第四十三話 第二の獣ナイトメア
黒い霧とナイトメアの出現に場は騒然とする。
「お、おい! お前たち、第二の獣をなんとかしろ!」
ヴァルハラの一人は大声でアルダ達に命令する。
「言われずともそうする、つもりだが……。魔獣も多く率いてきたみたいだな」
「グゥウウウウ……」
あたりには魔獣達の唸り声も響いている。
「事態は不味い状況だが……。やるしかあるまい! リーレ、アルダ、儂が前に出る! 援護を頼む。他の者は魔獣達の対処を!」
アルハンはリーレ達に合図を出すと、剣を抜きナイトメアに詰め寄る。
「せいやぁあああ!」
アルハンは気迫の声と共に、ナイトメアに切りかかる。
その瞬間、濃霧を纏っていたナイトメアの輪郭が人型を模る。同時に、その右腕らしき場所は長剣の形に変化していた。
アルハンの鋭い一撃をナイトメアは軽々と払いのける。
「まだ、終わりではありませんよ!」
間髪入れずにリーレがナイトメアの横腹を突くように、剣を突き出す。
『グゥ……。ああ、アァアアアアああ!!』
リーレの一撃がナイトメアの脇を掠めそうになる、その瞬間、ナイトメアは咆哮をあげて飛び上がる。
そして、着地と同時に右腕の長剣を巨大化させて、リーレに切りかかる。
「危ないぞ! せい!」
空中にいる、ナイトメアにアルダが槍を突き出し、ナイトメアに方向転換させることに成功する。
ナイトメアはアルダの槍を弾き、少し離れた場所に着地する。
アルハンとアルダ、リーレがナイトメアと睨み合う中、ワイズはここから離れようとするヴァルハラの二人に詰め寄る。
「一体、なにをしているのかな?」
「……ッツ。ワイズか……何の用だ?」
「何の用だ、ではないだろう? お二方はどこに行くつもりかな?」
ワイズの言葉にヴァルハラの二人は肩をすくめる。
「ふっ、第二の獣に貴様らが勝てるわけがない。それに、我らはこのことを報告せねばならぬからな。先に失礼させてもらおう」
「仮に、儂らがあのナイトメアに勝てないとしよう。それで、儂らが全滅したとしよう。お主らはそれでよいのか?」
ワイズの言葉にヴァルハラの二人は怪訝な表情をする。
「何が……言いたい?」
今度はワイズがヴァルハラの二人に対して、肩をすくめる。
「お主等はミズガルズに対抗する為に、儂らを取り込もうとしているのだろう? ここで、儂らが全滅したら本末転倒ではないか」
ヴァルハラの二人は僅かな間、沈黙する。
そして、ヴァルハラの一人が口を開く。
「いいだろう、要件を言うがいい」
ワイズはニヤリと笑う。
「ヴァルハラの精鋭の一人を貸してくれんかのう?」
一方、アルハン達はナイトメアの圧倒的な攻撃力の前に防戦一方になっていた。
ナイトメアは巨大化した剣を振り回し、アルハン達を近寄らせず、一瞬で詰め寄り人の数倍の怪力をもって剣を叩きつける。
「当たったら死ぬぞ! とにかく回避して隙ができるのを待て!」
アルハンは大声で指示を出し、ナイトメアの斬撃を紙一重で躱すが、頬から血が流れる。
「隙ができるのを待てと言われても、隙ができる気配がないのう……」
ナイトメアは攻撃を加えると、距離をとりアルハン達に反撃の余地を与えない。
「アルダ村長! あなたが弱気でどうするんですか。とにかく、奴に攻撃を当てるには一度、攻撃を受け止めて行動を止めるしかないですね……」
リーレの言葉にアルダとアルハンは面食らう。
「正気か!? あんな化け物の一撃を受け止めるなんぞ……剣ごと両断されるぞ?」
アルダの心配をよそにリーレはナイトメアを睨みつけ、剣を構えなおす。
「一つ、手があります。ギャラルから教わった受け方で、勢いを地面に流して強力な一撃に対処できる技なのですが……」
「ふむ、それが可能ならばその隙を儂とアルハンで突けるやもしれんな」
二人の会話をアルハンも加わる。
「ならば、頼むぞリーレ! アルダ、儂と合わせて交差でナイトメアを討つ!」
「おう!」
「わかりました!」
三人の会話が終わった瞬間、ナイトメアが切り込んでくる。
『ゥウウ。グゥウウウウああァア!』
ナイトメアは一歩、前に出たリーレに目標を定める。
「来い! ナイトメア」
リーレは体勢を低くして、剣を斜めに構える。
