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ゲッテルデメルング  作者: R&Y
一章
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第六十六話 血の路

 地鳴りは辺境の拠点のさらに北、ワルキューレ達が陣取る丘にも轟く。


 辺境の森が隆起し、中から黒い胴体が徐々に現れる様をワルキューレは、エインヘリアル達と共に目にしていた。


「いかがいたしますか? 必要であれば私が切り込みますが。 今ならシド様だけならなんとか連れ帰れます」


「却下だ。 今我々がしなければならない事はこの境界線の死守だ。 ニーズヘッグめ、随分と貯めこんでいたようだ」


 リンの言葉を一蹴し、剣先で黒く染まった空を指す。


「エインヘリアルはこれより大量発生する魔獣の駆除に当れ。 私は空中から種子を除去しながら様子を見る」


 リンを始めエインヘリアル達が剣を抜き、戦闘態勢に入る。


「相当なデカブツとは聞いていたが、これほどとはなぁ。 お前は昔実際に戦ったことがあるんだっけか、ワルキューレ」


 エインヘリアル達の背後に、雷鳴と共に人影が降り立つ。 


 エインヘリアル達が振り返る。 複数人から剣を向けられているこの状態でも男は笑みを浮かべ続ける。


 皆が困惑の表情を浮かべる中、リンとワルキューレの二人は別の反応を示す。


 リンはその人物を視認するとすぐにワルキューレの方に向き直る。 ワルキューレは振り返っていなかった。 しかし彼はその背中から彼女の激情を感じ取る。


『よくもその面を再び私の前に出せたものだな、裏切り者オルム!』


 ワルキューレが一瞬発光したかと思うと、次の瞬間には彼女の剣が男の喉元に突き付けられる。


 しかし、男の態度は崩れない。


「さすがワルキューレ、相変わらずのすばしっこさだな。 リン、片腕を失ったと聞いた時はどうなるかと思ったが元気そうでよかったぜ。 三人で昔話に花を咲かすのも悪くないんだが、お互い仕事を片付けなきゃいけないだろう?」


 硬直した状態の中、一人のエインヘリアルがリンに耳打ちする。


「リン副長、オルムと呼ばれたあの男はもしや……」


「ああ、君の想像通りです。 彼はゲッテルデメルング時のエインヘリアル副長、しかしその立場に居ながらエインヘリアルから脱退し神々に反逆。 そして今、人々は彼をこう呼びます……地上最強の七人である神殺しの英雄が一人、オルム」


「紹介は済んだが、リン?」


 オルムが一歩踏み出す。


 ワルキューレが反射的に剣を突き出す。


 剣が喉に到達する直前、刀身に雷が落ちる。


 ワルキューレが咄嗟に後ろへ下がる。


 落雷は地面に刺さったまま消えることなくバチバチと火花を散らす。


 それに手を掛けたオルムに反応するように槍の形状に定まっていく。


「せっかく死に絶えたと思っていた神サマが現れたんだ。 楽しまなきゃ損だろう?」


 三十歳を回っているであろう男が浮かべたその笑み、それだけでその場の全員がこの男の力がニーズヘッグに勝るとも劣らない脅威であることを肌で感じとる。


「勝てるんですか? 一人で神に」


 リンが再び斬りかかりそうなワルキューレを制するように前に出ながら問う。


「まあ、勝て無くも無いってとこだ。 確実に勝利出来るほど神サマは甘くない事くらい、お前らも知っているだろう? それにあの中にまだ人が残っているようだしな」 


「だから、ちょいと手伝え、エインヘリアル」


 



 散らばった荷物の中で、ニーズヘッグを見上げる。


 ふとウロボロスを思い出す。 その全長は村一つをゆうに超えていた。 かつて我々はそれを巨体と呼んでいた。 


 それに並ぶ大きさを誇る方舟。 辺境が方舟をニーズヘッグへの切り札と疑いもしなかった要因の一つは、間違いなくその大きさによるものだ。 そしていざニーズヘッグと対面してみたら方舟と比較するのもバカバカしいものだった。


 周りを見渡してみる。


 共に荷物を積み込んでいた非戦闘員の人々はもちろん、共に巨人と戦ったリリでさえ唖然としてしまっている。


 更に目に飛び込んできたのは、靄が彼らの頭上すぐ傍まで迫っている所だった。


『伏せろ!!』


 そう周囲に叫び、『羽』を展開する。


 四枚の『羽』で風を巻き起こし、靄を吹き飛ばす。


 俺が次の言葉を発する前に、緊急事態を知らせる鐘が鳴りだす。


「ニーズヘッグが目覚めた!! 総員早急に方舟に乗り込め!! 空中の靄には決して触れるな、あれは何かに接触すると魔獣になる性質を持っている!! どうしようもない時は土を投げつけて魔獣に変化している間に全力でその場を離れろ!!」


