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ゲッテルデメルング  作者: R&Y
一章
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第七十一話 進撃する異形

 『オルム』 かつて大伸ウォーデン直属の部隊エインヘリアルの副長としてワルキューレと共に戦場を駆け、今や神殺しの英雄の一人として世界最強の座についている彼は改めて辺境地域の状況を分析する。


「かつてウォーデンに追われた魔神ニーズヘッグ、この距離でこれとは、とんでもない図体してやがるな。 そしてあの黒い霧が魔獣の種子、そして大地を覆う魔獣の軍勢……大した前座を用意したもんだ」 


「そしてその中に異なる力の気配……目視はできんが辺境の生き残りだろうな。 厄介なもんだぜ」


 その口ぶりに似合わぬ笑みを顔に浮かべながら神殺しは槍を構える。


「地上の掃除は引き受けたぜ、エインヘリアル。 お前らは種子をどうにかしろ!」


 エインヘリアルの一人が何かを言おうと近づこうとするのを現エインヘリアルの副長であるアストリア・リンが阻む。


 直後、エインヘリアルが踏み出そうとしていた位置が削り取られる。 


「下がりなさい。 今彼の周りでは神器が発生させた稲妻が駆け巡っています。 雷を司る神器ブリューナク、あれが目覚めた今我々では近づくことすら致命的ですよ」


「じゃあ先に行くぜ、ワルキューレ!」


 そう言うや否やオルムは丘上から姿を消す。


 次の瞬間、ドンッ!という落雷の如き衝撃音と共に稲光が魔獣の軍勢に落ちた。

 

「あれが神殺し……化け物だ……」


 エインヘリアルの一人が思わずこぼす。


 電撃が波紋となり魔獣を焼き殺していく。 かろうじて即死を免れた魔獣達も次の瞬間にはブリューナクのに貫かれる。 そしてその一撃が新たな電撃波を生み出す。


 先ほどまで辺境を塗りつぶしていた黒が、たった数瞬のうちにまるで山火事で燃え朽ちて行く木々の様に灰燼に帰する。


『ボケっとするな! あの男が面倒を引き受けるというのならくれてやる。 我々は種子の対処に専念する。 私が叩き落とす、それに合わせて処理しろ!』


 ワルキューレの叱咤によりエインヘリアル達の士気が戻る。


 副長のアストリア・リンが続ける。


「では速やかに始めましょう、諸君。 今日の隊長を怒らせると神殺しよりも怖そうです」




 『羽』で黒い霧を吹き飛ばし進む。 心臓から全身に送られる血液の温度が上がり続ける。 それに比例し右目が割れるように痛む。


 魔獣に追われる馬車の上を通りすぎる。 視界の奥に二つの人影が映る。


『構うことはない。 奴らは奴らの道を行くだろう。 我々はただこの目の前にそびえる山脈を踏破すればいいのだ』


 内から響く声さえも大きく鐘打つ心音がかき消す。 


 最早意識を向け、手を振るう、それだけで数多の氷柱が出現しニーズヘッグに降り注ぐ。 しかし黒い霧が渦を形成し氷柱を削り取る。


 ニーズヘッグが咆哮する。 その衝撃波が氷の道を砕く。


『無駄だ!』


 浮島に飛び移り腕を振るう。 砕け落ちていく氷片の全てがニーズヘッグに向かい加速する。


 しかしそれはニーズヘッグの雲翼によって一蹴される。


 ついにニーズヘッグの巨大な瞳がシドの事を補足する。


 その巨体に似合わぬ速度で、ニーズヘッグの雲翼がシドのいる浮島に叩きつけられる。


 砕け落ちる破片に、しかしその中に人影はない。


 ニーズヘッグの翼に光の帯が突き刺さる。 


『ついに辿り着いたぞ、神!』


 『羽』を手繰り雲翼にしがみついたシドがその紅い瞳を爛々とさせている。





 この時までニーズヘッグは憂さ晴らしをしていた。 


 人如きの一撃にかつての忌々しいを思い起こさせられたからだ。 それに八つ当たりと言わんとばかりに力の出力を上げていた。


 先ほどの攻撃も目に付いた腹立たしい羽虫に鉄槌を下しただけだ。


 しかし今ここまで来て、ニーズヘッグは認識をいささか改めざるを得なくなった。


 この人間、否この存在からは微かながらもあの忌々しいあの大伸の気配を感じる。


 かつて自分をこの辺境に追放し、悠久の眠りに落とした元凶。


 先ほどの出来事など彼方へと消えた。 


 神力の出力を上げる。


 長き眠りにより訛り切った肉体が悲鳴を上げる。

 

 耐えきれない所々が崩れる。


 純粋な神力の奔流がニーズヘッグの全身から放たれた。


 


