表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲッテルデメルング  作者: R&Y
一章
52/77

第五十一話 誇り高き戦士

 人の子とは思えない抵抗を見せたリーレに気を取られていたカリギュラは、アルダとワイズの登場にひとまずに距離をとる。


『残りの二匹か……! 虚を突いたつもりだろうが、その程度で状況を打開できたと思わないことだな!』


 カリギュラは腕に纏わせた炎を弓を放ったアルダに飛ばす。


 轟轟と燃え盛る炎弾は周囲の木々を燃やしながら接近する。


「ぬう! 相変わらず統率個体の魔獣は馬鹿げた力を持っておるな!」


 アルダは咄嗟に地面を蹴って範囲外に逃れる。


『これで終わると思うなよ!  (カノ)!! 』


 カリギュラは次々と炎弾を放つ。


「ふん! そのような力任せの攻撃なぞ当たるものか!!」


 アルダは右へ左へ身体を動かし、炎弾を躱す。


(ワイズは策があると言っておった……その時間は儂が稼ぐ! だから頼んだぞ、ワイズ……)


 ワイズの策を頼りにアルダはカリギュラの攻撃をひたすらに凌ぎ続ける。



 

 アルダがカリギュラの足止めを行っている間、ワイズはリーレの手当てを行っていた。


「損傷が激しいな、通常の治療では難しい……か。ならば……」


 ワイズはリーレの傷口に両手を当て、精神を集中させる。


「随分と久しぶりなものだ。カリギュラ戦が迫る中、無駄遣いは出来ないが、今が使いどころだろうな」


 息を大きく吸い込み、ワイズは【奇跡の文字(ルーン)】を綴る。


「誇り高き戦士に癒しを与えよ――――(ベルカナ)!!」

              

 その瞬間、青き光がリーレを包み込む。


「ぐっ……ぬぅ!」


 みるみる再生していくリーレの身体とは逆に、ワイズの額には脂汗と血管が浮かび上がり、息も荒くなっていく。


 その、人の領分を超えた力はワイズに大きな負担をかける。


「ふぅ……もう、いいだろう」


 力を使ったワイズはへたり込む。


「暫くすれば起きるだろう。なに、カリギュラのことは儂らに任せておけ」


 そう言って、ワイズはリーレの髪を愛おしそうに撫でる。だが、その表情には決意がにじんでいた。


(ルーンは使えても、後一回だろうな……後、一回で勝負を決めなければ……!)





 アルダとカリギュラの命懸けの鬼ごっこのそばで黒い何かがモゾモゾと動く。


 黒い塊はうめき声をあげながら、カリギュラによって作られた灰の大地に這い上がる。


「ぅ……うう……! アアアアアアア!!」


 絶叫をあげながら、支えになる何かを手探りで探し始める。


 暫く、周囲を這いずりまわっている。


 ドオオオオオオオン!!


 カリギュラの放った火球が近くに着弾して、黒い塊は吹き飛び地面に叩きつけられる。


「グっ……! ぁあ!」


 吹き飛び、呻き声をあげる黒い塊だが、衝撃で開かれた眼は確かに、討つべき相手を見つけた戦士の目をしていた。


 



