第三十九話 勇士ベルン
目の前に立つ、巨大な一つ目の獣は俺たちから視線を外さずにゆっくりと近づいてくる。
それに合わせて白き魔獣も遠巻きに俺たちを包囲する。
「囲まれたか……。どう見ても、こいつらの頭はあの一つ目の獣だな」
「そうだな。それにあの感じ……」
アランに俺が答えた言葉を繋げるように、ロズが口を開く。
「………統率個体」
突如、一つ目の獣が動く。
『グルゥオオオオオオ!』
俺たちに向かって飛びかかる。
「あの巨体に当たったら死ぬぞ!」
俺たちは横に飛び退いて避ける。が、その先にいたのは白き魔獣達。
「グギャァッハッハハハハハ!!!」
俺たちに白き魔獣達は群がる。
「チッ! 邪魔だな」
俺たちは一番近くの敵を切り裂き、群がる白き魔獣を振り払おうとする。
だが、数が多い。
「目の前の奴を振り払っても、群がってるやつが次から! 次へと!」
俺は目の前の敵を大斧で吹き飛ばして、ふと一つ目の獣を見上げる。
一つ目の獣は俺たちと白き魔獣の戦闘に手を出さずに見下ろしていた。
(何がしたいんだ……? 俺たちを殺したいなら、白き魔獣で足止めしているとこをを前脚を叩き付ければ済むだろうに……)
俺は考えながらも、大斧を振るい目の前の白き魔獣に叩きつける。
「グルゥアアアア!!!」
考え事をしていた所為か、白き魔獣の一撃で吹き飛ばされる。
「シド! 大丈夫か!?」
アランとロズは心配して声をかけるが、目の前に白き魔獣がいるせいで動けない。
「矢、放てえええええ!! 西の使者達を救い出せ!!」
突如、大声と共に矢が次々と白き魔獣を射抜いていく。
「グギャァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
突然の矢の雨に白き魔獣達は絶叫を上げる。
「今の内だ! 包囲を抜け出すぞ! ロズ、シド! 行くぞ!!」
「わかった!」
俺もなんとか包囲を抜け出すが、その場で座り込む。
「大丈夫だったか!? 西の使者よ」
「ああ、おかげで助かった……。ところであなたは?」
村の自警団を使い、俺たちを助けてくれた人に俺は尋ねる。
「ん、私か。私はベルン。ワイズ老師の弟子にして調査隊に参加していた者だ。早く君たちも村を出ると良い」
ベルンは村を出るよう俺たちに促す。
「他の村の人多たちは脱出できたのか?」
アランはそれに質問を返す。
「襲撃をいち早く察知出来たお陰でな……。追ってきていた魔獣達が反転したから、何事かと思って来てみたら、君たちが居たわけだ」
ベルンはさらに言葉を続ける。
「時間がない。早く村から避難してくれ」
「あいつらは強い。俺たちも手伝わせてくれ!」
「駄目だ。この村は私たちの村だ、私たちが対応する」
ベルンは険しい顔をして反対する。
「それに、君たちには頼みたい事もある。生き残った者達を……護衛してほしい」
そして一点諭すような口調で話す。
「そう言われたら、断れないな……。ベルン、護衛は任せてくれ」
『グゥオオオオオオオ!!!!』
アランが言い終わるのと同時に一つ目の獣の雄叫びが響く。
「早く行ってくれ! 真北に行けば生き残った者達の集団がいるはずだ!!」
「分かった! 俺はシドに肩を貸して行く。ロズは護衛の為先に行ってくれ」
「分かった」
俺たちはベルンに任せ、村を離脱することになった。
俺がアランに肩を貸されながら歩いている後ろでは、白き魔獣達の恐ろしい雄叫びが響いていた。
「さて、皆! できる限りの足止めをするぞ! 女子供を守る誇りある戦いだ!!」
自警団の者達はベルンの宣言に気持ちを引き締めて、向かってくる白き魔獣達を睨む。
「グルゥアアアアアアアア!!!!」
「うぉおおおおおおおおお!!!!」
魔獣と人の雄叫びがぶつかる。
次の瞬間、両者がぶつかり合う。
剣が白き魔獣の頭に食い込んだと思ったら、白き魔獣の牙に首を食いちぎられる。
白き魔獣の爪が肩に食い込んだ瞬間、槍が頭を貫通する。
両者が衝突すると、練度の低い自警団とは思えない程、脅威的な粘りを見せる。
「村の子供たちの為にも! この化け物共を通すわけにはいかねえぞ!!!」
「おう! 死ねや! 化け物がああああああああああ!!!!」
しかし、自力の違いからか自警団の者達は一人、また一人と力尽きていく。
(まずいな……。このままでは二時間もたたずに壊滅する……。なんとかせねばな)
ベルンは弓を使い援護をしながら、思案する。
「…………これしかないな。皆! 私があの一つ目の獣を討つ! その間、白き魔獣を抑えていてくれ!」
(勝てるとは思えん。しかし、脚の一本でも貰おうか!)