 ニーズヘッグの放った衝撃波は魔獣の群れのただ中にいる方舟とリリ、オーグ、そして馬車にも届いた。


 それによりもう限界だった馬車は片方の車輪が外れ一回転半、馬達は回転に巻き込まれ倒れ込んだ。


「しまった! 馬車がやられたのか! リリ、そっちは無事か!」


「私は何とか無事だよ! だけどこれじゃあもう……」


 リリは馬車の中をのぞく。


 ただでさえ無茶な道程により消耗しきっていた所を、止めに馬車ごと掻き回され、非戦闘員である彼らは虫の息だった。


「今のは一体なんなの……これもニーズヘッグがやったことなの?」


「考えても分からんことを考えんな! 魔獣共が来るぞ!」


 魔獣を吹き飛ばしながらオーグが叫ぶ。


 リリも鞭でオーグと共に魔獣に応戦するが、前後左右隙間なく襲われ続け馬車の元まで追い詰められる。


「止まっちまったらいくら方舟の援護があってもジリ貧だなこりゃ」


 乾いた笑いを発しながらオーグは天を仰ぐ。


「果たしてどこまでこれたのかなぁ俺達は……あと少し進めば突破できたのか、まだまだ地獄の道中だったのか」


 リリも心身ともに限界に達していた。そしてこの絶望的な状況の中一瞬意識が飛ぶ。


 魔獣の気配。そして雄叫びで意識が戻る。


 目の前には跳びかかってくる魔獣、直感的にもう何をしても間に合わない事を悟る。


(ああ、僕ここで死ぬんだ。 ごめんね、リーレ、カレンさん、皆が命がけで繋いでくれたのに、僕ここまでみたいだ)


 時間が、世界がゆっくり流れる。


 迫る凶爪、そして横から躍り出る人影。


「諦めるにはちょっと、ほんとにちょっとだけだが早いんじゃないか?」


「え?」


 オーグが魔獣と共に横に転がる。


「言ったぜ、俺はお前らを守るってな。 目を閉じるのは俺が死んでからしな、リリ」


 オーグは懐の小刀で魔獣を切りつけながら笑う。 しかし腹ににじむ赤が彼も既に限界を超えている事を物語っている。


「最後にこれだけは教えておくぜ、リリ。 つらい時、死にそうな時こそ無理にでも笑え。 そうすれば自分の限界、それを一歩だけ超えられる。 その一歩はきっと事態を少しだけ良くするぜ」


「何言っているの!? 君のその一歩がこの状況で何になるって言うの? こんなの一瞬生きながらえただけじゃない!」


 リリが叫ぶ。 

 

 リリはなぜ自分が叫んでいるのか分からない。 こんな状況においても前向きなオーグの言葉に腹が立ったのか、今更そんなかすかな希望に縋るのがこわかったのか、わからない。


 それでも、もう立ち上がることすらできず、微かに体を震わせながらもオーグは口角を上げ続ける。


 魔獣共が一斉に襲い掛かる。 倒れているオーグに、へたりこんだリリに、そして壊れた馬車、その中の住民に。


 思わず目を瞑ったリリの横を一陣の風が通りすぎる。 その風に乗ってにチリチリとした熱気と焦げ臭い匂いが伝わる。


 目を開けるとそこには焼け焦げた魔獣の山が築かれ、魔獣の姿は遥か彼方。 リリには今何が起こったのか分からない。 


 しかし呆然としながらも地面に向かって降りて来る方舟を目にした彼女は、自分の戦いは終わったのを理解し自らの意識を手放した。




 ニーズヘッグの、神の放った神力波、その破壊力は絶大だった。 その余波は世界全土に波及し、すべての生命体が神の存在を再認識するほどに。


 『羽』で防御をしたものの、その衝撃波を至近距離で受けたシドの身体はボロボロになっていた。


 『羽』の一本が何とか浮島にシドの身体を固定したが、体の至る所から尋常ではない血を流し、朦朧とした意識の中で心臓の鼓動と右目の疼きのみを感じていた。


 浅かった呼吸が止まり、最後の血の一滴が流れ出る。


 それでも鼓動は止まず、瞳は疼き続ける


 『羽』が消失しシドの身体が落下を始める。


 シドは理解する。 この音は心音ではない、火を灯すための火打の音だ。


 呼吸は既に止まったが、体に残った空気であと一息は吹けるだろう。


 最後の一息、シドが唱えたのは彼自身も知らないものだった。 


(アンスール)


 ガチン、左目に火が灯る。


 火が血管を通り体中に駆け巡る。


 炎を纏った三対の『翼』が展開される。


 落下が止まる。


 ニーズヘッグはいつの間にか動きを止めていた。


 その目の先にあるのは小さな太陽だった。


 次の瞬間、二つの神力の塊が激突する。


 その衝撃は先ほどの非では無かった。


 空が軋む。 世界が悲鳴を上げる。


 空がひび割れ、昏き光が降り注ぐ。

 

 十数年の時を経て、黄昏が再び訪れた。

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