第四十七話 カリギュラと因縁
辺境にいる各集団が西に進路をとる中。
『卑小なる人間共はやはり群れるか……』
各村に白き魔獣達を差し向けながら、第一の獣カリギュラは呟く。
『だが……我々には勝てぬ。千年前の様に神の庇護があるならまだしも、今の人間共には負ける訳がない』
独り言を発していたカリギュラの背後に黒い霧が突如として現れる。
それは人の姿を模っていく。
『その器には慣れたか? ナイトメア』
『グッ……アア。ダイブ、ナ』
片言な言葉でカリギュラの問いにナイトメアが答える。
『まあ、我も寝起きだ。お互い慣らしていけば良い』
少し不機嫌そうにカリギュラは言う。
『それで、ナイトメア……貴様は辺境の頭共すら殺せない無能なのか? 失望したぞ』
先程とは打って変わって怒気を孕ませてカリギュラはナイトメアを睨みつける。
『アレハ、シカタナカッタ。チュウオウノ、ワルキューレガキテイタ』
ナイトメアの返答にカリギュラの纏っていた空気が変わる。
『ワルキューレだと……? 神殺しとやりあってる奴がこっちに来る余裕があるとは思えんが……』
暫くカリギュラは考え込むが、何か思いついた様に再度、話始める。
『いや、そうか……あいつか、奴の血を……加護を受けている……神の御子か!! 神の御子を守るために派遣されているというなら筋は通る。しかし、何故ワルキューレは我のところに来ずナイトメアのところに来たのだ……?』
勝手に頭を抱えているカリギュラにナイトメアが話しかける。
『ワルキューレハ、カミノミコヲ、ハアクデキテナイ。タダ、ヘンキョウガアヤシイトハ、オモッテルダロウ』
『何故そう思う?』
ナイトメアが意見を言ったことに、意外そうにしながらカリギュラは問いかける。
『ヤツハ、オレヲコロスタメニキタ。ダガ、オレヲコロスタメデモ、スグニウゴケナイ、ハズダ。シカシ、ヤツハキタ。ヘンキョウ二、カミノミコガ、イルカモシレナイ、トオモッタカラダ』
『ほう、貴様がまともな意見を言っていることに驚きだ。しかし、そう考えれば納得がいくな。どこかしらで神の御子らしき反応を確認したのだろうが……まあ、良い。神の御子は殺した。もう、ワルキューレが介入してくることはないだろう』
そう言うと、カリギュラは巨大な尾でナイトメアを吹き飛ばした。
『お喋りはお終いだ。貴様は母上を起こして来い』
ナイトメアは突然のカリギュラの行動に怒りを露にする。
『ナニヲ、スル!』
『貴様の狩りきれなかった頭共は我が殺してやるから心配するな。だからさっさと行け! 我は余り気は長くないぞ!』
全身に炎を纏いながらカリギュラはナイトメアを威嚇する。
流石の迫力にナイトメアは霧になりその場を後にした。
『あの時は少し油断したが今度は手は抜かんぞ……人間共!』
そう言うと、カリギュラは僅かに痛む一つ目を気にしながら、村長たちの集団の方向へ疾走を始めた。
カリギュラの脳裏には卑小な人間でありながら、自らを傷ついたベルンがちらついていた。
『卑小な人間風情が我を傷つけるなど……あってはならん!!』
かつて、千年前にワルキューレを伴って自らの同胞を、心服する母を、そして我らの王道を叩き潰したエインヘリアルの団長を思い出さずにはいられなかった。彼もまた人間であったからだ。
千年前の屈辱、そして数日前に圧倒的強者である自分に傷をつけたベルンが重なる。カリギュラにとっては怒り狂うに十分な理由だった。
カリギュラの怒り、憎しみを感知した各地に散らばっていた白き魔獣達もカリギュラに合流していく。