ベルンは弓を捨て、槍を手に持つ。
「数名、私についてこい。一つ目の獣に目にもの見せてやるぞ」
「分かりました。我らが村を襲ったことを後悔させてやりましょう!」
押されている、味方を後目にベルン達は一つ目の獣に向かい駆ける。
ベルン達がこちらに向かってくるのを視界に捉えながらも、一つ目の獣を動かない。
『グルゥアアアアアアアアアアアア!!』
あと数歩、というところで一つ目の獣は牙を剥きだしにし雄たけびをあげる。
そして、一瞬でベルン達に腕を振るい、一人が遠くに吹き飛ぶ。
「くッ! 止まるな! 止まっても死ぬんだ! 動いて敵を殺せ!」
ベルンは怒声を上げ、味方を叱咤する。
「一撃離脱を心掛けろ! 一瞬でも気を抜くな! 敵を殺すことだけを考えろ!」
ベルンはすり抜け様に一つ目の獣の足に槍を突き立てる。
「硬いな! 皆、私が槍を突き立てた場所を攻撃しろ!」
「りょう、かい! うぉおおおおおおおおお!」
一つ目の獣はベルン達の攻撃を避けずに、最後の一人を叩き潰す。
「こいつ……。遊んでいるのか……?」
何度も一か所を攻撃するが、その度に一人ずつ殺される。
だが、ベルンには対抗策もなく、仲間がやられていくのも見ているしかない。
(白き魔獣達を相手にしている方も壊滅寸前か……。どうすればいい……?)
悩み事をしていた所為か、一つ目の獣の攻撃の余波に巻き込まれる。
「ぐっ! はぁ、はぁ……。皆!?」
ベルンはなんとか体勢を立て直すも、味方は今の一撃で叩き潰されてしまったようだった。
「お……おのれええええええええええ!!!!」
槍を持つ手に力がこもる。
『グッハハハハハハ』
一つ目の獣はベルンを嘲笑うかの様な声を出す。
(皆と協力して攻撃した脚の傷ももう治りかけている……。狙うならば、あの一つ目か!)
「お前を殺す為に、私の命を捧げよう。目にもの見せてやろうではないか! さあ、来い! 化け物め!」
ベルンは一つ目の獣の眼下で槍を大きく振るい、挑発する。
『グルゥアアアアアアアア!!』
一つ目の獣は大きく一回吠えてから、軽く捻りつぶそうと爪を振るう。
「そんなっ……攻撃! 当たるものか!」
ベルンは右へ、左へ動き、一つ目の獣の攻撃を回避する。
「どうした! そんなものか! そんな攻撃では、このベルンは殺せないぞ!」
ベルンは虚勢を張り、尚も挑発を続ける。
(ふぅ、大分きついが……。あの化け物は言葉の意味を察している様な気がするな……。挑発を続けて、あの場所へ誘導する!)
