖父の話を守り、

舟を出すことを躊躇ったのだ。

それなのに……


受験勉強で、寝ていなかった兄は、

落ち込んだ目をこすりながら、

岸の近くでならと舟を進めてくれた。

すぐに戻るつもりだった。

祖父が起きるまでに。


兄は呂を漕いで、私の後ろから

もういいか?と何度も聞いていた。

私が、まだまだと繰り返すうちに、

海に何かが落ちる音がした。


振り返ると、兄の姿は無かった。

心臓麻痺……


お盆が過ぎると、海に引き込まれるから。

その言葉が、ずっと心に残っている。

だから、お盆にはお墓に行かない。

兄が帰って来ていても私には会えないのだ。


夏の終わり……今年もこの坂を登る。“


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