第三十五話 ワイズとベルン
中央の村が壊滅したとの報告に客間にいる者達の間に動揺が走る。
「あの村にはモアがいたはずだが……奴もやられたのか……?」
ワイズが知らせをもたらした村人に問う。
「各村にウロボロスのことを伝えていた者が戻った時には……既に……」
「そうか……」
ワイズはそれを聞き押し黙る。
「あそこの村長は見た感じかなりの使い手だったはずだが……。やられたということは相当な魔獣の数だったのだろうな……」
「いや、それにしてはおかしい。中央の村は辺境の中では北の方に位置しているんだ。もしも大規模な魔獣な進行があったとしたら他の村が気が付かないはずがない……」
ロズの言葉にアランは反論する。
「それじゃあ、ヴァルハラかミズガルズの兵が侵攻してきたということか?」
「どうでしょう……。そこまでは分かりませんが、情報を伝えて来た者が言うには死体には剣で切り裂かれたような跡があったとのことでです」
「剣で切り裂かれたような跡か……」
(普通に考えたら賊か、ヴァルハラかミズガルズの犯行だろうが……)
「南の化け物にニーズヘッグ。さらには中央の村の襲撃とはな……。辺境開拓以来、最大の困難かもしれぬな……」
俺が思案しているとワイズが苦々しそうに口を開く。
「とりあえず、昼から村の者で対策を練らねばならん。すまぬが西からの三人は席を外してくれないか? 決まり次第説明はする」
「わかった。この村の対応に口を出すわけにはいかないからな。ロズ、シド、一旦席をはずそう」
「そうだな、席を外すか」
「まだ聞きたいことはあったが仕方ないか……」
ワイズに席を外すよう言われて俺たちは建物の外に出る。
暫く村の中を歩いているとロズが俺とアランに問う。
「父さんが倒そうとしたニーズヘッグという魔獣、それとワイズが見たという南の化け物……。私は別物とは思えないんだが、二人はどう思う?」
「ギャラルは相当な手練れだった。そのギャラルが覚悟を決めて挑むような相手だもんな……。それが南の化け物だとしてもおかしくはないだろうな」
「俺もそんな気はするよ……」
(夢に出てきた怪物……あれが、ニーズヘッグだとすると赤髪の剣士は誰なんだろうか……。尋常じゃない雰囲気を纏っていたが……)
「おい! どうしたんだよ? そんなに考え込んで」
考え込んでいたらアランに声を掛けられる。
「いや……なんでもない」
「そうか……。それで、提案なんだが俺たちで南の調査をしないか?」
アランは少し心配しそうにしながらも話題を変える。
「南の化け物の調査か?」
「その通り! ロズが気になっていたニーズヘッグと南の化け物かどうか確かめに行ってみないか?」
アランの提案に少し考える。
「……別に行ってもいいが、俺たちはニーズヘッグの情報はほとんどないんだが……確かめられるのか?」
「そうだな、それは私も気になっていたところだ。どうなんだ?」
「うっ……。確かにニーズヘッグの情報は余り知らないな……」
俺とロズの質問にアランは少し焦る。
「け、けどな。知らないなら情報を集めるしかないだろ?」
「確かにそうだな。分からないなら行動に起こすとしよう」
「ロズとアランがそう言うなら、俺に異存はない。行くとしようか!」
「「おう!!」」
俺たちは村の外に向かう。
先ほどの客間では村の主だった面子が集まり協議を行っている。
「中央の村が襲われたのだ! すぐに辺境各地の村に連絡を取り、原因の究明と襲撃したものの殲滅をするべきだ!」
「辺境各地の村と連絡を取るのは賛成だが、この村は南の化け物の脅威も抱えておる。そちらを優先すべきだ!」
中央の村のことを優先すべきか、南の化け物のことを優先すべきかで意見が割れる。
両者の意見は平行線で話が纏まらない。
議論が荒れる中、ワイズは黙って両者を見届ける。
「だから、何度言えば…………」
「そちらこそ、どっちが重要か…………」
加熱した協議の中、両者とも疲れが見える。
「ワイズ老師、貴方はどう考えていますか?」
行き詰まりを感じた村長がワイズに意見を求める。
「そうじゃの……。儂は中央の村が襲われた原因を調査すべきだと思う」
「何故ですか! 老師! 南の化け物の脅威は貴方も見たでしょう!」
先ほど、南の化け物の対処をすべきと意見していた者がワイズに詰め寄る。
「確かに、あの化け物は尋常ではない。しかし、儂にはあの化け物はまだ我らを襲ってくるとは思えんのだよ」
「あの化け物のせいで調査隊の数人が死んだんですよ!」
「確かにその通りだが、あの化け物は我らを視界に捉えていたとは思えん。あれ程の巨体じゃからな……。恐らく、偶々巻き込まれてしまったのだろう……。あの化け物はいずれ我らに牙を剥くだろうが、それは今ではない」
「ッツ……。し、しかし……」
尚も言い募ろうとするが……
