第三十六話 母なる大蛇
中央の村の知らせがワイズのいる村に届いた頃、レーネの村にもその知らせが届いていた。
アルハンの家でアルハン、アルダ、オーグが顔を合わせてこれからのことを話していた。
「中央の村が落ちるとは…………どうなってんだ!」
「落ち着け、オーグ」
「しかし中央の村は村長会議を行う村、そこを住む者たちは男女問わず歴戦の戦士達じゃ。さらに儂と共に辺境を切り開いたモアもいる。北に位置することも踏まえれば襲ったのは北の国、ミズガルズかヴァルハラか…………」
思案顔だったアルダが立ち上がる。
「とにかく中央に行ってみるしかあるまい。誰かがモアの役目を引き受けなければ…………アルハン、オーグ、儂は中央に向かう。ここらのことは任せたぞ」
「アルダ…………分かった、気をつけるのだぞ」
「おい、エルはあんたの穴を埋めなきゃなんねえだろ。リーレを連れていけ、実力は折り紙付きだ」
「わかった。すまんな二人共」
準備を整えアルダはレーネの出口に立っていた。
「すいませんアルダさん! お待たせしましたか?」
「いやいや、こちらこそ急な頼みですまないな」
「問題ありません。ウロヴォロス戦の後処理も一段落して、少し手持無沙汰だったんです」
「そうか、では行こうか」
アルダとリーレは中央の村に馬を走らせた。
数日かけアルダとリーレは中央の村へとたどり着く。
「馬から降りて止まれ!」
「私は南の村の村長、アルダだ。この村の様子を見に来た」
アルダの声を聴くと門番は武器を下ろし、近づいてきた。
「アルダさんか、よく来てくれた。正直どうすればいいかわからないんだ」
「そうか、とにかくモアのいた場所に案内してくれ」
「わかった、ついて来てくれ」
「これは…………」
中央の村の中心に続く大通りを進むと所々に血だまりの後が残っている。
「ああ、ここら辺にいた村の女衆が倒れていた場所だ。全員一撃で切り殺されていたんだ」
そんな殺戮の後が残る大通りを進んでいくと集会場が見えてくる。
しかし、二人の眼を奪ったのは無残に破壊された家々だった。
「戦闘の跡でしょうか? どのような戦闘が繰り広げられていたのでしょうか」
「モアは杖術の使い手じゃ、この破壊は襲撃者の仕業じゃろう」
(しかし一撃で人を殺す技と家を破壊するほどの力…………襲撃者は神の力の持ち主か?)
アルダが思案している間にリーレがあたりを見渡していると半分崩れていた他の家とは少し違う一軒の家の扉が開いていた。
「あの家は一体何ですか?」
「ああ、あそこは書庫だ。たしか村長たちが昔、内地から辺境に移住した時持ってきた古い本とかも貯蔵してあるらしい」
「アルダさん。書庫が気になるので少し見に行ってきます」
「私も行こう。少し気になることもあるのでな」
二人は書庫に入る。
半壊している外観とは裏腹に内部は無事なようだった。
「話には聞いていましたが、すごい蔵書ですね」
「昔より本の数は増えているようじゃな。さて、儂は少し調べものがあるがリーレ、お主はどうするのじゃ?」
「この辺の通りの建物は軒並み瓦礫と化していたのに、この建物は原形をとどめていました。それに少し違和感を感じまして……私も少し調べて見ます」
崩れていないとはいえだいぶ揺れたのか、本が床に散らかっている。
二人は散らかっている本を片付けながら書庫の調査を始めた。
リーレは片付けをしながら部屋の奥まで進んでいくと、そこには机と椅子そしてその付近には幾つかの本が机の上に置かれていた。
本の種類は昔の伝承が記されているものだった。
リーレはアルダに声を掛ける。
「アルダさん。奥の机にこのような本が」
「ほう、机の上にこれが……モアは何かを調べていたのだろうか」
