第二十五話 旅立ちの日
金属と金属がぶつかり鳴るけたたましい音が響く。
あまりのうるささに飛び起きる。
「起きたか! シド、今日から旅に出るんだぞ!」
「ん……ああ、そうだな。それはそうとアラン、なんでお前まで旅支度しているんだ?」
既に旅装に着変えているアランに尋ねる。
「ん、ああ。ついていくからに決まってるだろ! ほら飯食って出発だ!」
「まあ、アランがついてきてくれれば頼もしいから助かるが……」
まだ日も完全に登り切っていない中アランに連れられ居間につく。
「シドさん、朝食の準備できていますよ」
「ああ、頂くよ」
既にロズやアランは食事を済ませていたみたいだった。
ふとリーレを見ると旅装ではなかった。
「リーレは来ないのか?」
「はい、オーグが重症を負ってしまったので明日には東の村に戻って村長代理の仕事をしなければならないので」
そういえばリーレは村長補佐だったな……。
「そうか、今日でお別れか。けど今世の別れではないしまた会おう」
「そうですね、東の村にも寄るんでしょう?」
確かに東の村は道中だったな。
「ああ、余裕があれば行ってみるよ」
リーレと少し話して食事を終え旅支度に入る。
生活品などを荷物にまとめる。
「旅に大斧は向かないな……剣を持っていくか……」
壁に立てかけている剣と大斧を見比べる。
「確かに、荷物を持ってさらに大斧を背負うのは旅には向かないな。けどお前にはグラニがあるだろ、荷物はグラニに載せて大斧を背負えばいい」
いつの間にかロズが部屋に入っていた。
「確かに、そうだな。グラニには負担をかけるがそれがいいかもな」
大斧を背負い剣を腰に差す。
「じゃあ、俺は荷物をグラニに載せてくるよ」
「わかった、私たちも準備は出来ているからアランを呼んでくる」
「分かった」
俺はロズと別れてグラニのもとに向かう。
「グラニ、この荷物頼んだぞ」
グラニに食料などを積んでロズとアランを待つ。
「シド、待ったか?」
「いや、待っていないさ」
アランが来て出発の準備は整った。
旅の確認を三人でしているとリーレが家から出てきた。
「アラン、ロズ、シドさん、いってらっしゃい」
「「「ああ、行ってくる!」」」
リーレに見送られ三人で村を出発する。
俺はグラニを引き、アランとロズは周囲の警戒をしながら進む。
「ここらへんは魔獣は少ないとはいえ全く出ないわけではないからな、慎重に進むぞ」
「そうだな、注意して進もう」
「南の森でのウロボロス遭遇みたいなのもあったからな、油断は禁物だぜ」
ロズの注意喚起に俺とアランは同意して進む。
「それにしても、アラン。復興作業は良かったのか?」
「俺も最初は村長の息子として手伝おうと思っていたんだが、親父に少し外の世界も見て来いって言われてな」
「アランは村からの遠出は初めてなのか?」
「そうだな、南や東の村近辺までしか行ったことないんだ。今日が初めての遠出になるからよ、旅慣れた二人には期待しているぜ!」
そういえば俺は旅をしているって思われていたんだったな……。
「私は一人旅は慣れているが数人での旅はこれが初めてだな。シドはどうなんだ?」
「俺は仲間と旅をしていたんだがな……。はぐれてしまってレーネに着いたんだ」
俺のために死んだ護衛達を思い出して顔をしかめる。
「そうだったのか、中央の方は旅には厳しいらしいからな」
俺の表情を見てアランは何かを察したのかそれ以上この話題を振ってこなかった。
暫く無言で歩みを進める。
「そういえば、俺は魔獣の生態をよく知らないんだが教えてくれないか?」
俺は自分で作った雰囲気に気まずくなって話を振る。
「辺境に住んでいるものも詳しくは知らないんだが魔獣は子を成さず南の方から押し寄せて来るってことが特徴だな」
ロズも空気を読んで答えてくれる。
「子を成さないのか? じゃあ、どうやって増えているんだ?」
「俺もよく知らないんだが南からどんどん沸いてくるんだよ、だから辺境は南に行けば行くほど危険度が増すんだ」
ロズに続けて質問するとアランが話に入ってきて答えてくれた。