「あくまでも儂の意見じゃよ。実際はあの化け物がすぐにでもこの村を襲うかもしれんからのう」
そう言ってワイズは村長に目配せする。
それに村長は頷き口を開く。
「では、ここらで表決をとりましょう」
その言葉に多くの者が頷き、先ほど言い募っていた者も仕方なく頷く。
「では、南の化け物の対処を優先的に行うべきと思うものは挙手を」
先ほど言い募っていた者と僅かに数名が手を挙げる。
「では、中央の村の襲撃の調査、対応を優先すべきと思うものは挙手を」
先ほど挙手した者以外の全て、協議に参加した者の大多数が手を挙げる。
「この村は他の村と協力して、中央の村の襲撃の対応と調査を行うということで……。早速、各村に使いを送りましょう」
村長の言葉に参加者は頷き、行動に移る。
参加者の多くが客間から出て行った後に残ったのはワイズと村長、先ほどワイズに言い募っていた者だった。
「老師、村長……手遅れになるかもしれませんよ?」
「お主……いや、ベルンよ。お前は兄とともに調査隊に参加したから、あの脅威をより実感したのだろう。しかしな、あれ程の化け物は我ら東側だけでは対処はできぬ。あの化け物を討伐するなら西側の援軍が必要だろう。だが、中央の村が襲撃された現状では西側から援軍を呼ぶこと等できぬのだ」
協議中の突き放す様な言い方とは打って変わって、諭すように説明する。
「ですが……西側から来た使者を使えば連絡は取れるのでは?」
ワイズに言い募っていた男、ベルンはまだ納得がいかないのかさらに問う。
「連絡が取れる、取れないではないのだ。西側と東側を繋ぐ道中にある中央の村が襲撃されて、危険が伴う状況で西側は援軍を送ることはしないだろう。そればかりではなく無理難題を言ったと西側との関係が拗れる可能性すらある。そうならない為にまずは、中央の村の一件を済まさねばならんのだ。分かったな?」
「老師、そこまで考えていたのなら私は何も言いません。南の化け物の脅威を見て、冷静さを欠いてた様です。では、失礼します」
そういって、ベルンも客間を退出していった。
「流石ですな、ワイズ老師。しかし、予断を許さぬ状況になってしまいましたな……」
「そうじゃのう……。しかし、西側の使者達は役に立ってくれそうじゃ。今頃、南の化け物の調査でも行っておるだろう」
「ふむ、どうしてそう考えたのですか?」
ワイズのシド達の行動を予想した発言に村長は根拠を尋ねる。
「簡単じゃよ。あの娘はギャラルの手記に出てくるニーズヘッグが気になって仕方ないだろう。それにアランと言った小僧は娘が気になるニーズヘッグの情報を集めたい、もう一人の小僧は何故か分らんがピンときた物があるのかそれを確かめたいと考えておるはずだ。そこにそれに関係しそうな南に現れた化け物の情報、調査に行かないはずがないだろう?」
ワイズは少し人の悪そうな笑みを浮かべる。
「彼らとの会話の中、そう誘導したのですか? 悪いお方だ……」
それを聞き村長は苦笑する。
「流石に、そこまでやっておらん。ただ、後から考えるとうまい具合に転んだということじゃよ」
そういうとワイズは立ち上がり客間から出ていこうとする。
「もう行くのですか?」
「うむ。何か、見落としているような気がしてな……書斎で調べてみようと思ってな」
「なるほど、何か分かったら教えてください」
「うむ、分かった」
ワイズは書斎に向かう。
(剣で切り裂かれたような跡……村が壊滅……。この二つの言葉をどこかで聞いたような気がするのだがな……確かめなばならん……)
「魔獣が大量発生している訳でもないと……」
ある程度、南の方まで来たが魔獣の数は多いとは言えない。
「もっと、南か……。余り奥に進むと今日中に村に帰れなくなりそうだな」
ワイズの村から少し南に進むと森が広がっていた。その森を歩き進めているが果てが見えない森に憂鬱な気分になっていく。
「ここらで一旦、休憩にするか……」
アランの言葉でそれぞれ休憩をとる。
アランが少し先を確かめると言って先に進んでいく。
「……この森は何かおかしい。西側の南の森とはまるで違う、人を呑みこまんとする気配のようなものを感じる……」
「ロズもそう思うか……。今日は早めに切り上げたほうがいいかもな」
二人で話していると、アランが戻ってくる。
「はぁ、はぁ、ふぅー。ここから少し進むと傾斜が強くなっている。恐らく山になってるんだろう」
走って戻ってきたのか、息を乱しながら説明してくれる。
「一回、村に戻ってワイズとかに現場の場所を聞かないか?」
「私もそう思う。今日は切り上げて、また明日調査に出よう」
俺とロズの言葉にアランは少し考える。
「…………そうだなぁ。よし! 今日のところは村に戻るか。南の雰囲気が知れただけでも良しとしよう」
休憩を済ました俺たちは、荷物を背負い来た道を戻る。
一度通ったからか行きより時間はかからず森を出ることが出来た。