ナイトメアは大上段からリーレに向けて、大剣と化した右腕を振り下ろす。
「ここ、ですね!」
ナイトメアの右腕にリーレは剣を合わせる。
その瞬間、リーレに生半端ではない圧力がかかる。
「くっ! だけど、負けるわけにはいかない!」
リーレは圧力に抗いながら、剣の切っ先を地面に向けて、さらに傾けていく。
慎重に、相手の勢いを殺しながら、剣が壊れないように……
『グゥ……ぁああああぁああああ!!』
咄嗟に、ナイトメアは怪力をもって右腕の軌道を無理やり変える。
そのまま、後方に飛び退く。
「見切ったというのか……奴が?」
アルダはリーレの巧みな受け流しをナイトメアが見切ったことに信じられないという顔をする。
「…………やはり、見切られましたか」
一方、リーレはその結末を知っていたかの様なことを呟く。
「見切られたのなら仕方ない。次の手を考えるか……」
アルハンも衝撃は少ないようだ。
『…………』
ナイトメアは無言でアルハン達から距離をとったまま、動かない。
暫くの間、間合いを保ったままの睨み合いが続く。
停滞が破られる。
「アルハンにアルダ、リーレ! あと少し、時間を稼いでくれ! そうすればヴァルハラの援軍が来る」
話を終えたワイズがアルダ達に声をかける。
「……援軍? わかったが、誰が来るのだ?」
アルダの返事にワイズはしたり顔で……
「期待しておけ! 少なくともこの状況を打破できるものだ!」
「ならば、期待するぞ! アルハン、リーレ! あとひと踏ん張りじゃ!」
「おう、わかった!」
「了解です!」
三人が気を入れなおす。
『グゥアアぁあアアアアアア!』
次の瞬間、ナイトメアが雄たけびをあげ、切り込んでくる。
咄嗟のことで、回避が遅れたアルハンは剣で防ごうとするが吹き飛ばされる。
「がはっ!」
「援軍が来る前に儂らを仕留めるつもりか! だが、そうはさせんぞ!」
続いて、リーレに狙いをつけるナイトメアにアルダが槍を投げる。
アルダの槍を、ナイトメアは右腕で払いのけるが、その隙にリーレは距離をとる。
「助かりました!」
「構わん! ワイズ、お前も手伝え!」
アルダはそういうと、払いのけられた槍を拾う。
「仕方ないな、儂も手伝おう!」
ワイズも駆けよる。
吹き飛ばされたアルハンも立ち上がる。
四人はナイトメアを遠巻きに囲む。
そして、徐々に距離を詰める。
ナイトメアも距離を詰めたリーレに切りかかる。他の三人はその後を追い、ナイトメアの背に攻撃を仕掛ける。
しかし、ナイトメアも背後の動きに勘づき、回転しながら右腕を振るう。
「ぬぅ……、こちらが距離を詰める前に、奴は対処してくるか」
「しかし、奴も背後を気にしていては、一人に集中できまい。儂らがやるべきことは時間稼ぎじゃ」
双方は攻守を常に変えながら、剣を弾き、槍を突き出す。
突き出した槍もなんなく躱される。
『 ᛈ 』
その瞬間、ナイトメアの右腕に黒い霧が集束する。
ゴォン!
一振りされた、右腕からは、黒き斬撃が四方に空を蹂躙しながら突き進む。
「なんとしても……何としても避けろ!!」
アルダが叫ぶ。
「あれは……ウロボロスも使っていた……」
リーレも察する。
各々、全力で逃れようとする。しかし、年配のアルダと先ほど、一撃を貰ったアルハンは黒き斬撃に巻き込まれてしまう。
黒き斬撃はアルハンとアルダを巻き込んだ後も周囲を破壊しつくす。
魔獣と戦っていた村長達も、魔獣達も……
「……ウロボロスに勝るとも劣らない威力ですね」
間一髪、直撃を免れたワイズとリーレも黒き斬撃に掠っただけで、かなり消耗している。
黒き斬撃を放ったナイトメアは、未だ立っているリーレとワイズに向けて右腕を構えなおす。
『 ᛈ 』
先ほどと同じ様に右腕に黒い霧が集束し始める。
「間髪入れずに二発も……」
リーレも立ち尽くすことしかできない。
『煌めけ! オーロラの剣!』
次の瞬間、極光が煌めく。
黒き斬撃と極光が激しくぶつかり合う。
衝撃波が周囲に伝達する。
「なんて、衝撃だ・・・」
それなりを距離を取っていたリーレとワイズもよろめく。
僅かな間、拮抗していた二つの攻撃は対消滅した。
『ふむ……これが第二の獣か……』
極光を纏っていた女性が呟く。
『殺せぬ相手では……ないな』