2. 買取屋ジンガ
久しぶりの大仕事から戻り、船から積荷を降ろしつつ、久しぶりのジャンキーな味を堪能していると、一台のトラックが走ってくるのが見えた。トラックの横には大きくジンガ工房と書いてある。
「お出ましか。さてと」
取引相手が来たため、テッドは残りを急いで頬張り、袋をゴミ箱に放り込んだ。それに合わせたように、トラックがちょうど船の前に止まり、ドワーフ族の老人と少女が降りてくる。
「おう、解体屋。なんか珍しいもんでもあったか」
「ジンガ。エルフの軽戦闘艇の上半身を見つけてね。骨組み以外は拾ってきた」
「おお、でかした!」
言い終わるや否や、積荷に向かって駆け出した老人と入れ替わるように少女がテッドに駆け寄ってくる。
「お久しぶりです、テッドさん」
「こんにちは、ジェシカちゃん。あの爺が君を外に出すなんて珍しいね」
赤毛のおさげを揺らしながら、ジェシカはテッドに一礼した。テッドも普段は工房から一切出ないジェシカがトラックに乗っていたことを不思議がりつつも、挨拶をした。
「実は、知人の伝で国の工房に入れてもらえることになって。それで、最後に実地研修中です」
そういいながら、ジェシカはテッドに一枚のカードを見せた。
海賊などのアウトローが増えたため、宇宙ではどこに行くにも許可証が必須だ。たとえば、彼女が持っているのがドワーフ共和国の一般住民証だ。これがあれば、一般セクターのコロニーに居住することができる。もちろん、彼女の持っている許可証はただの証明書で、実際は生体IDで認証が行われるため、成りすますこともできない。
「羨ましいなぁ。最近はこのあたりで狙える獲物が少なくて、そろそろどっかの許可証を取ろうかと思ってるんだけどね」
「テッドさんだって、船のパーツばらして回収してるんだから、腕は認めてもらえるでしょ? 一緒に来ませんか?」
ジェシカの言うことはもっともだった。機体から部品をはずすには難しい手順が要る。構造や配線、安全装置まで含めて理解をしていなければ、無傷で取り出すことは難しい。だが、テッドが持ち帰り、ジンガに売っているパーツはどれも丁寧に扱われていた。
照れ隠しにテッドは頭を掻き、そっと自分の船を見た。
「僕は工房に勤めたいわけじゃないからね。コイツの、重戦闘艇の運用許可に、サルベージ品を捌くのに武装の販売許可も無いとダメだからさ」
「そうですか……」
少し残念そうにジェシカが呟いた。しかし、テッドはどう対応していいのか分からず、気まずくなる前にと、コンテナをいじっているジンガのほうへと歩き出した。
「ジンガ、どんな具合だい?」
コンテナの扉をすべて開き、部品を一つ一つ仕分けしているジンガにテッドは声をかけた。ジンガは見ていた部品をそっと一番小さな箱に入れ、コンテナの奥のほうを顎でシャクって見せた。
「良いものが多いことは認める。だが、厄介そうな船じゃな。なんだか分かった上で持ってきたのか?」
ジンガの指している大きなパーツをチラリと見て、テッドはそれをそのまま返した。
「ラビットイヤー L0-226、エルフのところの偵察用の新型パッシブレーダー。分かって拾ってきてるさ」
最新型の偵察機がこんな辺境宙域にいた事実に、何か厄介ごとの匂いを感じたジンガは嫌そうな顔をしたが、テッドが確信犯であると分かると、大きくため息をついて言った。
「そりゃ、船好きのお前が知らんわけが無いな。で、それをどうする? さすがに危険すぎて捌けんぞ」
「ああ、それなんだけど……こいつに乗せられないかな?」
「阿呆、演算能力が足りずにフリーズするわい」
テッドの提案にジンガは首を振りながら答えた。だが、テッドは笑顔のままジンガに手招きをした。ジンガは渋い顔をしながらも、テッドを追いかけ船の倉庫に入っていく。
「要はスペックのいいコンピュータがあればいいんだよね」
「おい、まさか」
テッドが倉庫の壁をいじくると、何も無い壁が突然開き、小さな空間が姿を現した。そして、その真ん中に鎮座する1メートル四方の箱を叩いた。
「そのまさかだよ。よほど慌てていたのか、記憶装置のほうは壊してあったが、メインコンピューターがまるっと残ってた」
「見せろ! 動くのか?」
テッドをぐいと押しやると、箱をぺたぺたと撫で回した。だが、テッドは箱を開閉スイッチを開けようとしたジンガを静止し、何とか押しとどめた。
「まてまてまて、さすがに精密すぎて高速除染してないから、開けないで!」
「ぐぬぅ」
