第五十話 カリギュラの真威
更新遅れて申し訳ありません。
作者の体調不良とリアルの忙しさが重なってしまいました……
リーレとロズ、アルハンが湖に戻ると、水辺で座り込みくつろぎながら獲物を待っていたカリギュラと目が合った。
『そのまま逃げていれば多少命を長らえただろうに…………のこのこ舞い戻ってくるとは、その律義さだけは心底感服する』
「カリギュラ…………」
アルハンがロズを支えているリーレの一歩前に立ち剣を構える。
『まあ、戻ってくると分かっていたから待っていてのだがな。 残り六匹、簡単な殺戮だ』
のっそりと立ち上がり犬のように体を震わせると、体内から炎が溢れ出し炎を纏う。
そして一直線にアルハンに突進していく。
「はあああああ!!!」
突進に合わせて構えていた剣を振り下ろす。
しかしその一撃は途中で止まる。
カリギュラが剣に噛み付くことで受け止めていた。
「くっ、器用な真似を…………」
さらに突進は止まらずアルハンを引きずりながらめちゃくちゃに走り回る。
(今手を離したら突進に巻き込まれて…………死ぬ!)
体を大木に叩きつけられ、その威力に木が深く抉られる。
その衝撃で鈍い打撲音と肺の空気に混じって血が口から飛び出る。
『グギャハハハハハ!!! よく耐えたがもう限界だろう! 今楽にしてやろう』
カリギュラがアルハンを空中に放り投げる。
『灰燼と化せ!! ᚲ ᚦ!!!!!』
「う、おおおおおおぉぉぉ!!!!」
避けられないことを悟ったアルハンは剣を投擲する。
『人間はそればかりだな!!! 当たらん!!!!」
「いや……当たった…………」
アルハンの言葉は火球によって音にならなかったが、最後の顔に嫌な予感を感じたカリギュラが振り返る。
そこには先ほどアルハンを叩きつけた大木、抉られた部分に深く突き刺さった剣、そしてその剣に手を掛けカリギュラを睨みつけるリーレの姿があった。
カリギュラが行動を起こす前にリーレが剣を引き抜く。
大木が安定感を失い、カリギュラに向かい倒れる。
『ᚲ ᚦ!!!!!!!!!!!!!』
巨大な火柱がカリギュラを潰した大木を灰に変えてゆく。
やがて大木が崩れカリギュラが起き上が…………れなかった。
見ると右の肘関節に剣が刺さっており、さらに熱で変形していてとても引き抜ける形状ではなかった。
『これは…………木に完全に意識を持っていかれていた時にやられたのか!?』
「醜悪なのに頭は回るのね、化物」
声と同時に後ろの左足に斬撃を受け堪らず飛びのく。
「その足じゃもうあのスピードは出せないでしょう。 もはや勝てない相手ではない。 アルハンが作った千載一遇の好機…………カリギュラ、ここでお前を仕留める!」
『グルアァァァァァ!!! この程度で我と同じ土俵に立ったつもりか! どれほど足搔こうと貴様らには灼熱の死しか待っていないというのに!』
「炎もさっきのでガス欠か、突破できぬほどの熱量ではない!」
カリギュラが纏う炎に突っ込みながら剣を振るう。
『そんなわけがないだろう愚か者が! ᚦᚦᚦᚦᚦᚦ!!!!!!』
リーレの前からカリギュラが消える。
その直後、後ろからの大きな衝撃にリーレは振りかえる。
「何? 姿が…………」
そこにはカリギュラの姿があった。
下半身がぶくぶくと肥大化し、後ろ足で立ち上がる。
上半身が起き上がりあらわになった腹部には大きな傷が深々と残されていた。
『この姿になるのは数千年ぶりか………… この忌々しい傷が我が負の象徴。 だが今その雪辱を、忌まわしき記憶を貴様らの血と絶叫で払拭してくれる!!!」
カリギュラが足にに力を籠める。
先ほどと同じくカリギュラの姿が消える。
「まさか…………上!?」
リーレが上を向く。
カリギュラが左のかぎ爪を向けながら落下してくる。
とっさに回避行動をとるが、振り回されたかぎ爪に腹部を抉られる。
あまりの痛みに膝をつく。
『先ほどの威勢はどうした? 圧倒的な種族の格を理解したのなら血と絶叫をまき散らし死ね!!』
カリギュラの左手が振りかぶられる。
リーレは己の死を感じる。
(私、ここで死ぬのかしら)
(お父様…………いや何故かわかる、こういうのを虫の知らせというのかしら。 きっとお父様はもう生きてはいない)
(中央の村を含む東側の壊滅、わが師ギャラルホルンの末路、村長達の激減いや全滅も時間の問題かもしれない、そして統率個体を凌駕するという魔獣の王、あと私では勝てない魔獣カリギュラ、…………笑えてくるほどの絶望ね)
(いっそこのまま死んでしまう方がましなのではと思えてしまうほどだわ)
ふと泣き崩れる少女と立ち尽くす幼き自分の姿を思い出した。
無意識のうちにカリギュラの一撃を剣でいなしていた。
(そうだ、あの時私は何があってもロズを守ると誓ったんだ)
(それに後三人…………後三人いる。 彼らがここにたどり着くまでは私は生きなければいけない!)