『グゥウウウウオオオオオオ!!!!!』
明らかに、今までとは違う、怒りの怒号を発する。
巨体からは想像できない速度で何度も、何度も爪を振り下ろし、ベルンを叩き潰そうとする。
「当たらん! 当たらんわっ! ……はぁ、はぁ。そんな攻撃! 当たらんぞ!!」
一つ目の獣の爪は当たりこそしないが、衝撃で飛んでくる石くれまでは回避できない。次第に傷が増えていく。
『…………グルゥウウアアアアア!!!!』
一つ目の獣が発する吠え声に意味が宿る。
「なっ! 言葉なのか…………?」
脳に直接響いてくるような言葉に混乱したのか、一瞬立ち止まってしまい、ベルンの左腕は吹き飛ばされてしまう。
(くっ! 驚いている場合ではない……。村の自警団はほぼ壊滅してしまった。奴らが押し寄せてくる前に、この化け物を討たねば!)
ベルンは残り数名という、自警団達に一瞬視線を移し、痛みをこらえて立ち上がる。
そうして、ベルンは何度も、一つ目の獣の攻撃を回避して目的の、あの場所に着く。
村で一番高い、村長の家に……。
(ここならば、化け物の一つ目に届くだろうか。いや! 意地でも届いて見せる!)
ベルンはバランスの取れない身体を無理やり動かして、家をよじ登る。
『グゥウウウハッハハ』
「引きこもるだと? 私がここに来たのは、化け物! お前を殺すためだ!」
ベルンは力を振り絞り、屋根の上に登った。
足に力を込め、槍を右手に構え、ベルンは屋根から一つ目の獣を目がけて飛び上がる。
『グルゥアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
一つ目の獣もベルンがやることを察し、前脚を使い、ベルンを引き裂こうとする。
(このままでは……あの目に届かない……。一か八か勝負に出るか!)
斜め下から振り上げられる、前脚を視界の端に捉えたベルンは右腕を頭の後ろに振りかぶる。
身体の重心がぶれ、よろめくがなんとかこらえる。
「くらぇええええええええええええええええええええええ!!!!」
気迫の大声を発しながら、右腕に持った槍を大きな一つ目に目がけて投擲する。
槍はベルンが乗り移ったかの様に一つ目に吸い込まれていく。
『グォオオオオオオオアアアアアアア!!!!!』
爆風を纏う咆哮をあげ、僅かに槍の軌道が逸れる。
その爆風を受け、幸か不幸かベルンは一つ目の獣の前脚の直撃は避けるも地面に叩きつけられる。
「ぐはっ! はぁ、はぁ…………」
もはや、息も絶え絶えのベルンは視線だけは槍に向ける。
槍は僅かに軌道が逸れたものの、白目の部分に突き刺さる。
『グゥウウウ……ギャァアアアアアアア!!!!!』
その瞬間、一つ目の獣は絶叫を上げる。
「ふぅー……。なんとか、やった……か?」
ベルンは一つ目の獣の苦しみ様に致命傷を与えたと感じた。
『グゥルウウウウウ!! グルゥアアアアアアア!!』
憎悪の籠った怒りの咆哮をあげると、一つ目の獣は自らの眼球を抉り始める。
「ッ!? 何をしているんだ……。こいつは……」
ベルンは余りの光景に息を呑む。
そうして自らの眼球の一部と槍を抉りだした、一つ目の獣は牙を剥きだしにしてベルンを睨みつける。
『ワレ ヲココマデ キズツケタノ ハキサマ ガハジメテダ オカエシ トシテ キサマラ ノドウゾク ヲミナゴロシ 二シテヤロウ』
一つ目の獣は口を開き、怒りの為か酷く聞き取りにくい声で憎悪をまき散らす。
「…………………………」
眼球は中身が見え、あまりに醜い一つ目の獣の姿にベルンは声も出ない。
次の瞬間、一つ目の獣はベルンを踏みつぶした。
一つ目の獣が怒りに震えていると、自警団を壊滅させた白き魔獣達が集まってくる。
『グゥオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
一つ目の獣は自らの前に侍る白き魔獣の一匹を叩き潰し、怒りを鎮めると、遠吠えをあげる。
血にまみれた眼球は新たな獲物を探している様だった。