あの集落?別に何もないよ
「大学近くの駅から大学に行く途中、青い屋根の建物があるよね。今、あの建物は別の店が入るみたいで、改装中だけど、何があったか覚えている」
友人の裕美が、私に話しかけてきた。
「思い出せないな」
私は首を傾げてしまった。
自宅から大学に通学するのには、必ずその建物の前を通るのだ。
だから、覚えていて当然なのに、私はどうしても思い出せない。
「でしょうね。人間、意外と関心が無いと覚えていないものなの。だから、注意しないとね」
裕美は笑った。
今になって思えば、裕美なりの前振りだったのかもしれない。
裕美とは大学に入ってから知り合った。
大学に入って何のサークル活動をしようと迷っていたら、同じ学科の同級生の裕美も迷っていて、偶々あなたもなの、という感じになったのだ。
それで、同じサークルに入ったというのなら、ベタな話なのだろうが、私は運動系、彼女は文学系の性格で同じサークルという訳には行かず、最終的に私は登山愛好会に、裕美は歴史愛好会に入った。
とは言え、同じ学科だ。
何かと顔を合わせての友人付き合いになっていた。
「裕実は、この市内で生まれ育ったのよね」
「ええ」
私は裕実だが、読みはユミ、彼女は裕美で、読みはヒロミ、だから、呼び方で区別できるが、同じ学科生でもよく間違えられる。
「〇〇という集落名に覚えはある」
裕美は市外どころか県外出身で、大学入学を機にこの市に来た。
だから、この市のことを詳しくは知らない。
「そこなら、私の自宅からちょっと離れたところね。ただ、何もないわよ」
実際、山の奥で棚田で稲作を、後、果樹園でブドウを作っているだけの集落だ。
ただ、ブドウの味は良いらしく、ブランドになっている訳ではないが、その集落産のブドウは高値で売れるらしい。
だから、山奥なのにそれなりに人が未だに住んでおり、確か100人余りが住んでいる筈だ。
「あそこに行くのには、どう行けばいいの。地図だとまともな路が無いようだけど」
「確かにね。あそこは行き止まりの集落なのよね」
あそこは、山懐に抱かれた小さな集落だ。
軽自動車、軽トラックでないと通行できない未舗装の道路が1本、市街地の方から通じているだけで、それもほぼ一車線の道路で、起伏がきつい。
あの集落から最寄りの集落まで行くのに自転車だと5分、帰るのに30分(自転車を押さないといけないから)という冗談めいた現実がある。
「あそこに行きたいの?」
私が問いかけると、裕美は頷きながら、言葉をつないだ。
「実はね。歴史愛好会で奇妙な書き込みのあるノートが見つかったの。あの集落はおかしいって。女の子しか産まれないって」
「はあ?」
あの集落は、私の自宅からそんなに離れていない、そんな奇妙な事実があるのなら、噂になる筈だ。
当然、私の耳にも入っている筈。
「いい加減なノートね。そんなの初耳よ。大体」
私はとっさに手持ちのスマホで、その集落名のネット検索を掛けてみた。
序に、この市名も重複してネット検索を掛ける。
すぐに、その集落についてのネット情報が集まった。
「ほら、そんな情報はネットにも流れていないでしょ。嘘に決まっているわ」
私は強気に言い張った。
「でもね。どうにも気になるの。一度、連れて行ってもらえる」
「いいわよ」
私は今度の週末に父の軽自動車を借り、自分の運転で、裕美をその集落に連れて行くことにした。
その集落に入るのは、本当に大変だった。
私が週末ごとのドライブで運転慣れしていなければ、途中で事故っていただろう。
その集落に入ったすぐのところに適当な空き地があったので、車を止めさせてもらう。
誰かの土地なのだろうが、近くに誰も見えないので、断りのしようがない。
私と裕美は、その集落をぐるっと歩いて回ってみることにした。
「あれ?」
私は暫く歩く内に違和感に気付いた。
裕美から、あんな話を予め聞いたせいだろう。
「女の子しか、遊んでいない?」
裕美も首を傾げている。
そんなに大きな集落ではない。
1時間も歩けば、ぐるっと一巡りできる。
その間に会った大人の男の人はいる。
だが、田畑にいる子どもも含めて、目に入るのは女の子ばかり?
