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ゲッテルデメルング  作者: R&Y
一章
60/77

第五十九話 リリのケジメ

久しぶりの投稿になります。

諸事情で投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

これからも投稿を続けていくのでよろしくお願いします!

 柔らかな風、暖かな木漏れ日、そしてゆったりと上下する彼女にとってはなじみ深い揺れによってリリの意識は覚醒した。


「えっ、ここはっ?! うぁ!」


 飛び起きようとしたことにより、自分が乗っていた物から滑り落ち尻餅をついた。


「いたたたた、あれ? グラニ。 僕を助けてくれたのかな、ありがとね?」


 リリは自分を運んでいたのがグラニだと分かると、お礼を言いながら頭を撫でる。

 

 グラニもその手を受け入れる。


 一息ついた後、今の状況の整理をする。


(統率個体カリギュラとの激戦の末灰塵と化した地にて大群の魔獣が誕生、脱出を試みるも地割れに巻き込まれ意識を失った。 そして気が付くと森の中、灰や地割れの痕跡もなくそもそも空気が違う。 此処が僕たちの目的地としていた『神の庭』なのかも僕にはわからないしなあ……)


 「君はシド君、君のご主人様が今どこにいるかわかるかい?」


 この場所に対して自分よりは詳しいであろうグラニに、シドの居場所を問う。


 しかしグラニはブルルルと小さく嘶くだけだった。


 その返事を否定と取るとリリは立ち上がる。


「乗ってもいい?」との言葉にフンッ、と急かすようにグラニは鼻を鳴らす。


 リリが跨ると一直線に歩みを進め始める。


 数分間の時が過ぎた頃、森の空気が変わる。


 土に灰が混ざり始め、血の香りが立ち込める。


(これは魔獣の血の匂いのようだね。 ならグラニが私を連れていこうとしているのは…………)


 開けた場所に出る。


 まず真っ先に視認したのは巨大な建造物。


 中くらいの村二つ分にも匹敵そうな面積、木々を優に超える高さ。


(これがモアさんが言っていた方舟!? こんなものが動くというのなら確かに魔獣の王を……いや! 『神殺し』だって……)


 方舟の巨大さに圧倒されるリリだが、視線を下げていくとここまでの道行きでの予兆の正体が転がっていた。


 草原の上に積もった黒く湿った灰、その上に転がる無数の魔獣の死体、そして今最後の魔獣を踏みつぶした馬の魔獣。


 ここが地割れによるモノの落下地点だった。


(どうやら此処にシド君はいないみたいだ。 ひとまずは良かったかのかな)


 それを最後にリリは思考の中からシドを除外する。


 目の前の馬の魔獣、自分が騎乗しているグラニ、自分が今持っている武器である弓矢と短剣、それ以外の全てを思考から排除する。


 本当はここまで到達したリリに、この魔獣と相対する必要はない。


 彼女の騎乗能力があれば、馬の魔獣を無視し方舟に到達できるだろう。


 さらにこの魔獣はその辺の魔獣とは違う、統率個体ではないが一人で立ち向かうべき相手ではない。


(そんな事はわかっているんだ……でも)


