第六十五話 想いの重心
ナイトメアに光の矢が数十秒の間降り注いだ。
『ロズ、お前の前にいた魔獣の状態を教えてくれ。 此処からでは確認できない』
頭上の方舟から響く声に従いロズは土煙が舞う地点に歩を進める。
そこには、ナイトメアを中心に光の矢が足の踏み場の無いほど突き刺さっていた。
ナイトメアは全身を覆っていた黒い鎧が無残にも砕け、周りに血の水たまりを拡大させている。 遠目から見ても致命傷は免れていないだろう事は容易に想像がついた。
剣で地面に刺さった矢を切り落とし、道を作りながらナイトメアに近く。
やっとのことで中心に辿り着く。 ナイトメアの全身至る所に矢が突き刺さっており、ここまで微動だにしていない。
「統率個体のナイトメア、完全に沈黙してる。 魔獣の再生力でもしばらくは動く事も出来ないだろう」
の
『分かった、お前は拠点に戻れ』
「シド、お前たちは?」
『向こうで守備隊が捜索隊と挟み撃ちで魔獣共を殲滅している。 俺達はそいつ等を回収後拠点に向かう。 それでも俺達の方が早く到着するだろうがな』
「分かった。 では拠点に向かっているぞ」
『待っててやるから安心して帰れよ』
方舟は船首を南、森の方向に向け移動を始める。 空中を滑るように進むそれを、ロズはしばらく眺める。 あのウロボロスの巨体を大きく上回る方舟、その風貌は確かに秘密兵器にふさわしかった。
視線を落とし、ナイトメアを見下ろす。 再び兜の下で怪しく光っていた紅い二つの目が消えていることを確認し、剣を鞘に戻す。
「……………」
口を開くが、数回口で息を吐いた後ため息を吐き口を閉じる。
そして踵を返し、拠点に向かって歩き出した。
「確かにこの距離を歩いて帰るのは少々骨だな……」
方舟がアラン達の所に辿り着く頃には、魔獣の群れの掃討は粗方済んでいた。
順調にアラン達を乗船させることが出来、拠点に向かって進む方舟の中で、アラン達と今までの状況交換をする。
「そうか、結局最後にロズはナイトメアと刃を交えてしまったか」
『ああ、直接見たわけではないが状況的に間違いないだろうな。 あの場でナイトメアの腕をぶった切ることが出来たのはロズだけだ』
喜ばしい内容であるはずなのに、その報告を聞いた奴らの顔色が心なしか一瞬陰ったように見えた。
しかしすぐに何事もなかったかのように会話を再開させる。
「それにしても想像以上だな、方舟という奴は。 あの統率個体を一瞬で倒してしまうなんて」
『狙撃についてはリリに言ってやってくれ。 ナイトメアに実際に攻撃したのはあいつだ』
話がリリの事に移った時、丁度よく話題の人物が近づいてきた。
「アラン君じゃん、久しぶり! 数日かぶりだけど、何とかなっているようだね」
「お互いにな、リリ」
笑いながら、お互いの拳をコツンと当てる。
「時にリリ、お前がナイトメアを仕留めたと聞いたのだが?」
「そうそう。 凄いんだよ、ここの武器。 僕の攻撃は甲板からの一射だけ、でもそれに呼応するように弩が船の側面に飛び出てきて矢の雨を降らしたんだ!」
「それは凄まじいな。 つまり少人数でもこの船は真価を発揮できる訳だ」
リリの発言にアランは思わず息をのむ。
『方舟については、この部屋の中央にある球体に触れると確認できる。 少しばかり驚くことになるだろうがな』
リリと共にニヤニヤと笑うオレを怪訝そうに見やると、アランは球体の方に向かって行った。
その後、球体から映し出された方舟の立体映像にアランのみならず、たまたま近くに立っていた捜索隊の隊長であるエルも腰を抜かしそうになるのだった。
「捜索隊、よく方舟を持ち帰ってきてくれたな。 これで何とか計画を最初のものに戻せる」
拠点に辿り着いた俺達は、オーグを始めとする後方支援を行っていた面々からの喝采で迎えられた。
「これより物資の搬入を始めろ。 捜索隊と守備隊も続けてで悪いが物資を運び込んでくれ、出来るだけ多くの物を積み込みたいからな。 エル、アラン、お前らはちょっとこっちに来い」
彼らと別れ、物資の搬入を始める前に辺りを見回す。 やはりロズはまだ帰って無い様だ。
「ロズをナイトメアの元に行かせたのはお前だな?」
方舟から拠点の中の一室に移動し、アランが開口一番に三人の疑問をぶつける。 その声色からは何も窺えない。
「そうだ、守備隊を行かせてから少ししてな」
部屋の中が三人になったことを確認してそう言い放つ。
「なぜだ? モアの考えはお前にも共有されているだろう!」
オーグに迫ろうとするアランの肩にエルが手を置く。
「落ち着け、アラン。 オーグも早く言え。 時間がないと言ったのはお前だ、説明の用意はあるんだろう?」
「いうなればロズの役割は決死隊の保険だ。 だからしかるべき場所に配置した、ナイトメアを拠点に近づける訳にはいかないからな」
「……ロズはナイトメアに剣を振るってしまったぞ……」
「自ら手に掛ける事にはならなかったんだろう? 良かったじゃないか」
「それに……」 少し声色が落ちる。
「拠点に辿り着いたジジイ共は一命をとりとめた。 ロズが動かなきゃ被害は一人に止まらなかっただろうぜ。 俺もロズも感謝こそされても糾弾されるいわれはないだろ。 ……お前もなんか文句あるか? エル」
「モアがロズにその役割を任せたのなら、俺から言う事はない」
オーグの意見に反論が出来ない所に、エルがキッパリと異議なしを言い切ったことで、アランは何も言えなくなる。
「ついでだから言っといてやるぜ、アラン。 俺はこの戦い、長の一人として何よりも生存者数に重きを置いている。 だからこの戦いの後の未来にロズが地獄を見ることになるとしても、命じた俺に絶望が襲い掛かるとしても、そんなことは関係ない。 別に俺の考えが絶対的正義って主張する訳じゃない。 だが俺から見ればお前の考えはお優しいく聞こえるが、それはただの身内贔屓にすぎないぜ」
若くても村長という任を負っていたオーグの言葉に、アランは自分の言葉が羽のように軽く感じた。
「言いたいことが終わったんだったらお前らも搬入を手伝いに行け。 アラン、悪いが今はお前に熟考を許している暇はねえ」
アランが退出し、エルも扉の前に立つ。
「なにしてんだ、早く行けよ」
オーグの問いに振り替えることなく答える。
「思ったのだが、ロズを行かしたのは師匠であるモアへの身内贔屓なのでは?」
「うっせ。 アランには言うなよ、恰好がつかねえ」
オーグがエルを軽くどつこうと左腕を突き出す。
椅子が、机が、二人の身体が宙に放られる。
バキバキバキバキ!!!
鼓膜を突き破る爆音が到来したのは、二人が膝から地面に着地した直後の事だった。
感じたことのないほどの地震と世界が終わるかのような破壊音が響き渡る。
その振動は何にも立っていることを許さず、二人は机などの家具と共に地面を転げまわる。
揺れが弱まり最初にエル、続いてオーグが部屋から飛び出す。
エルは息をのむ。 南の大地で尋常ではない巨体が隆起してきて来る存在に。
オーグは絶句する。 彼のすぐ隣、魔獣の卵がちょうど地面へ到達した瞬間に。