「アラン達が通った後に襲撃されたとしたら、もしかしたらここの村長はウロボロスについて調べてたのではないのでしょうか」
「なるほど、あり得る話だ。この本は確かこの棚だったはずだ」
その棚の前で散らばっている本を片付けると、数冊分の空きが生まれた。
「上から本を探したとして残りは数冊か……リーレ、お主は机の上の本を読んでくれぬか? 儂はここの残りであろう本を読む」
「わかりました。何かわかったらお知らせします」
そして二人は各々本で手掛かりを探し始める。
ワイズもまた数日間書斎で調べものをしていた。
「老師、数日間書斎に入りっぱなしです。少し気分転換なさってはいかがですか?」
「その声はベルンか。数日……もうそんなに立っていたのか。分かった、丁度一段落したから少し休憩をとるか」
扉が開き、中から少しやつれたワイズが出てくる。
「ベルン、西の使者たちはどうしている?」
「はい、今は二回目の調査に向かっています。数日分の準備をしていましたから帰ってくるのはまだだと思います」
ワイズに飲み物と水を出す。
「ワイズ老師は何かわかりましたか?」
「ああ、今回の中央の村の事件は七年前のナイトメア事件と似ていると思うのだ。村を壊滅させたのは後にも先にもナイトメアだけじゃ」
「つまり、ナイトメアは生きていて活動を再開したと?」
「現場をよく見なければわからんがの。しかし二体の統率個体の活動、東の魔獣の活性化、動く山、そしてあの日記、嫌な感じがするのう……」
「ではあの三人が帰ってきたら中央の村に行かれますか?」
「そうじゃな、中央の村の書物で調べたいしな」
そういうとワイズはあくびをする。
「少し疲れたな……ベルン、儂は少し寝る。西からの使者が帰ってきたら知らせてくれ」
「わかりました。ではおやすみなさい」
ベルンは扉から出ていき、ワイズは横になり寝息を立て始めた。
本を読み始めて数時間、アルダは一つの記述を見つける。
その本は昔の伝承で辺境についての本だった。
世界を巻くほどの大蛇あり
その大蛇、大層空腹でありあたりの物をすべて喰らう
脆弱なる人、住まう土地も食料もその身も飲まれほとほと困り果てる
神ウォーデン、大蛇の暴行を聞き自らの兵を差し向け大蛇の討伐を命ずる
ウォーデンの動きに気づき大蛇、獣を産み逆に神の兵を喰らおうと企む
第一の獣、母なる大蛇のそばにて来る神の兵を睨む
第二の獣、その身を鋭き剣に変え神の兵の血を吸う
第三の獣、氷の鎧を身にまといその巨体で神の兵に突撃する
さらなる子を引き連れ三体の子らは神の兵と争う
しかし偉大なる神の兵、数多の子を退け二体の獣を切り伏せる
大蛇たまらず南に逃げる
神の兵、大蛇を追うが南に広がる森にて見失う
数多の矢を受け南に逃げるがその傷は深く、大蛇深き眠りに入る
第一の獣、母なる大蛇の目覚めを永久に待つ
その知らせを聞いた神ウォーデン、人々に啓示する
第二の獣、第三の獣が再び生まれる時、母なる大蛇は目覚めるだろう
大蛇の目覚めの時、再び世界を喰らうべく、そして我らへの復讐のためその猛威を振るうだろう
備えよ、奴は世界を喰らいにやってくる
アルダは本を地に落とす
「これは…………」
その音を聞いたリーレが様子を見に来る。
「どうしました? 大きな音が聞こえましたが」
「リーレ、少し出てくる」
アルダは書庫から出て、外で待っていた村人に話しかける。
「どうした、何かわかったのか」
「ああ、もしかしたら辺境だけでなく世界の危機かもしれん」
アルダは息を整え村人に指示をする。
「至急、各村に伝達せよ。亡きモアに代わりこのアルダが村長会議の開催を宣言すると!」