 オーグ、そしてエルの声が砦中に伝わると、皆我に返ったように方舟に駆け出す。


 そんな中、リリが人の流れに逆行する様子を見て取る。


『リリ! 何故奥に向かう!』


「奥の区画にはたくさんの整備隊のみんながいるはずなんだ! このままじゃやられちゃう!」


 整備隊は先の戦いで生き残った者達の内、非戦闘員で構成されている。 そんな者たちは最悪戦場になりえる砦から少し離れた場所で作業を行ってるという。 確かに砦付近で見かけない顔がいくつかあった。


「シド君はここで方舟と皆を守って! ここが陥落したら元も子もなくなっちゃう! そしてオーグに私が向かったことを伝えて!」


 魔獣の種子を対処している内にリリの姿は人々と魔獣共の中に消えてしまっていた。


 リリと行き違いにオーグ、エルそしてアランがモア達を担いで現れる。


「シドか! 丁度いい、状況はどうなっている!」


『物資の積み込みは2割ほど、逃げ込めた正確な人数は把握していないが魔獣は通していない。 後、リリが奥の区画の救援に向かった』


 報告を聞きながらオーグがリリの向かった道を一瞥する。 既に魔獣がひしめき合い非戦闘員の一団を通すのはとても不可能に思える。


「シド……お前なら…………いや」


 一瞬視線をこちらに向けたオーグだが、言いかけた言葉を飲み込み、方舟に走り出し叫ぶ。


「……全員聞け! この砦はもう持たん! 直ちに方舟を起動し、北に進路を取れ!」


 オーグ、そして俺が飛び込むと同時に方舟は上昇を始める。


 一足先に船に駆け込んでいたアランがオーグに問う。

 

「リリ達はどうするつもりだ?」





 

 リリが整備隊の元に辿り着いた時、彼らは既に行動を起こしていた。


 整備隊の隊長カレン指揮の元、戦闘経験のある者が一軒の小屋の窓から槍を駆使して魔獣達と戦っている。 


 魔獣達を吹き飛ばしながらリリがその小屋に到着する。


「カレンさん! 大丈夫!?」


「リリちゃん、よく来てくれたわね。 助かるわ」


 唯一小屋の外でやりを振るうカレンがリリにニコリと笑いかけるが、彼女の服は血に塗れており、そしてそれは決して返り血だけではない事をリリは直感する。


 しかしそのことを指摘などできない。 指摘させない迫力がその笑みにはあった。


「早速で悪いのだけど、中で馬と馬車の準備を手伝ってくれないかしら。 そしてそれで北の方向に脱出してほしいの」


「方舟の方じゃないの?」


「方舟は既に飛び立った後でしょうね。 私達の到着を待っていれば方舟の離陸すら難しくなるわ。 オーグはそういう判断ができる子よ」


 迫ってきた魔獣に槍を突き刺しながら指示された通りに小屋に駆け込む。


 中では、超大型の馬車に十匹にも上る馬を繋げる作業を行っていた。 

 

 部屋半分ほどの大きさにもなる箱状の荷馬車には一つの覗き窓も存在せず、扉も後方に両開き式のものが一つ、前面には操縦士の為の席が一つ備え付けられている。 中には既に子供を含めたほとんどの生き残りが乗り込んでいる。


「こんなものを作っていたなんて……」


「この馬車はオーグさんがいざという時の逃走用に作らせていた物だ。 ある程度の魔獣の攻撃になら耐えられるはずの代物だが今の状況ではどれほど持つか」


 作業をしている内の一人が説明する。


「だがあの良馬の村のリリが来てくれたって言うのなら、希望くらいは抱けるさ」


 

 

 程なくして馬車の準備が整った。


 小屋の中の人々を全て収容した後、リリはカレンに呼びかける。


 しかしそれに対しての返答が帰ってこない。


 窓から外をのぞきに行こうとした時、窓から何かが放り込まれる。


 放り込まれた「ソレ」はリリの横を通過し、鈍い音と共に赤い跡を残しながら床を転がる。 


 「ソレ」は異音の混ざった呼吸と共に血を吐きながら、双眼を開ける。 その瞳が駆け寄ろうとするリリを映す。 


「い―――け……き―――た――へ………」


「カレンさんッ」


 決して大きな声だったわけではない。 血を吐きながらかすれた声で下された命令に、リリは踵を返し馬車に走る。


 魔獣共が窓から飛び込んでくる。


 それらを躱し、押しのけ馬車を目指してひた走る。 あと少しという所で魔獣の体当たりによりリリがよろける。 少し減速したその隙に、待っていましたというように魔獣達が飛びついてくる。


