第三十八話 誰の手のひら
村に帰ると、村長の家から一人の男が出てくるのを見かける。
その顔には見覚えがあった。
「おい、二人共。あいつ中央の村にいなかったか?」
「ん、確かに見覚えが……何かの伝達だろうか?」
俺達は村長の家によることにした。
村長の家では村長とワイズが深刻そうな顔をして、椅子に座っていた。
「……西の使者たち、帰ってきたのか」
「ああ、今村に帰ってきたところだ。それより中央の奴がいたようだがどうしたんだ」
「見ていたのか……………………そうだ、中央から村長の収集要請を受けた」
アランの顔色が変わる。
「村長の収集要請!? それってまさか…………」
「ああ、村長会議が開催される」
「すまないが、そんなに驚くことなのか? 村長会議というのは」
俺にはアラン達の驚きを理解できないでいた。
同じく話についていけないロズが質問する。
「そうか、お前たちは知らないんだな」
ワイズが説明を始める。
「村長会議とは書いて字のごとく辺境の村長が全員中央に集まり今後のことについて話すというものだ。しかし村長会議は辺境開拓の最初期こそ行われていたが、開拓が進むにつれ行われることがなくなっていった。七年前でさえも開かれることはなかった」
俺とロズは息をのむ。
「わかるか? 今となっては統率個体でも村長会議は開かれないのだ」
ワイズが一息つく。
「さらに今回はアルダの収集だ。生半可のことではないのは明らかじゃ…………」
そんな時、村長が思い出したように話す。
「ああ、そういえば奥地の探査報告がまだだったな」
「……南で今まで見たことのない魔獣と戦闘をした。白くて眼が三つある奴だった」
「そうか、一応このことも会議に挙げておこう」
報告を済ませたとき、ロズが何かに気づき声を上げる。
「そういえばあの魔獣の行動、おかしいところがいくつかあったな」
「詳しく話してくれないか?」
「あいつらは一番最初、絶好のチャンスをあえて見逃したような感じがした。それに今までの魔獣はあそこまで連携できなかったはずだ」
ロズの言葉にワイズは少し考えこむ。
「…………わかった、ありがとう。私たちは支度が済んだらすぐ出発する。この村に滞在している間は私の家を好きに使いなさい」
そういうとワイズは支度をするために自分の家へと向かった。
「すまないが私も準備がある」
「わかった、邪魔をした」
俺達は村長に促され村長の家を後にする。
「これからどうする?」
俺の問いにロズがワイズからもらった紙を取り出す。
「私は父さんが作り上げたという剣術についての記述を読みたい」
「ああ! まだ読んでなかったな、ギャラルの剣術! 俺も気になっていたんだ。シドそれでいいか?」
「大丈夫だ」
これからの行動が決まった俺達は村のはずれに歩を進めた。
「準備は整ったか? 村長」
「その呼び方はやめてください。あなたにそう呼ばれると背中がむずがゆくなります」
シドたちが向かった方とは別の村のはずれに馬に乗った村長と中央からの使者とワイズ、そして見送りに来たベルンがいた。
「では我々の留守の間この村のことは頼んだぞ、ベルン」
「はい、しかし本当に護衛を付けずに行かれるのですか」
「今の辺境の様子はどうも変だ、決して気は抜けん。それに儂らは中央から来た者と行くからな、心配はいらん」
そういうと三人は村に背を向ける。
「では行こう、中央へ」
ベルンは三人の見送りはほどほどに、村に帰り兵を集める。
「御二人は中央の村に向かわれた。よってこれより私が指示を出す。皆も知っている通り今は南の様子がおかしい。今日より昼夜問わず南方向に見張りを立てる。御二人が帰られるまでこの村を死守するぞ!」
俺達はギャラルが残した剣術についての記述を読んでいた。
「なるほど、父は後の先をとる剣を使っていたのか」
「剣術以外にも相手の動きを見切る術も書かれているな」
「やっぱりギャラルはすげーな!」
読み、試し、読み、試しを繰り返し何とかその剣術のイメージをつかむ。
(ロズは覚えてないはずなんだがな。体が覚えていたんだろうか)
二人は見たことがあるからか直ぐイメージをつかみ、二人で剣を交えている。
日が傾き始めた頃、村の方角から何かが近づいてくる。
「グラニ? どうしたんだ、こんなところまできて」
グラニは俺の引っ張り村の方向へ行こうとする。
その様子のおかしさを受け、二人に振りかえる。
「グラニの様子がおかしい。俺はいったん村に戻ってみるよ」
「わかった、私たちもすぐ向かう」
俺はグラニにまたがり村まで駆ける。
村は静寂に包まれていた。
日が落ち始めているのに灯りが一つも灯ってない。
グラニから降り剣を持つ。
家に入り見渡すと部屋の隅で震えている女性を見つける。
「どうした、何があったんだ」
女性は震える声で話す。
「ま、魔獣が……家族は皆……私も殺される!」
声を張り上げた瞬間、後ろの壁が壊れ口が女性の頭に噛みついた。
そしてその口が引っ込む。
急いで外に出ると、奥地で見た白き獣が女性を丸のみにしたところだった。
「お前らが村を滅ぼしたのか!」
剣で斬りかかろうとした時、背後に気配を感じた。
いつの間にか、白き獣に囲まれていた。
さっきの家に駆け込み、玄関に向かいへ走る。
「ギャァアアアハハハハハハアァラァアアアア!!!!」
今までどこに隠れていたのか、無数の魔獣が俺を見ている。
斧を使いたいが、あいにく村長の家のそばに置いてきてしまった。
魔獣からの突進を受ける。
急いで起き上がるとまた直ぐに突進を受ける。
何度も吹き飛ばされながら、魔獣たちの眼を見る。
その三つの眼は歪に歪んでいた。
ああ、こいつらは遊んでいるんだ。
何度吹き飛ばされたか、気が付くと村長の家の近くまで来ていた。
斧が手の届くところにある。
手を伸ばすが、魔獣は何の攻撃もせずにただ俺を見ている。
斧を持ち、立ち上がる。
「ギャァアアアハハハハハハアァラァアアアア!!!!!」
まるでやってみろ、と挑発されているようだ。
「なめやがって……」
『やってやる!』
一気に一体の魔獣の懐に入り込み、首を切り裂く。
魔獣も攻撃を仕掛けてくるが、量が多いせいで同士討ちになる。
通りすがりに足に斬りつけながら、包囲を突破する。
そこにはロズとアランがいた。
「悪い、待たせたな」
「ああ、こっちは死にかけた」
「あの白き獣がこんなに…………きつい戦いになるな」
俺達は十体ほどの魔獣と睨み合う。
緊張が最高潮になろうとした時、魔獣たちに異変が起こる。
突如、魔獣たちが道を開ける。
そして、奥から足音が聞こえる。
その肌を刺すプレッシャーに心当たりがあった。
他よりも一回りも二回りも大きい魔獣が俺達の視界に映り込む。
他の魔獣と同じように白い体毛に包まれ、しかしその一つ眼もまた紅く紅く俺達を見据えていた…………