普通だったら、集落にいる子どもが男か、女かということに注目しないだろう。
だが、私と裕美は注目したから気付いてしまった。
首を傾げながら、車に戻ってみると、おばあさんがいて話しかけてきた。
「この車は、あんたのかね」
「ええ、ちょっと置かせてもらっていました」
「外の者かね。何か気になったことがあったのかい」
「ええ、女の子しかいない集落なのですね」
「気が付いてしまったのかい」
おばあさんの目が光った、と思った瞬間、私は気を失った。
人の気配がする。
目を開けたが、目隠しがされていた。
手を動かして目隠しを外そうとしたが、手も足も縛られていて、板のようなものの上に転がされていて、全く身動きが出来ない。
生気の感じられない裕美の声が聞こえてくる。
ここに来ようと思った事情について、自動人形か、ロボットが話すかのように話している。
裕美が全て話し終えると、おばあさんの声が聞こえた。
「全く2回目の調査だったとはね。密かに最初の時の調査ノートは歴史愛好会の部室に送り込んでいたか。もう一人の話とも一致している。間違いないようだね」
私は、おばあさんと話した覚えがない。
だが、裕美と同様の方法で既に尋問されていたようだ。
しばらく沈黙の時が流れた。
「この機械は本人の記憶にない、本人が忘れたことは話させないからね。全く困ったものだ。この星に母星からの移民を迎え入れるための拠点として、先遣隊の我々が、ここに目を付けて拠点化したのは、この星にすれば100年余り前か。私達は女性しか産まれなくなった滅びゆく種族だ。それでも、母星と滅びを共にする気にはなれない。宇宙の何処かに移住できると信じて、移住船団を建造して出発させた。もう間もなくしたら、その移住船団がたどり着こうというのに、困ったトラブルが起きかねないね」
おばあさんは独り言を言っている。
だが、その周囲では大勢の人が肯いている気配がする。
「さてと、この2人に記憶操作を施すか。路傍の石を何とも思わないように、ここに注目されないように、色々と隠蔽工作を我々は施してきたのだが、思わぬトラブルが起こるものだ。市の職員全員を、この集落で女の子しか産まれないのに疑問を持たなくしたし、この集落に来る様々な電気等のインフラ関係者も同様にした。女性しか産まれなくとも婿入りという形で、男がいないのは誤魔化せるしね。最も婿入りした男もおめでたいよ。我々が産んだ子は、遺伝子的には全く地球人ではないのに、我が子だと騙されているのだから」
おばあさんの独り言は続いている。
だが、その内容に私は衝撃を受け続けた。
この集落は、いわゆる宇宙人の侵略拠点だったのだ。
「ネット等は我々の完全監視下にあり、不都合な情報は全て即刻削除されるようになっています。だから、危険はそうないでしょう。この二人の記憶操作が万が一、不完全でも周囲が圧し潰します」
別の女性らしき声が口を挟んだ。
「ま、その通りだがね。じゃあ、記憶操作をするか」
おばあさんがそう言った直後、私は脳の中に電流が流されたような感じがして意識を失った。
「もう、起きてよ。裕実」
裕美が私を揺り起こした。
私が我に返ると、車の運転席で私は寝ていて、助手席に裕美が屈託のない笑顔でいた。
「眠くなったから、30分寝かせて、と言って、1時間も寝てないで」
裕美はそう言った。
「裕美?」
私は、そういった後、件の会話を思い出した。
「裕美、遅くなったわね。急いで帰りましょう」
私はハンドルを握りしめ、出せる限りの速力を出して集落から脱出した。
「裕美、あの集落のことだけど」
「ごめんね。あのノートはやはり嘘だったのね。何もなかったわよね」
「ええ、そうね」
あの後、私は裕美のアパートまで裕美を送っていき、その足で別れた。
一晩寝た後、裕美と大学で私は会って、あの集落の話を振ったが、裕美はそういう有様だった。
やはり、裕美は記憶操作をされてしまったのだろう。
私はネットカフェ等、出来る限り足がつかないように思われるところから、ネットにあの集落の書き込みを何度か試みたが、書き込み自体が拒否される有様だった。
やはり、ネットはあの宇宙人の完全監視下にあるのだ。
裕美以外の友人、それこそ保育園時代からの知人にまで、片っ端から私は声を掛け、それとなく警告を発することで何とかしようとしたが。
「はあ?ネットにそんな情報流れてないし、そんな噂聞いたことないわよ」
知人全てが、私の警告を否定して下手をすると冷笑した。
何故に私が記憶操作が効かなかったのか、それは分からない。
だが幸いなことに、私は登山愛好会の人間なのだ。
地球を守るために、侵入困難な山側から、あの集落に密かに侵入して何らかの証拠、あの集落が宇宙人の侵略拠点だという証拠を、私は見つけて、周囲に公開しよう。
そうすれば、きっと皆も、真実を分かってくれる筈だ。
「全く、記憶操作が効かない人間は処分しないとね。裕実があの集落にまた来る前に、こんなノートを書いていたなんて。念のために書置き等が無いか、見せてほしい、と言ってここに来てよかったわ。ま、処分された裕実は永遠に見つからない。ついでに裕実の家族の記憶操作も少しして、このノートの記憶を消しておこうかな」
裕美は、裕実の自宅に残されていた遺品のノートを見つけて、目を光らせながら呟いた。
「集落の人間ばかりだと、どうしても困ることがあるの。そうしたときのために、適性がある市外の人間を遺伝子改造して協力者にしているのだけど、今の私もその一人なの。今の私は地球人ではなくて、裕実に言わせれば宇宙人なのよ。ごめんね、裕実、親友を、地球人を裏切るようなことを私はして」
裕美はノートを燃やしつつ、口先ではそう言いながら、顔では酷薄な薄笑いを浮かべていた。
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