 咄嗟に目を瞑る。


「立て! 貴方が辺境の戦士だというのであれば、今を置いていつ立つのか!!」


 ガラガラで擦りきれたカレンの声。 いつも穏やかな口調を崩さなかったカレンの最後の叫びにリリは両眼を見開き、地面を蹴る。 命を賭して戦った彼女の前で諦める訳にはいかなかった。


 背中に浴びせられた叱咤に背中を押されるように、飛び込んできた魔獣の間をに体が滑り込む。


 しかし、後方から魔獣がすぐ傍まで迫ってきているのを感じる。 届かない一歩を埋めようとめいいっぱい手を伸ばす。 足に魔獣の荒い息がかかり、その牙が肌を切り裂く直前、伸ばした手が何かをつかむ。


 掴んだのは誰かの腕だった。 包帯を全身に巻かれている怪我人、その間から覗くカレン譲りの青髪の少女、カリギュラ戦で意識不明の重体となり整備隊に看病されていた戦士、リーレがリリを引き寄せる。


 その勢いで一歩前進しリリに噛みつこうとしていた魔獣の口内に剣を叩きこむ。 


 何とか馬車に辿り着いたリリがたずなを握ると荷馬車の扉が閉まる音が聞こえた。


 それを合図にリリが馬たちに指示を出す。 十頭の馬が同時に足を動かし始める。 


 初動の遅い馬車に魔獣共が群がり、道をふさぐ。 しかし一匹、また一匹と血を流して倒れていく。 そこではリーレが魔獣を切り裂きながら駆け巡っていた。 


(リーレちゃん!? 馬車に乗ったんじゃなかったの!?)


 


 はじめは馬車を狙っていた魔獣達は、次第にリーレの方に注意を引かれていく。 


 リーレが魔獣共を攻撃しながら引き付けていく。 


 馬車の前に走行可能な道が現れる。

  

「なんで! リーレちゃん!」


「――――――――」


 先の戦いで喉を焼かれたせいか、リーレの口からは声にもならない音が絞り出される。


 しかしリリはそれ以上何も問わない。 リーレの瞳からその覚悟を痛いほど感じ取ってしまったからだ。


 涙を瞳に蓄えながら、馬車を加速させ小屋を後にする。 


 それからはひたすら北へ馬車を走らせる。そして走る時に砂煙を上げることを意識する。 砂煙で靄を魔獣に変化させられるのならば、あの靄の危険度がグッと減るからだ。 


 ニーズヘッグが前進するとともに大地の割れ目が拡大し、砦がそこに発生した魔獣もろともに落ちてゆく。 そしてそれは辺境の民の痕跡の一切を飲み込んでいきながら、全速力で疾走している馬車に迫りくる。 


 この大型の馬車は小回りが利くようには造られてはいなかった。 故にリリはひたすら真っ直ぐ馬たちに走らせる。 


 地割れの音を背後に抱えながら、砦に作られた最後の住居を通りすぎる。


 辺境の総力を挙げて築かれた砦に発生した地獄の向こうには新たな地獄が広がっていた。

 

 平原によって一面緑色だったその場所は、魔獣がひしめき真っ黒に染まっている。 


 あの中に突っ込めば四方八方から魔獣の猛攻に晒されるだろう。 そもそも魔獣共の衝突点にいる馬たちがどれ程持つのかも定かではない。 しかし取れる選択肢など一つしかない事をリリは理解している。 少しでも速度を緩めれば奈落の底に真っ逆さまだ。 


 速度をさらに上げ魔獣の絨毯に突っ込む。 


 発生したばかりで頭のゆるい魔獣共が、接近してくる馬車に気が付き緩慢ながらに起き上がる。


 馬車と魔獣がぶつかる直前、直後に訪れる激突の衝撃に備えリリは両眼を閉じる。


 訪れるはずの衝撃はなかった。 魔獣共の悲鳴はそこらかしこから聞こえるのに、そこに馬達のものは無く馬車は進み続けている。 更に瞼越しにもまばゆい光を感じる。 


「目を開けろ、リリ。 運転手が前を向かないようじゃ、万に一つもここを渡り切ることなんてできないぜ!」


 目を開ける。 そこには光の雨が降っていた。 地面を見るとそれの仕業で死に絶えている魔獣共が馬車を中心に広がっている。 そして目を閉じるまではいなかった、先行して走っている人影。 その人影が振り返る。 


「オーグ!?」


「よく今まで生きていてくれた! これからは俺と方舟がお前らを守るぜ!」



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