「リーレを頼むぞ」


 未だ、ショックから立ち直れずにいるロズにリーレを預け、ワイズはアルダの下へ急ぐ。


 周囲は正に、この世の物とは思えない世界が広がっている。木々は煌々と燃え盛り、地面は灰と炭に覆われている。


「アルダ……まだ生きておるのか……?」


 不安に駆られたワイズは走り出す。


 だが、向こうで轟音が響き渡り、ワイズはアルダの生存を確信する。


「なんだ、生きておったか……。まあ、安心できることではないがな」


 轟音の方に歩みを進める中、ワイズの目に異形なものが映る。


 黒い塊、一見芋虫の様にも見える、異形なモノ。


「なんだ、これは……? これもカリギュラの手下か? いや……この大きさは……!」


 この場に居合わせた人間、ワイズの脳裏に過るのは若くして村長になり、アルダの支えを受けながら様々な難事を対処してきた――――


「アルハン……なのか?」


 疑問が確信に変わるのに時間は要さなかった。


 この様な姿をしたアルハンを見た、ワイズは考えより行動が先に起こっていた。


「誇り高き戦士に癒しを与えよ――――(ベルカナ)!!」


 先程のリーレと同じようにアルハンの身体を青き光が包み込む。


「ぐっ……! やはり、二度目はきついか……」


 ルーンの負荷で吐血しながらも、アルハンの身体を直していく。


「うう……ああああああああああ!!!」


 アルハンも身体を強制的に再生されていく苦痛で絶叫をあげる。しかし、みるみる身体を覆っていた炭がはがれ本来の姿を取り戻していく。


「ん……ああ、ワイズか……?」


 再生が終わり、朦朧とした状態でアルハンは目の前にいるワイズに話しかける。


「ふぅ……なんとか、二度目も使えたか」


 へたり込みながら、なんとか言葉を紡ぐ。


「そうだ……! リーレは? リーレは無事か?」


 アルハンの脳裏過るのは共にカリギュラと戦った、リーレの存在である。


「あ、ああ。リーレはルーンで治療した。時期に目を覚ますだろう」


「レナを守れなかった上にリーレまで守れなかったのならギャラルに顔向けできんからな。いや、ギャラルは…………」


 アルハンは中央の村での戦いを思い出し、口をつぐんだ。


「いや、待て。ワイズ、お主ルーンを二度使ったといったな?」


 何かを気づいた様にアルハンはワイズに確認する。


「ああ、そうだ……」


 アルハンの言わんとすることを察しワイズは少し表情を曇らせる。


「ルーンを使い切った上で、カリギュラを倒す方策は何かあるのか?」


 アルハンの言葉にワイズは押し黙る。


 暫しの沈黙の中、アルハンは向こうで必死に時間を稼いでいる師であり、友であるアルダのことを想う。


(なんとか、せねばな……)


 そして、アルハンはアルダに禁忌を提案をする。


「ワイズ……お主、命を捨てても辺境を守る覚悟はあるか?」


「っ! ……当然だ」


 アルハンの試した様な口ぶりに、言葉以上の意味を察したワイズはあえて淡々と答える。


「ならば、ワイズ。儂にルーンを刻んでくれ」


 一瞬の間をおいてアルハンはさらに言葉を繋げる


「その――――命のすべてを使って」






 時間を稼いでいた、アルダの身にも限界が迫っていた。


「はぁ、はぁ……おのれ、獣め……」


 両者の命懸けの鬼ごっこは時間が経てば経つほど、障害物や身を隠す場所が減るアルダに厳しくなっていく。


 既に老体に鞭を打ち、戦っているアルダは疲労の極致。一方カリギュラは未だ疲れの色を見せない。


「まだか……? ワイズ……」


 迫るカリギュラの突進を躱そうと跳ぼうとするアルダだが、限界の迫った身体がよろめいてしまう。


「なっ……! ここまで……なのか?」


 絶体絶命の危機にアルダは目を閉じる。


 直後、アルダは突き飛ばされる。


「なにが……起こった?」


 考える間もなく、アルダは灰の大地に身体を打ち付ける。


「無事か! アルダ!」


 聞きなれた声を聴きながら、アルダの意識は落ちていく。


(アルハン……? 間に合ったのか……)





