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ゲッテルデメルング  作者: R&Y
一章
73/77

第七十二話 覚悟と決断

 (アンスール)

 

 それは大神ウォーデンを象徴するルーンにして大神が発明した原初のルーン。ウォーデンと始祖の巨人の契約によって、彼が全智全能に至った際に生じた副産物。


 それが今、彼の大神の御子たるシドによって行使された。


 



 無意識下で口走った一言によって、シドの身体には大きな変容が始まっていた。


 変容は、シドの脳には激痛となって伝えられていた。


 左目から生み出される無尽蔵ともいえる神力が脊髄を通って背中に流れる。


 背中に溜まった神力は、六ヶ所から暴発するように放出され、三対の翼を形成する。


『グッ……! ァァアアッ!』


 神力の放出によって生じた強烈な痛みで朦朧だった意識が制御下に帰ってくる。


 同時に、放出と共に吹き飛んだ肩甲骨と脊髄の一部を神力の硬質化によって補う。


『とんでもない力だな……これは』


 落下中の身体を翼状の神力を下に向けることで上昇に転じさせながら、呟く。


『当たり前だろう。お前は今、神の舞台に、いや……神の視界を見ているのだからな』


 今までよりも鮮明に、脳に直接響くような声が響く。


『だが、それでもまだ足りぬだろう。あの邪龍は世界をも喰らう遺物(・・)だ。あれを滅ぼすには――――』


『少し……黙ってろ』


 ムニンの話しを遮り、加速する。


 溢れんばかりの神力を前面に展開する。


 イメージするのは、強弓より打ち出された鏃。


『まずは一つ―――貰おうか!』


 照準をニーズヘッグの雲翼に合わせる。


 加速度的に近づく邪龍との距離を絶妙に測る。


『――――――ッ! ここだ!』


 体内で暴れる神力を制御し、射程に入ったニーズヘッグの雲翼に向かって腕を振るう。


 シドの腕に合わせて、推力を生み出すために大地を向いていた三対六枚の翼が、ニーズヘッグに向かって鎌首をもたげる。


 同時に、ニーズヘッグも雲翼をシドに向けて振り下ろす。


 黄昏を迎えた世界では、起こり得なかった極大の神力同士の衝突は――――――


 三対の翼は、ニーズヘッグの雲翼を食い破る様に挟み込む。


 一方の雲翼は三対の翼をシド諸共屠るべく、その巨大な質量を叩きつける。


 ――――――世界を震わせる、衝撃となった。





 

 御子として目覚めたシドと世界を喰らう大蛇ニーズヘッグの衝突は、当然の帰結として周囲を破壊の渦で飲み込んだ。


 それは辺境を往く方舟とて例外ではなかった。 


 先ほどの衝撃波には辛うじて耐えた方舟は安定感を失っていた。


「アラン! 今まで見たことないモンが来るぞ!」


 目の前に迫ってくる破壊の渦は、人の理解を大きく逸脱するものであった。幾重にも重なる神力の奔流は、大気、空間そのものを歪ませ、陽光を乱反射し、昏く光っていた。


 そんなモノが、爆心地であるニーズヘッグとシドの接点から球状に、全方位に放たれている。


「言われなくても、わかってる! 上昇して衝撃を受け流すぞ!」


「思いっきり船首を上げろ!」


 エルの報告に、苦虫を嚙み潰したような顔をしながらアランは非情な指示を飛ばす。


 方舟が上昇する。それはすなわち、非戦闘員が乗った馬車を……


 リリを……


 オーグを……見捨てることになるからだ。


 そんなアランの指示に、方舟に乗る辺境の民は反論一つせず従う。


 誰もが分かっているからだ。いや、分かっていたからだろう。


 このような黄昏の時代に、全員が生きて離脱など出来るわけがないと……


 方舟は大地から離れていく。




 