 リリには責任がある。


 彼女の出身地である良馬の村、そこの調教師には自らの馬を殺す責任がある。


 人を著しく傷つけた馬、引き取り手が現れないまま老いてしまった馬、その責任を持つ。


 リリは静かに弓をつがえる。


「グゥ……オオアアアア!!」


 吼える魔獣。その真名はグルファクシ。リリの愛馬である。


「……いくよ。グル」


 魔獣と化し、かつてよりも尚強力となった突進。


 灰と土を巻き上げながらリリに迫る。


 その状況を前にしてもリリは、常人には引けぬ弓を引き絞るのみ。


 既にリリの目には巻き上がる灰も土も、昏き空も映ってはいない。


 唯、その目が映すのは愛馬グルファクシの脳天のみである。


 魔獣と化したグルファクシは一瞬の内にリリから大人三人程の距離まで迫っていた。


 もし、射貫けたとしてもリリにも危険が晒される距離である。


 それでも、リリがグルファクシを引き付けたのはリリにとっての必中にして必殺の間合いであるから。


 苦しませずに一撃で愛馬を射抜く。最高の距離。


 この一矢に全てを懸ける。


「じゃあね。グル」


 空を穿つ強烈な音が放たれた矢から発せられる。


 矢は一寸の狂いもなくグルファクシの脳天を貫く。


「グゥギィアアアア!!!!!!」


 脳天を穿たれたグルファクシは悲痛な叫びをあげながらリリの頬を掠めながらを通り過ぎ、倒れた。


「……グル。なんで……」


 リリの矢を受けて、右側によろけたグルファクシの動きは明らかに不自然にリリの目には映った。


「グル、なんで避けたの? なんで、なんで……」


 例え、偶然だとしても長い間、共に過ごしたリリにはそうとしか見れなかった。


 リリは倒れ、朽ち落ちていくグルファクシに駆け寄る。


 グルファクシの肉体は急激な魔獣化の影響で生命活動の停止後は急速に腐敗し朽ちていた。


 朽ちていくグルファクシの上体をリリが抱えると、ふとグルファクシの光を失った目がリリと合う。


「グル、僕は……絶対に君のことを忘れない。忘れちゃ……だめだよね」


 グルファクシはリリの腕の中でぼろぼろと崩れ落ちていった。








 夢をみた。


 何よりも、誰よりも尊く気高くあった(いもうと)がいる。


 届かない。


 自分がのばした手の、さらにさらに先にいる。


 何故だ。


 次の瞬間、景色は変わる。


 光が煌めく。


 誰だ。


 いや、忘れるはずもない。


 俺を命を賭して守ってくれた者達を蹂躙した(えいゆう)が立っている。


 届かない。


 もっと、もっと手を伸ばす。


 しかし、その先に立っている。


 もっとだ。もっと、手を伸ばせ。


 俺は無我夢中に迫ろうとする。


 腰にさげていた剣を抜く。


 もっと……もっと俺に力を……!


 抜き放った剣が何かにぶつかる。


「―――――した?」


 衝撃と共に実感のある声が響く。


 朦朧としてた意識が徐々にはっきりとしてくる。


「どうした? いきなり剣を振ってきて」


 そこにはかつて見た男が立っていた。


「ッツ。すまない……」


 はっきりした視界に映るのはかつて見た大樹と、前見た時にはなかった何かの残骸が山の様に積み重なっていた。


 大樹を中心として、山になった残骸がそれを囲むようにできた不可思議な庭園。


「これが……ここが、神の庭なのか?」


 俺の言葉に男、ジグムンドは少し驚いた様な反応をしたと思えば納得した様に頷いた。


「そうだ、邪竜を討つ為の神器『方舟』が眠る地。神の庭ウルズだ」


 ジグムンドは一息、吐いて言葉を続ける。


「君たちの目的は分かっている。ニーズヘッグを倒すために方舟を探しに来たんだろう」


「ああ……。その通りだ。全てお見通しの様だな」


 ジグムンドは視線を巨大な船の残骸に向ける。


「しかし、かつてニーズヘッグとの戦争に使われた方舟は今は残骸と化してしまっている」


 ジグムンドは一呼吸を置き、言葉を続ける。


「そして、これを復旧するためには神の因子を必要とする……」


 その瞬間、ジグムンドの雰囲気が一変する。


「……君の内なる神性を解放しなければならない。その覚悟が、君にあるか?」


 余りの気迫に一瞬気圧される。


「どういうことだ……?」


 俺の言葉を聞いてジグムンドは頭を振る。


「やはり、分かっていないのか。内なる神性を解放するということは人としての生を捨てなければならない」


 そこからジグムンドが語ったのは、神性を解放するということはその源流である神に強く影響を受けてしまうことに繋がるということ。そして、強すぎる神性は宿主を食い荒らし呑み込まれてしまうということ。神に魅入られ、加護を受けた者は一時の活躍と最悪な破滅を約束されるというものだった。


 かつての英雄が語る、その話は一言一言に彼の生き様が乗ったかのように重く、心にのしかかる。


「これは辺境の為という以前に君の生き方が懸かった決断だ。……どうする?」


 ジグムンドの両眼が俺を射抜く。余りの眼力に背中を冷や汗が伝う。


「……その定めは変えられないのか?」


 俺は絞り出す様に問う。


「ああ。定めは変えられない。力を得るというのはそういうことだ」


 俺の言葉は両断される。


 ジグムンドの圧に押され、一歩後退する。


 その刹那、脳裏に過る。妹の姿が。


 例え、破滅が待っていようとも……。


 一歩前に出る。


「……ふむ」


 もし、並び立てるのならば……。


 もう一歩。


 次に脳裏に過るのはアルハンにアルダ、ワイズ、そして命を燃やした辺境の戦士たち。


 力を手に入れ、救えるものがあるのなら……!


「俺は……俺は、戦う。その先に破滅が待っていようとも。もう、逃げはしない!」


 俺の為に戦い、散っていった者を思い浮かべ拳を握る。


「……そうか」


 ジグムンドはそう言い、上を見る。


 俺もつられて見上げる。


「蒼天……?」


 見上げた空は、先ほどまで見ていた黄昏の空とは大きく違っていた。


「ああ、この庭はゲッテルデメルングのずっと―――ずっと昔からその姿を変えていない唯一つの………」


 蒼く蒼く澄んだ空が広がる。


 この時間だけは俺を優しく包んでいた。


 


 


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