ドワーフは放射線に対して高い耐性を持つが、人間はそうはいかない。テッドも必死にジンガを止めた。その甲斐あってか、しぶしぶ納得したジンガは適当な箱に腰掛けて商売の話に戻った。
「新型機だからか、部品も新型が多い。特に、シールドジェネレータはいいな。これだけで16000SD(480万円)はいく」
「すごいな、確かに偵察用の小型艇の癖に良いの積んでたからね。こいつが小型艇だったら載せ変えてるところだ」
市場価格までは知らなかったテッドは顔をほころばせた。これだけで6人乗りの内宇宙船が買える値段だからだ。
「それと、なぜエルフの船が積んでいるのか分からんが、フォトンガトリングガン。しかも正規品」
「何かを攻撃してヒュム帝国のせいにしようとしてると。嫌だねぇ。オマケにエンジンの航跡も帝国」
エルフ首長国連邦では反物質兵器が使われている。要するに非合法行為が目的だとテッドもジンガも納得していた。
「正規品はよく売れる。合わせて約3万SD(900万円)は堅いな。あとの部品もそれなりにはなると思うぞ」
「それじゃあ、そこからローン分引いても十分手元に来るな。……手数料はいつもどおり、2割でいいかな?」
予想していたより大分色がついた結果に満足しながら、テッドは引渡しの準備を始めた。だが、うつむいたまま動かないジンガに気がつき、ジンガに声をかけた。
「どうしたんだい? 流しにくいなら、2割5分でも…」
「いや、手数料を無しにしてもいい。じゃが、頼みごとを聞いてくれんかの?」
「頼みごと? 余程のことじゃなければ、請け負うさ」
いつもなら、物を積みこみ、さっさと帰ってしまうジンガの珍しい物言いにテッドは不思議そうに頷いた。ましてや、5万SDを超える取引で手数料2割が消えるとなるとありがたいどころの話ではない。
「すまんな。実はな…」
チラリとジェシカのほうを見てから、ジンガは一枚の水晶チップをテッドに手渡した。テッドは裏面も確認したがタイトルは無かったため、WPD(装着型個人端末)に読み込ませて中身を確認した。
「これは……船団の予定航路かな? なるほど、ジェシカちゃんの移動手段か」
「そうだ。下手な奴に頼んでは情報が売られかねん。孫娘を危険に晒したくはない」
船団の予定航路など、海賊は喉から手が出るほど欲しいだろう。ジンガの懸念は当然だった。ましてや、半海賊のようなものがうろうろしているここでは、誰にでも頼めるものではない。
「それで、僕に会合地点まで連れて行って欲しいと」
「頼む!」
ジンガはいつもの様子が嘘のように深々と頭を下げた。これは断りづらいとテッドはしばらく考え込んだが、ジンガは恨みを買うことは少ないだろうと判断し、うなずいた。
「会合点が危険宙域とかでなければいいよ。前みたいに『戦艦の艦首のマークを取りにサルガッソーへ』みたいなのでなければね」
「あれは悪かったと思っとる」
ジンガの持ってくる仕事はコレクターからの依頼が多く、サルベージ対象が貴重な骨董部品であったり、幽霊船の一部だったりと報酬はいいが、危険度が高いものも多かった。それ故におまけがついていないかを心配したのだった。だが、ジンガの必死さを見る限り、今回はジジ馬鹿なのだろうとテッドは納得した。
「とにかくだ。今回の目的地はジャナファンゴ前線基地宙域の端だ。お前さんも時々通るじゃろ」
「みたいだね。明後日に出れば十分間に合うけど、希望はあるかい?」
「できれば、お前さんの船の換装が終わり次第だな。生活物資はいつもの2倍の量、こちらで持たせてもらう」
スッと拳を突き出したジンガに、テッドは合わせるように拳をぶつけた。ドワーフの儀式のようなものだ。拳に拳をあわせるのは承認したということで、ドワーフではこれを破ると刑罰は無いものの信用を失う。だが、テッドはいつも部品と金の話しかしない職人気質が娘に必死になってるということを少し面白く思い、笑うのをこらえていた。
「何らかの原因で送り届けが不可能になった場合はここに連れて戻る。それでいいね?」
「お前さんでできないのなら、だれにもできんわい。それに、宇宙にいる間のお前さんは信用できる」
ジンガはうんうんと頷いた。
「一言多いよ。準備が終わったら連絡をくれ」
「おう。……そういえば、家に帰るのか。そうか」
いつもどおりに分かれようとしていたテッドはジンガの何かを含んだ言葉に足を止めた。
「ちょっとまってくれ、ジンガ」
「わしからは何人も言えんよ。早く帰るといい」
少しにやけたジンガを気にしつつも、仕方なく港を後にした。