 迫りくる魔獣の消滅を見たオーグは、言葉を失っていた。


「何が起こった……?」


 無意識に零れたつぶやきに、誰かが反応する。


「おっ、生存者がいるじゃねえか」


 大柄なオーグよりも尚大柄な金髪の偉丈夫。


「運が良いな、小僧。俺が来るのがもう少し遅かったらこの馬車諸共轢き潰されていたぞ!」


 笑いながら、オーグに偉丈夫が近づく。


「あんた……誰、いや、何なんだ……?」


「あー、俺か? 神殺しの英雄って奴だ」


 オーグの間抜けな質問に答えつつ横転した馬車を、片手で肩に担ぎ上げた。


 手に持った槍で馬車と馬を繋げていた手綱を切りながら言葉を続ける。


「まあ、そんなことは今はどうでも良い。急がねえと第二波が――――」


 そう言葉を繋ごうとした偉丈夫の表情が変わる。


「どうしたんだ……?」


 そう言ってオーグも偉丈夫のの視線の先を目で追う。


 その直後、世界の悲鳴が響き渡った。


「なんだ……。これ……」


 爆音が過ぎ去ると共に、爆心地から昏き光を乱反射させながら神力の奔流が放射される。


「小僧! 倒れてる小娘を連れて俺の後ろでしゃがめ!」


 肩に担いでいた馬車を下ろし、偉丈夫は中にいる瀕死の辺境の民にもそうする様に促した。


 オーグとリリを含めた全員が背後にいる事を確認した金髪の偉丈夫は、手に持っている槍を天高く放り投げる。


「お前ら、死にたくなきゃ俺の後ろから動くんじゃねえぞ」


 今まで感じた事のない偉丈夫の気迫に皆一様に押し黙る。


 瞬く間に近づく昏き光の奔流を前にしても、金髪の偉丈夫は一切動じない。


 そして、昏き光の奔流が馬車一台分まで迫った時――――――


 金髪の偉丈夫は、吠えた。


「大神ウォーデン、戦神ゾアよ! 我が戦を御照覧あれ!」


「盟友ジグムンドよ、尊きその心を俺に借せ!」


「神殺しの英雄が一人、オルムの呼びかけに応じよ――――――」


 オルムの口上に呼応して、昏き奔流に包まれていた空に巨大な雷雲が出現する。


「神器ブリューナク! 城壁となり――――――」


 雷雲より三柱の雷霆の柱が降り注ぐ。


「民草を守る役目を果たすは今ぞ!」


 その言葉と共に、巨大な雷霆の柱がオルムと昏き光の奔流の間に聳え立った。





 

 ニーズヘッグとシドの衝突によって生じた昏き光の奔流と、神殺しの英雄オルムが築いた雷霆の柱とのせめぎ合いの最中。


 オーグの目には、光の奔流に押し流され、今にも崩壊しそうな方舟の姿が映っていた。


 遥か後方の空で光の奔流に押し流されている方舟には、百を超える辺境の民が乗っている。


 その中には、赤ん坊も数人、妊婦も一人、幼子も数人いる。


 一方で、オーグの周りには十人弱の非戦闘員。


 だが、全員が非戦闘員で、さらに言えばオーグの対応により逃げ遅れた人々である。


「………チッ」


 後ろでは、馬車の横転により怪我した人達が、手当も疎かなまま荒い息を吐いている。


 何もできない故の焦燥感、苛立ちがオーグに重く伸し掛かる。


 そんなオーグの焦燥感を知ってか知らずか、オルムと名乗る金髪の偉丈夫は、口を開く。


「後ろに見える、空飛ぶ船。あれはお前らの同胞が乗っている船か?」


 オルムはオーグ達に背を向けながらそう言った。


「あぁ。俺の……俺たちの大切な仲間が乗っている」


 オーグは苦々しさで震える全身をなんとか抑え込み応える。


 それに対して、オルムは酷く静かな声色で、そうかと口にした。


「小僧。お前がこの集団の長か?」


 淡々とした声ながらも、重いモノを乗せた声色でオルムは尋ねる。


「ああ、そうだ」

 

 オーグもそれに気づきながら、答える。


 その答えを聞いたオルムは大きく溜息を吐いて


「なら、小僧。お前に問わねばならんな」


 オルムは僅かに顔をオーグに向ける。


「俺なら、恐らくだが、あの船が崩壊する前に駆け付けられる。守れるかは別だが、それでも八割ぐらいの確率で乗員を助けられるだろう」


 オルムの言葉に、心臓が早鐘を打ち始める。


 オーグの心はこの先の言葉を拒絶している。


「だが、そうした場合。お前とその後ろにいる全員は間違いなく死ぬ」


 しかし、無情にも金髪の偉丈夫の言葉は続く。


「お前らを助けると決めた者の責任として選ばせてやる。小僧、どちらを選ぶ?」


 一言一言紡がれるごとに、オーグの拍動は加速していく。


「時間がねえ。十秒で決めろ。それが長の仕事だ」


 そう言ってオルムは姿勢を戻した。


 オルムが求めた二択は余りに重すぎた。


 オーグは視線を、後ろの整備隊のメンツに向ける。


 全員が見知った顔だ。知らない筈がない。中には東の村で共に育った女もいる。


 次に、オーグの膝に頭を乗せ、意識を失っているリリに視線を落とす。


 守ると決めた女。


 オーグの決意の源であった女。


 リリが居たからだろう。こうして最後まで戦えたのは。


「そんな女を俺は見捨てるのか……?」


 長として選ぶのなら、決まっている筈だ。


 こちらにいるのは、瀕死の者ばかり。今を生き残ったとしても冬越えすら難しい連中ばかりだろう。


 しかし……。


「時間だ。小僧、選べ」


 オルムの言葉に、胸がキリキリと締め付けられる。


 吐き気すら覚える。


 目の前で、安らかに眠っている女を……


 自身と同じように、皆の為に死力を尽くした女たちを――――――


「オーグさん。私たちは大丈夫ですから……」


「アランを……みんなを……辺境の未来を守ってください」


 息も絶え絶えであるが、後ろから覚悟を決めた者たちの声が聞こえた。


「私たちも辺境の民です。戦士ですから……」


 皆の気持ちは固まっていたのだろう。


「すまない……皆」


(すまない……リリ)


 オーグは小さくつぶやく。


「方舟を……辺境の未来を守ってくれ。神殺しの英雄」


 オーグは目の前に立つ金髪の偉丈夫にそう答えた。


 オーグの返答に、一連の話に、微かに金髪の偉丈夫オルムの目は見開かれた。


「――――――了解した。辺境の長よ」


「必ず辺境の未来を繋いで見せよう」


 そう言ったオルムは足に力を込め、高く飛び上がる。


 方舟へ向かって一直線に。


 その飛翔は凄まじく速かった。


 光の奔流に吞まれかけていたオーグ達の目には映らない程に。


 方舟を目前に捉えたオルムは、ふと先ほどの場所を振り返った。


「辺境の長よ。辺境の戦士たちよ。戦士の園(ヴァルハラ)でまた会おうぞ」


 そう言ったオルムの瞳には闘志が宿っていた。

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