もはや、一つ目の獣には他の事など眼中にない。それは白き魔獣達も同じ、各村への攻撃を中止して合流を急ぐ。
狂気に包まれた魔獣の大群は傷ついた村長たちの集団に喰らい着こうとしていた。
一方、カリギュラの怒りによって奇しくも何を逃れた集団もいた。
「白き魔獣達の追撃も想像してた程じゃないな……。シドが頑張ってるのかな?」
アランが先導している避難民の集団である。
避難経路付近の村に寄りながら西を目指していた為、お世辞にも速いとは言えない進行だった。
「しかし、油断はできません。奴らには多少の知恵はある様ですから……」
ワイズの村の避難民の一人がアランの独り言に反応する。
「ああ、西側までまだ長いからな……気は抜けないな」
白き魔獣達が進路を変えても、普通の魔獣の襲撃は続いていた。
「やはり、今の辺境はおかしいな……統率個体が三体も出て来るし、魔獣の襲撃が少なかった西側でも、かつてない数の魔獣の襲撃が続いている……」
アランも今までの日常が崩れ、大きな転換点を迎えていることに薄々気づき始めていた。
「魔獣の襲撃だ! すぐに応援に来てくれ!!」
集団の後方から大きな声で魔獣襲撃の報告が聞こえてくる。
「魔獣の色は白か!? それともいつものか?」
アランは腕に覚えがあるものを数人連れて、後方に走りながら報告役に問う。
「いつものです! ただ、十匹近く居て……」
「いつものなら、冷静に対処すれば問題ない! 戦えないものを庇いながら耐えるように伝えてくれ!」
アランは後方に向けて大声で伝える。そう言うと、腰の剣を抜き臨戦態勢に入る。
遠目に見える後方では、男たちが槍や鍬等で応戦している。
(開拓時代から魔獣の襲撃が少なかった西側の人たちは十匹の魔獣相手も危ういか……)
連れていた数人を置き去りにしてアランはさらに加速する。
「ちょ、ちょっとアランさん! 一人で行くのは危ないですよ!」
「大丈夫だって! 後からついてきてくれ!」
連れていた数人の内の一人が慌てて声をかけて来るが、アランは速度を落とさない。
その勢いのまま、避難民に襲い掛かろうとしていた魔獣を切り捨てる。
「グゥアアアアア!」
絶叫をあげて絶命した同胞を見て、魔獣達は距離を取ろうとする。
「逃がすかよ!」
アランは続いて近くの魔獣に飛びかかり、首元に剣を突き刺す。
「二匹目!」
二匹目の魔獣を狩ったところで魔獣達は距離をとり遠巻きにアランを睨みつける。
「アランさん! 頭を下げてください!」
後ろからの声にアランは咄嗟に頭を下げる。
「ギャァアアアォオオ!!!」
アランが頭を下げた瞬間、槍がアランの頭上を通り過ぎて魔獣に突き刺さる。
突き刺さった槍に悶え苦しむ魔獣に、アランは接近して首を切り落とす。
「援護、助かった!」
「いやあ~、上手く当たってよかったです。それはそうと俺たち置いて走っていかないでくださいよ」
アランに置いてかれた数人が到着して、アランに苦言を呈す。
「悪い。けど、避難民がやられそうになっていてな……」
「まあ、仕方ないですね……。とりあえず、魔獣を倒しましょうか」
彼はそう言うと、アランから槍を受け取る。
「ああ、そうだな! 俺は右側の三匹を狩る。残りの四匹はお前たちで頼むぞ!」
「了解! 任せてください!」
アラン達の攻撃に魔獣達は倒されていく。
「ふう、これで最後か……。皆、おつかれ!」
「アランさんもお疲れ様です!」
それほど、苦戦することもなく魔獣達を殲滅した彼等は集団をまた西へと進ませる。
想定よりは少ないが、かなりの頻度で起こる、魔獣の襲撃はアラン達を悩ませていた。