 疲労困憊の獲物を仕留めるはずの一撃が空を切った。


 そして、カリギュラの視界には先ほどの獲物とは違うが立っていることにカリギュラは困惑する。


『なんだ、貴様は?』


 だが、その人間を認識したカリギュラは驚愕する。


『貴様は我が殺した人間だろう! 何故そこに立っている!!』


「それは、決まっておるだろう! カリギュラ! 貴様を討つためよ!!」


 カリギュラの前に立つ、アルハンは先程までワイズが羽織っていたローブを纏っていた。


『まあ、良いわ! ここで貴様を灰燼に帰して、その上で先ほどの奴も殺してやろう!』


 そう吠えると、カリギュラは全身から炎をまき散らしながらアルハンに迫る。


 だが、その突進をアルハンは紙一重でかわし、カリギュラの足に一撃を加える。


『何!? 運のいいやつめ! だが、次はどうだ! ᚲ  ᚦ(カノ ソーン)!!!』


 腕に巨大な炎球が纏う。そのまま、カリギュラは飛び上がりアルハンの位置に炎球を叩きつける。


 爆炎と共に周囲の灰が巻き上がる。到底、人間が生き残れないであろう空間が形成される。


「甘いぞ、そんなモノでは儂は殺せんぞ!」


 そう言い放ち、アルハンはカリギュラの胸元の傷に一閃を放つ。


 赤黒い血があたりを覆う。


『なぜ、今の一撃を受けて耐えている……。なぜ! 貴様は! そこに立っているのだ!!』


 カリギュラは傷を受けた痛みよりも、自らの一撃を受けて立っていることに対する驚愕が上回っていた。


「ふん! わざわざお優しく、教えてやるつもりなぞないわ!」


 さらに、アルハンは次々とカリギュラに剣を叩きつけていく。


 アルハンの剣がカリギュラを抉る度に、カリギュラも反撃をアルハンに加える。


 カリギュラの口から放たれる炎は瞬時に大木を炭に変えるほどの威力を誇る。当然、只の人であるアルハンが受けて耐えられるものではない。


『ありえん……ありえんわ!! 只の人間が……』


 余りに衝撃的な事にカリギュラの動きは鈍っていた。


「注意が散漫になっているぞ! これでも食らうがいい!!」


 一瞬の油断を突かれ、カリギュラの眼前にアルハンは迫っていた。


『いくら奇怪な人間であろうが、我に勝てると思うなよ!!』


 アルハンの不意を突いた一撃であったが、カリギュラの咄嗟の判断によって、巨大な腕にアルハンは吹き飛ばされる。


 カリギュラの爪を喰らったアルハンは腹部から鮮血が吹き出していた。


 しかし、その直後にアルハンの胸部が青く光り始めたと思うとうっすらと何か、文字のようなものが浮かび上がる。


 そして、アルハンの身体は急激に修復されていく。


『馬鹿な……人間風情が……ルーンだと!?』


 自らより格下と思っていた人間が、自らと同等の土俵に上がってきたことにカリギュラは――――――恐怖した。


 かつて、千年前の記憶がフラッシュバックする。


 その恐怖は、目の前の敵を【何としてでも】殺すことに全力を注ぐことをカリギュラに強制した。


 瞬時にカリギュラは跳躍して、目視できるぎりぎりの距離まで距離をとる


「なにを、する気だ……?」


 ルーンの力で修復された、アルハンは立ち上がりカリギュラのいる方に厳しい視線をおくる。


『貴様は母上の覚醒の障壁となる。なればこそ! 今ここで貴様を全力をかけて、滅するのは子である我が使命!』


 直後、大地や木々に宿っていた炎がカリギュラに吸い上げられる。


 爆炎はカリギュラに集中する。


『ルーン使いよ! 貴様に引導を渡すは我が至高の一撃!!』


『 ᚲ ᛈ(カノ ペオース)!!!』


 それは、シドを飲み込み中央の村に直撃した熱線によく似ていた。


 しかし、それよりも対個人に特化していた。


 何故なら、それはかつての熱戦より速く、鋭く、細かったからだ。だが、かつての熱戦より凶悪なのはその場にいれば誰でも感覚でわかるだろう。


「あれは、まずいな!」


 アルハンの全神経はカリギュラの一撃に警鐘を鳴らす。


 距離をとる為に走る。


 だが、カリギュラの一撃はルーンで強化されたアルハンよりも速い。


 範囲から逃れようと横に走る。


 だが、熱戦はそれよりも速い。


(間に合わない!!)


(ワイズに貰ったルーンは二つ。一つは【癒しの力(ベルカナ)】もう一つは【邪悪なる獣の力(ソーン)】。これに頼るしかない!)


「万物の枷を解き放て(ソーン)!!!!」


 アルハンがそう吠えると胸元のルーンが紫色に輝く。


 そして、アルハンの身体に、無数の棘状の何かがはち切れんばかりの力に押し出されるように生える。


「ぐぅ! クソ!」


 己の身体が蝕まれる痛みに耐えながら走る。


 風すらも置いていく速度で走る。


 だが、尚もカリギュラの一撃は速かった。


「近づくだけで、これほどに熱いのか……!」


 迫る強力な熱量にアルハンの心中に絶望がこみ上げてくる。


「駄目だ、弱気になっては、駄目なんじゃ……!」


「ワイズに託された、この命、ここで捨てるわけにはいかん!!」


 しかし、絶望は間近に迫っていた。


「よく言ったわい。お主とワイズには言いたいことは腐るほどあるが……」


「今は――――――――――生きろ」


 突如、アルハンの身体は宙を舞う。


 そして、眼前を熱戦が通り過ぎるまでの一瞬にアルハンが見たのは……見慣れた背中だった。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