第二話 聖都からの旅立ち
その次の日、俺は馬屋に向かっていた。
鬱陶しいくらいの陽射しを背に受けながら、見事な黒毛を蓄えている馬に話しかける。
「おいグラニ、よく眠れたか? 今日から長旅だぞ」
ブルルとグラニが嬉しそうに鳴く。
「気楽なもんだなお前は、俺は昨日から憂鬱だよ……」
城門に付くと俺の護衛が駆け寄る。
「シド・オリジン様! お待ちしておりました、私たちが今回の巡礼の護衛の任を受けました」
エインヘリアルの見習い兵が元気に話しかけてくる。
「よろしく頼む。あとあまり俺に話しかけていると、貴族連中に目を付けられるぞ」
「そんな……尊き神の血を受け継ぐ、オリジン家のお方にそんな失礼なこと、できませんよ!」
そう真摯に訴えかけてくる彼らは、きっと知らないのだ。
城の中ではいてもいなくても、いや貴族や神官共が俺のことを邪魔だと思っていることを……
出発の時刻が近づき、昨日の貴族が城門に現れる。
「シド様、出発のお時間です。聖女様はご多忙ゆえに私がお見送りに参りました」
華美すぎる装飾をガチャガチャと鳴らしながらのご挨拶にはうんざりする。
「フン、出発するぞ」
貴族のイヤミったらしい言葉を無視し、俺はグラニの歩を進める。
こうして俺は僅かの護衛と共に巡礼という名の厄介払いに出発した。
しばらく道を進めると護衛の一人が話しかけてきた。
「シド様は聖女様の兄ですが、シド様から見て聖女様はどのようなおかたですか?」
「ん……ああ、神様のような奴だよ。政務も軍事も完璧にこなし、民からの支持も盤石だからな」
それに比べたら俺なんか……。
「そんなことをきいてどうしたんだ?」
「いえ、私エインヘリアルに所属する前は平民でした。幸運なことにワルキューレ様に見いだされてエインヘリアルに入団できました。」
「しかし元々平民ですから、遠くからしか聖女様の姿を見たことがないんです。」
護衛の一人がはにかみながら続ける。
「一人前のエインヘリアルになれば、聖女様のもとで戦えるのですがなかなか難しくて……」
「そうか、エインヘリアルの入団条件は、ワルキューレに認めらることだったな」
ワルキューレ、ゲッテルデメルングにおいて神々側の数少ない生き残り。
その後、神国ヴァルハラに所属しエインヘリアルの団長を任されているらしい。
「この巡礼が終わったら、正式のエインヘリアルとなるための試練があるんです。その試練を乗り越えれば私でも直に聖女様と会えるんです!」
「そうか、試練がんばれよ」
「はい、頑張ります!」
俺の言葉に彼は笑顔で答えた。
会話を弾ませながら、巡礼する村の一つが見えてきた。
「よくお越しくださいました、シド様。村人一同歓迎いたします」
入り口で村長の歓迎を受けながら村に入る
「毎回お疲れ様です。シド様が来てくださることで、我ら聖女様の威光を感じられます」
「いえ、これが仕事ですから」
俺の心中などまるで知らない村長が話を続ける。
老人特有な長話は、傾きかけていた陽が黄昏るまで続いた。
「聖女様のおかげで……」
「申し訳ない。明日も早くに出立しなければならないので、早めに休ませてください」
村長の話を切り上げ用意された宿屋で横になる。
これだから巡礼は嫌なんだ。
行く村行く村、聖女様聖女様聖女様、本人は俺のことを見ていないのに「聖女」は俺に付きまとう。
いつもより数倍憂鬱な夜だった。
閉じた瞼には、今日一日のこと、そして聖女の姿が焼き付いて離れない。
そうして余り寝付けないまま、またいつもの朝を迎える。
俺は護衛と共に日が昇るより前に村を出立することにした。
一つ目の村が終わりすでに精神的疲労を感じていた。
まだ、巡礼が始まったばかりだと言うのに。
残りの巡礼に気が滅入っていながらも、俺はこのまま巡礼を終え、城に帰っても妹の影で生きていくと、そう思っていた。
グラニが異常を知らせるまでは……。