第四十九話 彼らの決戦
炎を纏うカリギュラの接近に気づいた、村長たちは三々五々に距離をとる。
「あれが、ヴァルハラの連中が言っていたカリギュラか! まともに当たったらやられるぞ!」
ワイズが声をからしながら仲間たちに警戒を呼び掛ける。
「わかっとるわ! だがどうするつもりじゃ。このまま散り散りになっては各個撃破されるぞ!」
ワイズと一緒の方向に逃げてきた、アルダが焦りを滲ませながらワイズに問う。
「今はとにかく逃げろ! 撒いたと思ったらこの湖に戻ってくればいい!」
ワイズの言うことが聞こえたのか、村長たちは傷だらけの身体を目一杯動かし、カリギュラから逃げる。
『ふむ。必死で逃げようとも生きられる時間は僅かだろうに……』
疼く一つ目で、下僕たる白き魔獣達を睥睨する。
『愚かな人間共を血祭りにあげてこい! 一匹も逃がすな!』
主であるカリギュラの一声で、白き魔獣達は散り散りに逃げた村長たちを追いかけ始める。
「ギャァアアアハハハハハ!」
夕陽に赤く照らされる丘陵地帯で決死の逃走が始まった。
それから、一時間ほど経ちロズとリーレは白き魔獣達に追い詰められていた。
精神的ショックから立ち直れないロズを庇いながら戦うリーレは既に傷だらけだった。
「ロズ、これ以上は持ちません。あなただけでも西に逃げて下さい」
「いやだ……。私も戦える!」
明らかに精細を欠く足取りのロズは食って掛かる。
その時、窪みに潜んでいた白き魔獣がロズに飛びかかる。
咄嗟の判断でリーレが剣を当て、軌道をそらす。
「今のあなたははっきり言って足手まといです。早く!」
直ぐに、リーレは身体を翻し、白き魔獣に追撃を仕掛ける。
「グゥウウウウアアアアアアアア」
危機を悟った白き魔獣は叫び声をあげ、仲間を呼ぶ。
「くっ! 一歩遅かったか」
その一瞬後、叫ぶ白き魔獣の額の目を的確に穿ち絶命させる。
「グルゥウウ」
次々とリーレとロズの周りを囲むように白き魔獣達が集まってきていた。
それを見て、リーレはため息を吐く。
「ロズ、こうなったら覚悟を決めてください。ここが正念場ですよ」
リーレの切迫した言葉にロズは黙って頷く。
ロズとリーレが白き魔獣達と対峙している時、突如として轟音が響き渡る。
土煙とバキバキという音が周囲を覆う。
「ロズ! リーレ! こっちに来い!」
土煙が僅かに晴れたところに右側から声が聞こえる。
「わ、わかりました!」
そう言って、リーレはロズの手を引いて声の主の方に走る。
周囲にいた白き魔獣達は土煙と轟音で混乱しているようで、散り散りに駆けていった。
「よし、なんとかなったわい。二人とも動けるか?」
声の主、アルハンが一息ついたばかりのロズとリーレに問いかける。
「ちょっと待ってください。それより、今の何なんですか?」
少し落ち着いたリーレがアルハンに逆に問う。
リーレの質問に、アルハンはニヤリと笑うと剣を撫でる。
「この剣でそこの木を叩き切ったんじゃよ。いやあ……意外とやる気になれば何とかなるもんじゃのう」
アルハンの言葉にリーレはため息を吐く。
「とりあえず、ここから距離をとりましょうか。ロズ、動けますか?」
ロズはリーレの問いかけに首肯して、立ち上がる。
「移動するのは当然としても、儂も他の奴らの居場所を把握している訳ではないからのう……」
アルハンは頭を振りながらそう言う。
「じゃが、しかし別れ際にワイズが湖で集合と言っていたな……とりあえず、湖に向かうとしよう」
リーレとロズはアルハンと共に頷き湖へと駆け足で向かっていく。
共に逃れて来たレイジとモジャは意見の食い違いで揉めていた。
「あああ! もう何でわからないんや! レイジ君は……今なら西に逃げられるんのになあ!」
モジャはレイジに詰め寄り、肩を揺らす。
「何度言っても、私の意見は変わりませんよ。モジャさん。娘を見捨てて逃げるわけにはいきません」
二人の付近に白き魔獣達はおらず、先ほどの湖からかなり西の方に逃れていた。
「どうしても、逃げたいなら一人でお願いしますよ。モジャさん」
「はあ……ワイ等が死んだら誰が助けを呼びに行けるんかって話なのに……レイジ君は頑固やしな」
二人が揉めてる中、東からゆっくりと巨大な気配が近づいてくる。
「なんや……? まさか……!」
その瞬間、二人の横を火球が通過する。
「ッチ! カリギュラか!」
二人は同時に武器を構える。
『ふむ。運がいいな……だが、言っただろう? 一匹も逃がさんとな!』
レイジは剣を、モジャは棍棒を構えカリギュラに接近する。
