第四十一話 迫る一つ目の影
避難民に待機しているように言って、俺たちは血の匂いが漂う村に向かった。
ある程度近づくと蠢く白き魔獣の姿が見える。
「先回りされてたのか! 俺とロズで道を開く! シドは生き残った者がいないか確認してくれ!」
「そうだな。シドは手傷を負っている、私たちで魔獣は引き付けよう」
「……ッツ。そうだな、分かった生存者を探してくる!」
ワイズの村で負った傷が痛み、アランの言う通り生存者を探すためにグラニの手綱を引き、方向を変える。
「おらおら! 魔獣共が! こっちに来い!」
俺が方向を変えたのを見届けたアランは大声を出し、白き魔獣達を挑発する。
シュッ! 続いて、ロズのナイフが投擲され、白き魔獣達は完全に俺を視界から外した。
「グゥルアアアアアアア!!!!」
白き魔獣の咆哮を後ろに聞きながら、グラニを村の中に向けて駆けさせる。
村の中に入ると、アラン達に釣られなかった白き魔獣達が僅かに生き残った村人を襲っていた。
「やっぱり、全て釣られないか……」
俺は背に掛けていた大斧を抜き去り、白き魔獣の背後に回る。
「うぉおおおおおお!!!」
不意を突く一撃で白き魔獣の一匹の頭を叩き割る。
「東の方に避難民の集団がいる! そこまで走れ!! ここは俺が抑える!」
いきなり現れた俺に驚いている生存者に、避難民がいる場所まで走るように言う。
「わ、わかった。ほんとうに……任せていいんだな?」
生存者で一番年上と見える男が申し訳なさそうに声をかけて来る。
「いいから早く行け! 出口付近には魔獣がいるから迂回して離脱しろ!」
俺は大斧を振り回し、白き魔獣を近づかせないようにしつつ、早く行けと叫ぶ。
「ありがたい……。君も生き残るんだぞ!」
そう言って、彼らは走り去っていく。
「ふぅー、行ったな。とりあえずお前らを殺して、他の生存者を探す!」
出し惜しみはなしだ、神力を!
『行くぞ!!!!』
ザッッッ!
一気に距離を詰め、大斧を振り下ろす。
ザスッッッ!!!
白き魔獣の頭が宙を舞う。
残りの白き魔獣も片付け、グラニに飛び乗り、他の生存者を探す。
アランとロズが白き魔獣を引き付けている間、俺は計十人の生存者を見つけ村から連れ出すことができた。
「アラン、ロズ! 生き残っていた奴は村から連れ出した! ここの魔獣を片付けて離脱しよう!」
「わかった! アラン、やるぞ!」
「おう!!」
俺が後ろから接近してきたのを察した白き魔獣達は、俺に注意を移す。
「よそ見を、するんじゃねえ!」
「隙ありだ!」
その一瞬の隙をアランとロズは突き、二匹仕留めることに成功する。
「残り、十五匹か……。俺が引き付ける。隙を突いてアランとロズで削っていってくれ!」
「俺たちはいいんだが……シド、お前は大丈夫なのか?」
「ああ、任せろ!」
もう一度、使うぞ。腕に……大斧に……神力を通わせる!
『来い! 白き魔獣共!』
「グゥラアァアアアアアアアアアア!!!」
神力を使うと、白き魔獣達は俺に向かって突進を仕掛けてくる。
『そんなっ……攻撃っ! 当たるものか!』
俺は身体を右へ左へ動かし、白き魔獣達の直線的な攻撃を避ける。
白き魔獣は直ぐに耐性を立て直し、再度突撃を仕掛けようとするが、一匹が体勢を崩してしまう。
白き魔獣は持ち直そうとするが、その時間を与えずにロズが額の眼球を穿つ。
「とりあえず、一匹……。それにしても白き魔獣は何故、シドに異常なまでの反応を示すのか……」
再度、突撃を仕掛けてくる白き魔獣達を見据えた俺は、宙に飛び上がる。
咄嗟の俺の動きに対応できず、白き魔獣の何匹かは体勢を崩してしまう。
『うぉおおおおおおおおお!』
着地際に大斧を振り下ろし、体勢を崩した一匹を両断する。
少し離れたところでは、ロズとアランがそれぞれ一匹ずつ仕留めていた。
残り十一匹となったところで、白き魔獣達は俺たちから距離を取り始める。
「ん……? 何が起こっている?」
ロズが疑問を口にする。
数秒、白き魔獣は俺を睨みつけた後、方向を変え走り去っていく。
「逃げたのか……? 追うか? 放っておくか?」
『いや、避難民が心配だ……。それに、俺も限界だ……』
俺はそう言って、座り込む。
「それもそうか。ほら、肩を貸すぜ!」
座り込んだ俺にアランが手を伸ばす。
「ふぅ……。ありがとう」
戦闘中離れていたグラニも戻って来るのが見えた。