『ほう、まだ足搔くか…………この先は死以上の苦痛だということを理解したと思ったが』
「ええ、そうかもしれない。 でも私は私の七年間を嘘にしないために今ここでただ死ぬわけにはいかない!!」
『はっ、貴様の言っていることは理解できんが………… ᚲ 』
炎がカリギュラの右腕を覆う。
炎の中に見えた右腕が燃え尽き、残った炎が右腕を形作る。
『ならば望み通りの地獄をくれてやる!!』
炎の右腕と左手のかぎ爪がリーレを襲う。
炎の腕を躱し、かぎ爪をいなす。
接近していることによりその脚力を潰すが両腕の猛攻の前にとても攻撃に移れない。
躱し、いなし、躱し、いなし、躱し、いなし、躱し、いなし、躱し、いなし、躱し、いなし、躱し、いなし―――――――――――――――――
戦い続けた七年間で研ぎ澄ました五感で躱し、ギャラルの指南を記憶の底から掘り出しいなす。
カリギュラの動きが若干鈍る。
極限状態にあるリーレはその隙を見逃すことはない。
そして体が自然に渾身の一撃を打ち込む。
打ち込まされた―――――――――――とリーレが気付いたのは渾身を込めた剣が無慈悲に弾かれカリギュラの口角が大きく釣り上がった時だった。
炎の腕に焼かれ、かぎ爪に裂かれる。
焼かれ、裂かれ、焼かれ、裂かれ、焼かれ、裂かれ、焼かれ、裂かれ、焼かれ、裂かれ、焼かれ、裂かれ、焼かれ、裂かれ―――――――――――――
『……………………なぜだ、なぜ死なぬ! 貴様は本当に人間か!?』
先に音を上げたのは圧倒的優勢のはずカリギュラだった。
圧倒的な力で蹂躙されたことも起点を利かし弱きものに迫られたこともあるカリギュラだが、ただ立ち続ける者に恐怖したのは初めてのことだった。
リーレは今にも崩れそうな体で前に踏み出す。
思わず迫るリーレを吹き飛ばす。
『もういい! その体、木っ端微塵にすればもう立ち上がれまい!』
足に力を籠め跳躍する。
カリギュラはリーレから目を放すことができなかった。
「させん!!」
故に迫る矢に気付くことができなかった。
矢は寸分違わずにカリギュラの眼球を射抜く。
『ギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
カリギュラが空中で絶叫を上げているとき、もう一人の男がリーレを抱え退避する。
「リーレ! よく持ちこたえた! もう大丈夫だ、もう大丈夫だぞ!」
「聞こえるか!? ワシとアルダだ! 君が命を懸けて繋いだ物を必ず無駄にはしない!」
アルダとワイズの声はもはやリーレには届かない。
「あ……………………あ…………… 」
「わかった、もう喋るな! あとは任せなさい!」
ワイズの腕の中で炭となった体がついに崩れ始める。
「ロ…………………………………………ズ…………――――――――――――」
体が崩れる中守ると誓った彼女の名が口から漏れた。