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ゲッテルデメルング  作者: R&Y
一章
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第七十四話 蛇が墜ちた日

 終末の蛇と恐れられたニーズヘッグとの戦いの幕切れは余りに呆気なかった。


「終わったのか? 本当に、これで」


 最早シドの目の前には、山の様に聳え立っていたニーズヘッグの姿はなく、星々の様に煌めく数多の槍が浮いているのみだ。


『そうだとも、シド・オリジン。お前はかつての英雄シグルドでさえ成し得なかった偉業を成したのだ』


 先ほどまでの高揚感は消え去り、分不相応な力を使った代償は倦怠感として全身に纏わりついていた。

 

 神力を失った身体は、穴の開いた帆がへたり込む様に地上へ落ちていく。


 空に島の様に浮かんでいた土塊も同様に力を失い落ちていく。


 その日、神代(かみよ)を映す火がひとつ消えた。


 



 ニーズヘッグの消失は当然、墜落した方舟にも伝わっていた。


「今の……感じたか?」


 ニーズヘッグとシドの衝突による余波によって、墜落した方舟は負傷者の治療に追われていた。しかし、星明りを遮っていた粉塵の消失と浮遊した大地の落下は、彼らの手を止めるには十分すぎる理由となった。


 そして、それ以上に彼らが強く感じたのは、自身の身体に圧し掛かっていた圧力の消失であった。


「まさか……シドが?」


 誰かが口を開いた。


 確信なき言葉であったが、その言葉が生き残った彼らに希望を伝播させる。


「そうだ。それ以外にあの現象を説明できるものか!」


 こうなっては、最早誰にも止められない。


 怪我人も、


 子どもも、


 歴戦の士といえども、


 無邪気に、子どもの様にその結末を喜んだ。


 彼らは隣人と抱き合い、無事を喜び合った。


 彼らは隣人と触れ合い、故人を悼んだ。


 その日、辺境は長きに渡る魔獣との戦いを終えた。

 

 墜落した方舟は歓喜に包まれ、彼らは黄昏を楽しんだ。

 


 

 焚火のがパチパチと火花を散らしながら、ゆらりと二人の影を映し出す。


「やっと終わったんだな」


 干し肉を頬張りながら、若い方が言葉を吐き出す。まるで溜息を吐く様に。


「ああ」


 方舟の周りは、騒ぎつかれた連中が静かな寝息をたてていた。


「俺は、上手くできたのかな」


 若い男は、幼さの残る顔を微かに歪めながら呟く。


「どうだろうな」


 年長の男が薪を追加しながら言葉を続ける。


「だが、やれることはやった筈だ」


「そうか、なら良かったのかな。エルさんにも世話になった」


 若い男は少し顔を上げた。


「いや、俺は大した事はできなかった」


「オーグのように、皆を引っ張ることもな。だから、お前はよくやったよ。アラン」


 そう言って、エルは立ち上がる。


「寝るのか?」


「ああ、疲れが溜まっているからな。ただ……」


「ただ……?」


「眠れるとも思えんがな」


 そう言ってエルは、アランに手を振り去っていった。


 一人になったアランは、地面に大の字に横たわる。


「シドは……ロズは、無事なのかな」


 星空を眺めながら、この半年を振り返る。


 父も、アルダも、リーレも……


 この十六年の時を過ごした仲間も家族も、少なくなってしまった。


「でも、こんなことが無かったら」


 オーグの事はいけ好かない奴だと思っていただろうし。エルの事は、怖い兄さんという印象のままだったかもしれない。


 それに、ロズやリーレともう一度共に過ごすこともなかったかもしれない。


「何より、シドと友達になれたのも、このおかげかも知れないんだよな」


 そんな事を考えながら、視線を方舟に移す。墜落し、所々に損傷が見える大きな船。


「乗員は百五十人程か……」


 乗員百五十人、それ即ち辺境の生き残りは百五十人しかいないという事である。辺境は、大小合わせて二十三の集落が存在していた。その総計は四千人近かったはずだ。


 その事実に思わず、溜息が漏れる。


 先人達の屍の上に成り立つ辺境の現在、それを守り続けなければならない重責。


「俺にそんな事できるんかね」


 つい弱音を吐いてしまう。大勢の辺境の民が文字通り命を削って守り抜いた彼ら(・・)。長の子として、それを引き継がなければならない。


 そんな事は分かっている。しかし、全てを投げうって辺境を守り抜いた先人達と同じ事が自分に出来るのか。自分が死力を尽くしたとして、果たして残った辺境の民を守り抜けるのか……


 そんな事が悶々と思考を覆っていく。


 アランは、その思考を振り払うように天を仰ぐ。


「もし、オーグがこんな俺を見たらなんて言うかな」


 以前と変わらず煌めき続ける星に手を伸ばす。自分に足りない、先人達が持っていた何か(・・)を求めるように。


「随分と独り言が増えちゃったな。これじゃ老人みたいだ」


 アランは自らの弱さに自嘲する。


 身体を起こし、火が弱まっていた焚火に枯れた枝を追加する。


「ロズ、シド、無事でいてくれよ」


 自分の素直な気持ちを口に出す。


 そんなアランの身体を星明りは優しく照らしていた。






 出血による体力の低下か、薄れる意識の中で断末魔を聞いた気がする。


 夢の中のような独特な浮遊感は自分が浮き上がっているのか、大地が落下しているのか分からない程だった。


 直後、強烈な衝撃と共に完全に意識は遠のいていった。


 遠のく意識の中で微かな時間、父の顔が浮かんだ。


 


 ザクザクと小気味の良い音と上下の揺れに意識が引き上げられる。


 眠気眼を開けると、普段の自分の視界より若干高い景色が広がっていた。


「ここは……?」


 少し間の抜けた声が、私から漏れる。


 一瞬誰の声か、自分でも分からないような声が。


「起きたのか。ここは……俺の背中の上だよ。お前が倒れていたのを見つけてな」


 聞きなれた声が頭の下から聞こえる。

 

「シドか、ありがとう。その……ニーズヘッグは」


「倒したさ。ついさっきの事だけどな」


 私の声を遮るように、シドは言葉を続ける。


「そういうロズは、どうだったんだ?」


 シドの言葉に、無意識に、息をのむ。


「終わらせたよ。全部」


 一息に言い切る。


 覚悟は決めた筈だった。割り切っても、いた筈だった。


 あの結末は幸福ではなかったけど、不満ではなかった筈なのに。どうしても、普通に、普段通りには今の言葉を紡ぐ事は出来なかった。


「そうか。全部終わったんだな」


 シドは今の質問をしたことを気まずそうに、


 そう言って、歩みを進めた。


 沈黙が私とシドの間に流れる。


 きっと私たちは他にも言いたい事はあった筈だ。


 でも、それを口には出来ない、口にはしない方が良い気がする。それはきっとシドも同じなんだろう。


 だから、その沈黙が今の私たちにとっては気持ちの良いものだった。



これにて辺境編は完結になります!

次章は舞台も変わり、物語も大きく動く予定です。書き溜め等の都合で更新は遅くなるかもしれませんが、今後もゲッテルデメルングをよろしくお願いいたします。

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