避難民の集団に向かって歩いていると、ふとロズが口を開く。
「さっきの、白き魔獣の行動……やはり、一つ目の獣の指示で退いたのか?」
「多分な……。恐らく、あの村の人たちは、俺たちが逃がした人以外はやられたんだろう……」
アランはさらに言葉を続ける。
「あそこまで、シドに異常な反応を示していたんだ。心変わりして退いた訳じゃない、一つ目の獣があの村にこれ以上、白き魔獣を置いておく必要はないと考えたんだろう」
「……そうなると、一つ目の獣はあの村に居なくても、あの村のことを把握していたということになるな……」
俺が気づいたことを口にすると、そこにロズが続ける。
「そうだな……。確証はないんだが、一つ目の獣の目は白き魔獣の額の目と連動しているんではないか?」
「それなら、辻褄は合うな。しかし、そうなると同時に何か所も襲撃される可能性もあるのか……」
そうこう話をしている内に、避難民の集団が見えてきた。
避難民の集団のテント群に近づくと、一人の初老の男性が駆け寄ってくる。
「あの、先ほどはありがとうございました。助けて貰って申し訳ないのですが……」
恐らく、村の中で俺が助けた人だろう。
「ん……どうした?」
「ここから、少し北東に行ったところにある良馬の村に孫娘がいるのです……もし、あの魔獣達に襲われていたらと思うと……どうか、助けに行ってくれませぬか?」
少し悩んだ素振りしてからアランは口を開く。
「襲われているなら助けにいくさ。けど、俺たちは戦えない奴も抱えて行動している。他に襲われてそうな村があったら、そちらを優先する可能性もある」
「アラン、白き魔獣は南西からしらみつぶしに村を滅ぼしているんじゃないか?」
俺が口を挟むとアランは答える。
「まあ、俺たちは二つの村しか見てないが、今のところはそうだな」
「なら、次狙われる可能性が高いのは……北東にある良馬の村じゃないか?」
「確かにそうだな……とりあえず、北東の良馬の村に向かうか」
アランがそういうと初老の男は嬉しそうな顔をして、頭を下げて歩いて行った。
初老の男がある程度離れたところで、ロズが口を開く。
「良馬の村が襲われる可能性が高いのは、私も同意見だが……奴らは複数の村を同時に襲う可能性もある、それに、先ほどの村に一つ目の獣がいなかったのも気になる。私たちも分かれて、複数の村の掩護に行ったほうが良いんじゃないか?」
ロズの意見にアランは反論する。
「確かに急いだほうがいいだろう……だが、分かれて白き魔獣の大群、一つ目の獣に対処できるのか? 俺は厳しいと思う。多少、時間がかかってもまとまって行動すべきだ」
「確かにな……だが、時間が無いのは念頭に置いておいてくれ」
ロズは少し不満そうだが、頷いた。
俺は二人が話している間に、グラニの世話をしてから、二人の話に混ざる。
「確かに、分かれて行動するのは危ない。けど、急がないといけない」
「そうだな。シド、何か良い案でもあるのか?」
「ああ、俺とロズ、アランで二手に分かれて村を回ろう。俺にはグラニもあるかなら、素早く村の救援にいけるだろうしな」
俺の案に二人はムッとする。
「正気か? 確かにシド、お前はウロボロス戦から実力を急激に上げている。しかし、一つ目の獣や白き魔獣の大群には対処しきれないだろう?」
「倒すことはできなくても、逃げ切ることはできる。それに、俺には特別な神力があるみたいだ」
「特別なちからか……。先ほどの村でも見せた、あの爆発的な力か……」
アランの言葉に続けてロズも苦言を呈する。
「その力とやらが凄まじいのは理解している。だが、それは簡単に使って大丈夫なものなのか? それだけ強大な力だ、反動があってもおかしくない」
(反動……。アルダ村長が言ってたあれか……。けど、この神力を使えば助けられるんだ……使わないほうが間違っている……はずだ)
「反動……はあるかもしれない。けどな、これを使えば救える村や、人の数が増えるなら使うべきだろ?」
俺がそういうと二人は暫く黙り込む。
そうして、少し経ってからロズは口を開く。
「なら、そうすればいい。けど、慢心は絶対にするな」
そう言うとロズは歩き去る。
「シド、明日もう一度聞く。それまでじっくり考えてくれ」
アランもそう言って歩いて行った。
俺は間違っていることは言ってないはずだ。なのに……何故か、何かを間違えている様な気がしてならない。