「もう、こうなったらやるしかないわ! 死ねや! カリギュラアアアア!」
モジャは大声をあげ自らを奮い立たせながら、カリギュラに飛びかかる。
カリギュラはそれに合わせて爪を振り下ろす。
「危ない! モジャさん!」
レイジは咄嗟にモジャを身体で押しのけ、剣を爪に合わせることで直撃を避けるが、レイジは大きく吹き飛ばされる。
「大丈夫か! レイジ君!」
モジャはレイジが吹き飛ばされた法に体を向け、安否を問う。
『人間風情がよそ見とはな!』
カリギュラは尾をモジャに叩きつける。
モジャは棍棒を振るい、カリギュラの尾に応戦する。
身の丈程もある棍棒とそれ以上に巨大な尾がぶつかる。衝突は一瞬で、直ぐにモジャは地面に激しく叩きつけられる。
「ぐっ、あああああ!」
余りの衝撃に、モジャが叩きつけられた地面に亀裂が走る。
「モジャさん!」
先程、吹き飛ばされたレイジが起き上がって見たのは、モジャが叩きつけられた地面に赤い血潮が飛び散っている所だった。
『卑小なる人間が我に勝てるとでも思っていたのか?』
尾に張り付いた、血まみれのモジャを払い落としてカリギュラはゆっくりとレイジに近づいてくる。
『 ᚲ ᚦ 』
最初と同じような火球がカリギュラの口元に集まっていく。
『終わりだ……死ね!!』
「ぐっ! ……くそ」
レイジの身体は先ほどの衝撃で上手く動かない。
「まっ……まてや……」
カリギュラの口元から火球が発せられようとする時にカリギュラの後方から……掠れて小さい声だが、強い芯を感じる言葉が発せられる。
「まてっちゅうねん……聞こえへん、のか……阿保がっ……」
その言葉にカリギュラは振り返る。
『なんだ、生きていたのか。ならば、先に始末してやろう!!』
カリギュラは口元の火球を放とうとしたが、咄嗟に撃つのをやめて回避行動を行う。
『小賢しい! 火球に棍棒を投擲して、口元で暴発させようとはな!』
先程、カリギュラが居たところを棍棒が通過して、レイジの手元に落ちる。
(モジャさん、これを使えということか……)
レイジは棍棒を握しめ、立ち上がる。
「はぁ……当たらへんかったか。全く運がいいのう! カリギュラちゃんはのう!」
足を引きずり、身体はボロボロのモジャはそれでもカリギュラを挑発し、注意を集める。
『ほう。卑小な人間が……粋がるではないか! 次こそ、息の根を止めてやろう!』
カリギュラが怒り狂う中、レイジは気配を殺し慎重にカリギュラに忍び寄る。
(モジャさんは長くは持たん……なんとかして、必死に作ってくれている時間でできる限り距離を詰めなければな……)
『 ᚲ ᚦ!!!!! 』
先程よりも大きな火球が口元に出来上がる。
「さあ、撃ってみいや! ワイが怖いから、そんなでっかい玉作るんやろけどな!」
モジャは今張れる精一杯の虚勢を張る。
『しゃらくさい! 灰すら残さず消し去ってくれよう!』
発射された火球は、地を抉りながらモジャに向かって突き進む。
「レイジ君……後は頼んだで……」
轟音の中でモジャは一言呟き、火球に飲み込まれた。
辺り一面は、余りの高温で陽炎の様に空間が歪んで見える。
『さて、次は貴様だ! ん……?』
カリギュラは陽炎のせいで一瞬、レイジの居場所を把握できなかった。
突如、カリギュラの眼前に人一人程の大きさの物が飛びかかってくる。
『ふん、小賢しいわ!』
カリギュラは爪で【それ】を叩き落とす。
その瞬間、鈍い音が発生し、【身の丈程の棍棒】が地面に叩きつけられる。
爪が振り下ろされた瞬間、その前脚に何かが飛び乗る。
『なにっ! 貴様……まさか!』
驚きを禁じ得ないカリギュラを無視して、レイジは前脚を駆け上がる。
『おのれ……おのれぇえええ! ᚲ ᚦ!!!!! 』
カリギュラの白毛が業火に包まれる。
「くっ……熱い!」
カリギュラの前脚に乗ってる、レイジの服は直ぐに炭化する。
(このままでは……駆け上がってる最中に消し炭にされてしまう……)
「ならば! こうするしかないな!」
既に足は炭化して、崩れ落ちる中、レイジは剣をカリギュラに投げつける。
その直後、レイジは消し炭になる。しかし、レイジの剣は徐々に溶けて、変形しつつもカリギュラの眼球に一直線に吸い込まれるように飛んでいく。
『二度も、同じ手を食らう訳がなかろう!』
カリギュラはギリギリのところで、レイジの剣から頭をそらす。
カリギュラに回避された、レイジの剣は、原形を留めない鉄の塊となって地面に落ちる。
レイジとモジャを始末したカリギュラは湖の方へと歩き去る。
カリギュラの疼く一つ目が見つめる先、東の空には満月が昇り始めていた。