「子を成さないっていうのも実際に詳しく調査したわけではないから不確かな情報だが、昔からそう言われているからな」
「魔獣はやっぱり謎が多いな、そこらへんもワイズに会えば教えてくれるかもしれないな」
俺たちは雑談しながらも周囲を警戒を続ける。
太陽も中天から陽光を照り付けて来る頃、少し離れたところの茂みが揺れる。
「ん……、そろそろ飯にしようと思っていたがあれを処理してからにしよう」
ロズがいち早く気づき俺たちに伝える。
「分かった、狩りの後に食事は余りしたくなかったが仕方ないな」
俺もそう言って大斧を構える。
「シド! 私についてこい。アランはグラニと荷物を見といてくれ。私たちで対処する」
「分かった、俺はまだ本調子じゃないからな。シドとロズに任せるぜ!」
「ああ、任せろ!」
俺とロズは茂みに向かって駆ける。
俺たちの接近に気づいたのか一匹の熊が茂みから飛び出す。
「魔獣……ではないな……。けどここは村も近い悪いが狩るぞ!」
「熊は手負いで逃がすとまずいらしいな。俺は後ろに回る! ロズは俺の方に誘導してくれ! 大斧で仕留める!」
「分かった!」
俺は熊の後ろに回る。
ロズは勢いをつけて熊に迫る。
「はああああああああああああ!!!!」
ロズの気迫の声に驚いた熊は後方に逃げ出す。
迫ってくる熊に俺は大斧を振り上げる。
「悪いな、けど村のために死んでくれ」
間合いに入った熊に大斧を振り下ろす。
「うぉおおおおおおお!!!!」
熊の顔面に大斧がぶつかり鮮血が飛び散る。
しかし熊も頑丈な獣だ、大斧を受けながらもこちらに飛びかかる。
俺は大斧から手を放し腰の剣を抜く。
「グルゥアアアアアアアアアアア」
怒りの咆哮を上げながら爪を俺に向けて振り下ろしてくる。
横に飛び退き爪を交わす。
体勢を崩しながらも剣を振るい後ろ足を切りさく。
「グギャァアアアアア」
悲鳴を上げる熊にさらに一閃。
熊はその場に倒れこむ。
俺は剣を捨て熊の頭に刺さっている大斧引き抜く。
そして最後に首元に大斧を振り下ろし熊の首を落とす。
頭を失った熊は沈黙した。
「シド、立ち回りも剣筋も大分良くなったな」
ロズが近づいてきて手を伸ばす。
「おかげさまでな。あの日から毎日鍛錬しているんだ」
俺はロズの手をつかんで立ち上がる。
「この熊の死体はどうするんだ?」
「他の獣が寄ってこないように燃やす」
俺たちは熊の死体を処理してアランのところに戻った。
「シド、熊を一人で狩るなんて大したもんじゃないか!」
「一人と言ってもロズのおかげ浮足立っているところを仕留めたから、半分ロズのおかげさ」
「偶には素直に喜んでもいいんだぞ~! シドは謙遜しすぎるからなー」
「そうかもしれないな……」
アランの言葉に思うところはある。出来過ぎた妹を持つ兄として育った俺は少し卑屈なところがあった、最近は大分改善したと思っていたんだが……。
「シド、アラン、食事の準備をするぞ」
俺とアランで喋っているとロズがグラニの積み荷から食材を出しながら声をかけて来る。
「分かった」
「料理は俺に任せろ!」
俺とアランも食事の準備を始める。
アランの手によって旅先にしては豪勢な昼飯になる。
「サンドイッチに串焼きか、美味しそうだな」
「まあ、串焼きも燻製肉だけどな。でもそう言ってくれると嬉しいぜ!」
俺の呟きをアランが拾って答える。
「二人ともさっさと食べるぞ。夕方までには東の村に着きたいからな」
「分かった。よし、いただきます」
「「いただきます」」
「燻製肉が美味いな! レーネで作ったものなのか?」
「ああ、保存用にたくさんつくっているから分けてもらったんだ」
「確かに美味しいな、私は今まで獣を狩ってその場で焼いて食べていたからな……」
「ワイルドだな……」
三人で談笑しながら食事を済ませる。
グラニにも餌をやり出発する。
「よし、行くぞ!」
「ああ、行くか」
「分かった」
アランが先頭に立ち、俺が真ん中で、ロズが後ろにそれぞれ警戒しながら東に進む。
まだ日は高い。
夕方までには東の村に着きそうだな……。