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ゲッテルデメルング  作者: R&Y
一章
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第五十三話 戦士の在り方

 赤く血走る目にはもはやレーネの村長であるアルハンの面影は見えない。


「……魔獣、なのか……?」


 飛び退いたロズの思考はあまりのことにまるで要領を得ない。


 魔獣(アルハン)は無理に増殖する棘により表皮は破壊と再生を繰り返しており、常軌を逸していた。


「アルハンさん! 私です! ロズです!」


「グ……アアアアアァァァァ!」


 ロズの必死の問いかけも魔獣には届いている様には見えない。


 魔獣は次々と腕をロズの近くに叩きつける。


 混乱する思考を切り捨て、ロズはその攻撃を避け続ける。


 既に技術を失っている魔獣の攻撃をロズが避け続けるが、ロズは反撃に出られずにいた。


 徐々に強まる魔獣からの殺気にロズは剣を握りなおす。


「けど……斬れるはずがない……出来るわけがない……!」


 逡巡するロズの頬を棘に覆われた右腕が掠める。


 ロズの腕から鮮血が飛び散る。


 ロズの腕から飛び散った血は魔獣の顔にかかる。


 その瞬間、魔獣の動きが止まる……その隙を見てロズが距離をとる。


「動きが止まった……? まさか……。いや、楽観的な予測はできない……」


 動きが止まった魔獣にロズは理性があるのではと考えるが楽観的な予想は出来ないと頭を振る。


 理性による葛藤と本能による魔獣に対する敵意の間でロズは決断をする。


「悩んでいてもこのままではじり貧だ……とにかく、今は、無力化するっ!」


 そう考えてからのロズの行動は速かった。


 一歩下がり、剣を構える。さらに半歩下がり、体勢を低くする。


 直後、飛びかかる魔獣を横に飛んで回避する。


 片手を着くが無理やり態勢を整え、剣を振り魔獣の外皮を薄く裂く。


 しかし、外皮を薄く裂いた程度では魔獣は止まらない。


「流石に浅すぎたか!」


 ロズは魔獣の攻撃の前に後ろに跳んで距離をとる。


 少し距離がある両者は暫し睨み合う。いや、見方によっては魔獣は耐えている様にも見えるかもしれない。


 一瞬の静寂を先に破ったのはロズだった。


 持前の俊敏さを活かし、一気に距離を詰める。


 そのまま懐に潜り込み、強烈な左切り上げを放つ。


 僅かに刃こぼれしている剣だが、ロズの技量の高さを示す様に深々と魔獣の脇腹に斬り込まれる。


 だが、ロズには違和感があった。


 自身の力以上に深く食い込んだ剣。ふとロズは上を見上げる。顔を上げた瞬間、その顔が濡れる。


 ――――――魔獣(アルハン)が泣いている?――――――


 ―――――――なんで?―――――――――


 ロズがもう一度、魔獣の顔を見直そうとした、その時。


 凶悪でゴツゴツとした異形の手がロズを吹き飛ばす。


 ロズの身体は灰まみれの大地に強く打ち付けられる。


「ぐはぁっ! なんで……アルハンさん……?」


 ロズは次の言葉を紡ぐ猶予はなかった。


 魔獣は大きく跳びあがる。その軌道は一直線にロズに向かってくる。


 魔獣の突進をロズは間一髪で回避する。


 だが、魔獣は人には不可能な曲芸じみた移動でロズに追撃を仕掛ける。


 それに対してのロズの対処はもはや躊躇や遠慮など持ち合わせてはいない。いや、持ち合わす余裕などなかったのだろう。


 魔獣の攻撃を躱し、受けて、隙を見て剣を叩きつける。


 その剣は、徐々に破壊と再生の速度が上がって脆くなった魔獣の外皮を容易く斬り裂く。


 その度に赤なのか黒なのか青なのか定かではない液体が飛び散る。


 その液体がロズにかかる毎にロズには外傷によるものではない痛みが―――激痛が走る。


 既にボロボロとなった魔獣は尚も単調な動きでロズに襲い掛かる。


 予測のできる動き、相手が只の魔獣なら容易に対処できる攻撃に対し、ロズは持ちうる全ての技量を使い全力で殺しにいかねばならなかった。


 何故ならアルハン(魔獣)はいくら傷を負っても向かってくる。腕を斬り落とされても、腹を裂かれようとも……


 それが、唯々ロズには苦しかった。


 ――――――なんで止まってくれない?


 ――――――なんでそう迄して逝きたいの?


 この時点でロズは薄々気づいていたのかもしれない。アルハン(魔獣)に理性が残っていることに。この行動が【最期の思いやり】だということに。


 永遠とも、一瞬とも思える激闘の末に満身創痍のアルハン(魔獣)が膝から崩れ落ちる。


「はぁ……はぁ」


 アルハン(魔獣)を討ち倒したロズに言葉はない。


 ロズの緊張の糸は切れていた、余りの消耗故に。


 だから、ロズは油断していた。


 視界の端で轟轟と燃え始めたカリギュラを……。


 一瞬の見落としの直ぐ後、カリギュラの凡そこの世の物とは思えない咆哮が響き渡る。


『ががggggggぅあああああああああああらrrrmぎっぎいいいい!!!!!』

 

 横たわっていたカリギュラを纏っていた真紅の炎は集束して白くなる。


 真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白に真っ白真っ白に…………………………………その炎は周囲を塗りつぶしていく。


 ありとあらゆる物体を消失させていく。


 千年もの間溜められていた憎悪は周囲を飲み込んで塗りつぶし、消失させる。


 その圧倒的な力にロズは何もできないで呆然とするしかない。


「こんな力が……ありえるとは……な。シド、アラン……みんな―――――すまない」


 そしてロズは目をつむる。


(アラン、アルハンさんのこと本当にすまない……)


 続けてロズは心の中でアランにさらに謝る。


『ツカマㇾエ! ロズー!』


 白い炎が迫る中、ロズは何かに抱きかかえられる。


 さらに、声の主は問いかける。


『リーレ、、リイㇾハ、ドコダ?』


 しゃがれ、擦れ余りにも汚い、でもとても力強い声が。


「アルハン……さん? あ、あ! リーレはあっちです、あそこです!」


 ロズが指さした方にアルハン(魔獣)は跳ぶ。


 風圧ですらアルハン(魔獣)の外皮をボロボロと削っていく。


 余りに痛々しい姿。


 その姿にこれ以上ロズはかける言葉を見つけられずにいた。


 満身創痍の身体でなんとか、リーレを抱えたアルハン(魔獣)は直ぐそこまで白い炎が迫っていることを確認すると、二人を抱えたまま丸くなる。


 二人を炎から守る為に……。


「何故! アルハンさん! なんで……!?」


 ロズは炎に包まれる瞬間、アルハンに問う。


 視界が白く白く包まれる中、ロズは言葉を聞く。魔獣ではなく人の、レーネの村長の声を……





――――――――すまない、ロズ。辛い役目を押し付けてしまったな。本当にすまなかった。けれど、お主のおかげで儂は人として死ねる。醜い魔獣として仲間を襲わずに死ねる。本当に感謝しておる。辛いとは思うが、生きてくれ。そして願わくば憎しみを乗り越えて、乗り越えて生きてくれ。それがお主の父の友である儂の願いだ。        強く   強く 優しく  生きろ ロズ――――――――


 




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