第三十話 東西の境
水辺で水分を補給し充分の睡眠をとった俺達は中央の村に到着した。
「ここが中央の村。辺境に初めてできた村なだけあって大きさなら―――」
「けど人は少ないんだ。開拓をするために大勢が奥の村に向かったりと色々あるんだが、一番の理由は戦場が近すぎるんだ……」
「ヴァルハラとミズガルズのか」
「ああ、辺境には戦争から逃れるためだという人が結構いる。だからこの村に新顔は入らないらしい」
アランの説明どおり中央の村はその大きさに反して人が見えない。
そんな無人の廃墟のような大通りを歩いていくと前方から人の声が聞こえてきた。
「ガキどもがこの村になんのようだ」
声がした方に顔を向けると大柄の男が剣を持って立っていた。
「アラン、この村には人はいないんだろう? つまりこいつは賊か?」
「シド、少し落ち着け。何も無人とは言っていないだろ」
俺を制止したアランは男に向き直り、懐からアルハンとアルダから渡されていた紙を取り出した。
「俺達は東のアルハンとアルダの使いだ。これを見ればわかるだろう!」
男はアランが持つ紙をよく見ると剣を鞘にしまった。
「……確かにその紋章はアルハンとアルダのものだ。いいだろうついてこい」
男はを踵を返し歩き始める男についていくと、大きな建物の前に着いた。
「ここだ。入れ」
「ここは?」
「中央の村の集会場だ。ここにこの村の村長がいる」
中には数人の男と村長と思われる老人が座っていた。
「村長、客だ。アルハンとアルダの使いらしい」
「ほう、アルダか。ハハハ、懐かしい名だ……茶を出してやれ」
老人は少し笑い俺達を見る。
「おっと挨拶がまだだったな、東からの使者よ。我が名はモア。お主らの知るアルダと共にこの辺境を開拓したものだ」
集会場というだけあって大きいテーブルがあったがモア達が囲っていたは一般的な大きさのテーブルだった。
男の一人に促され席に着く。
「俺はアラン。レーネの村長の息子だ。そして隣にいる男がシド、女がロズだ」
「おお、アルハンの。聞いてはいたが会ったことはないな。そしてロズ……例の狂犬か。お主らはどこに向かっているのだ」
「西の奥、ワイズの所に向かっている。そいつに聞きたいことがあるのだ」
モアの質問にロズが答える。
「ワイズの元か。確かに奴は辺境で最も知恵のある者だ」
その答えを聞きモアが頷く。
「実はそれだけではないんだ。レーネ、東、南の村は統率個体と衝突した」
そのアランの言葉を聞き、その場の空気が一変した。
「落ち着け、皆の衆」
その空気をモアが制す。
「アランといったか。聞かせてもらおうか、その話を」
俺達は東の村のエイジにしたようにウロボロスについて、どう倒したのかを説明した。
それを聞いたモアは一息つき冷めてしまった茶をすする。
「統率個体……ウロボロスか。大変だったようだな」
「まあな、結構厄介だったよ」
「うむ、その情報は各村々に伝えるべき情報のようだな」
「できるのか?」
モアの言葉に俺は質問する。
「この中央の村は緊急時の村長会議の会場、万が一のため辺境の村々の最終防戦、そして各村々に情報を伝える中継地点、それが今のこの村の役目なのだ」
そう俺に答えると周囲の男たちに指示を出す。
「こ奴らが寄らない村にこのことを伝えよ。場合によっては村長会議が行われるかもしれぬ」
「お主たちはこの村に好きに滞在するがよい。しかし少しばかり忙しくなった。あまり相手はできん」
そういわれ、追い出されるように集会場から出る。
「これからどうする?」
ロズの問いに一同空を仰ぐ。
「……せっかくだから、見て回るか」
「そうだな……」
とりあえず方針が決まった。
中央の村の集会場付近には人が住んでいて、民家のほかにもいろいろな蔵書がしまわれている書庫や小さいながらも畑等もあり、大きな廃墟の中にある小さな村のような印象を受けた。
「昔は沢山の人が暮らしていたんだろうな」
「なんたってこの村から辺境の村々に分かれていったんだからな」
「特にめぼしい物が無いのなら行かないか? 次の村は比較的近くだし、今から出たら夜になる前にたどり着くと思うが」
「確かにもうここにいる必要もないかな。俺はいいと思う」
ロズの提案にアランも同意のようだ。
「俺も大丈夫だ」
こうして俺達は中央の村を早々に出発し、ミズガルズ連邦に面している辺境の西側に歩を進める。
シドたちが中央の村から出発してしばらくたったころ、モアは書庫で本をあさっていた。
「七年前に現れたものとは違う二体目の統率個体……確かここで見た覚えが…………」
モアが書庫で出した本をしまいつつ、伸びをする。
「ん? 急に暗くなってくるとは、雨が降るかもしれぬな」
先ほどまでカンカン照りだった太陽の光が弱くなり、書庫が真っ暗になる。
モアは書庫に備わっているろうそくに火をつける。
「こっ、これは!」
そしてその異常事態に気づく。
空気中に黒い粒子が充満し、日光そしてろうそくの灯りさえも遮っていた。
キャアアア
外から悲鳴が上がる。
モアは壁に立てかけていた杖を手に取り、書庫の外に飛び出す。
「……なるほど、これが黒い霧か」
そこにはこの中央の村に住み、情報を各村に伝えに行っている男性たちを待つ女性たちが道に転がっていた。
そしてまるで甲冑をまとっているような大柄の人影がゆっくり歩いてくる。
(男衆は皆、情報を伝えに行っている。もはやここには儂一人か…………しかし!)
「この村の者を手にかけた罪、死をもって償うがいい!」
モアは杖を構え鎧に挑む。
鎧はそれを見ると右手の籠手の部分が肥大化し、別の形に変形してゆく。
「ヘ……イ…………ム」
その右手は大剣を形どっていた…………。