第二十四話 七年前とこれから
家ではロズが剣の素振りをしていた。
「よお、ロズ」
「シドか、昨日は情けない姿を見せたな。お前は……難しい顔をしているな」
アルダとの会話のことを考えていたのが顔に出てしまっていたらしい。
「気にするな。それで昨日渡されたあの本は読んでみたのか?」
慌てて話題を変える。
「実は…………初めて見る字で書かれていたから読めなかったんだ」
「そうなのか……少し見せてもらえないか?」
「別にいいが……読めるのか?」
ロズから形見の本を受け取り、開いてみる。
その文字に見覚えがあった。
かつて城にいたとき眺めていた本の一つにこの文字が使われていたはずだ。
(あの本は確か剣術についての本だったな……)
うる覚えの記憶で解読を試みるがどうにもうまくいかない。
(兄弟……嫉妬……羨望……剣技……旅……?)
おそらく日記のように感じる。
パラパラとページをめくる。
途中で文字の筆跡が変わる。
もしかしたら先ほどまでとは違う人が書いているのかもしれない。
先ほどより落ち着いた印象を受ける文字だった。
最後に差し掛かるとまた文字の感じが変わる。
書きなぐられているような雑な文字がそこにつづられていた。
そして最後のページを開く。
そこには前のページとは違い丁寧な文字の文がつづられている。
(お……う……に……へ……ぐ)
残念だが俺じゃ解読は無理だろう。
「どうだ、何が書いてあるのかわかったか?」
「悪いが俺には翻訳できそうにない。ただ誰かの日記だと思う」
持っている本を閉じ、ロズに返す。
「アルハンやアルダだったらわかるかもな。聞いた方がいいと思うぞ」
俺もこの本に興味がわいてきていた。
「そうだな……後で相談することにしよう」
ロズが本をしまう。
「ところでシドはこれから何をするんだ?」
素振りに使っていた剣をしまいながら質問してきた。
「そうだな、昼食ついでにアラン達のお見舞いに行こうと思っている」
「私も同行していいか?」
「別に構わないが」
こうして俺達はパン片手にアラン達のお見舞いに向かった。
「シド~~すっごい暇だったぞ!」
「暇って、体の痛みはもうないのか?」
「もう全然。平気だって言っているのにまだダメだってベッドから降りるのを許可してくれないんだ」
そうベッドに座って愚痴をこぼすアラン、ずいぶんと元気そうだった。
「アラン少し黙っていてください」
リーレがアランを黙らしロズに向き合う。
「…………こんにちは、ロズ」
「? ああ、あんたとは確かウロボロスと一緒に戦ったな」
「……はい、私の名前はリーレです」
「リーレか、私の名前は知っているようだな。改めて、初めましてか」
ロズの言葉にリーレは目を伏せる。
「……………………はい。こんにちは」
リーレの反応の意味が分からずロズは狼狽する。
「……そうだロズ、アランとリーレに水を持ってきてくれないか。その辺の大人に言えば持ってきてくれると思うから」
「ああ、分かった」
ロズがこの場を離れたところでアランが口を開いた。
「大丈夫か、リーレ」
「……ええ。分かっていたことですから」
リーレが顔を上げる。
「ご心配をお掛けましたシドさん、アラン。もう大丈夫です」
その眼には決意をがこもっているように感じた。
「待たせたな」
「ロズ!」
リーレの突然の大声にロズの動きが止まる。
リーレから差し伸べられた手に困惑しながらもロズはその手を取った。
「さっきはごめんなさい。これからもよろしく」
それから元気になったリーレとそんなリ-レに困惑しているロズと四人で少し話をした。
最後の方にはリーレも落ち着いてロズと打ち解けていた。
「じゃあ俺達はこれで」
「ああ、また来いよー」
お見舞いを終えた俺達はアルハンのいる家に向かった。
「アルハン、居るか」
ロズのノックでアルハンが出てきた。
「ロズとシドか、何の用じゃ」
「ギャラルの本が読めないんだ」
「読めない?」
本につづられている文字が読めなくて困っていることを伝えた。
「なるほど。少し見せてもらってもいいかな?」
アルハンがギャラルの本を開き中身を見る。
「う~~~ん」
そしてうなり始めてしまった。
「どうしたアルハン」
「おお、アルダ。あなたはこの文字を読めますか?」
戻ってくるのが遅いと感じ様子を見に来たアルダにギャラルの本が渡る。
「…………儂には読めん」
俺とロズがため息をつこうとしたときアルダが話を続ける。
「しかし読めるであろう人物に心当たりがある」
「…………あ」
アルダの言葉にアルハンも思い当たることがあるようだ。
「ワイズ……この辺境の開拓を一番初めに行った儂の同士であり、辺境一の賢者じゃ」
「そうじゃな。あの人なら解読できるかもしれん」
「ワイズ……そいつはどこにいるんだ」
ロズの言葉に少しの沈黙の後、アルダが口を開く。
「ここから遥か東。ミズガルズ連邦側の辺境で儂と同じように魔獣との戦いの最前線の村の村長をしているはずだ」
「そうじゃな、ウロボロスのことは辺境全体で共有しておきたい。お前たちワイズに会いたいか?」
「そうだな。この本に書いてあることはぜひ知りたいと思っている」
「俺も気になるな」
ロズと俺の返事を聞きアルハンとアルダが顔を見合わせ頷く。
「では後日、ワイズのもとに行ってもらうこととする。二人共準備しておくように」
俺達はアルハンに預けていたグラニと共に家に向かっていた。
「良かったな。本の解読ができそうで」
「ああ、やはり父が残したものだ。すごい気になる」
(しかし後半の文字の荒れようは異常だった……いったい何があったのだろうか」
午前中のアルダの忠告とギャラルの本のことで少し頭が痛くしながら歩いていく。
家につきグラニを繋ぎ家に入る。
家の中に気配を感じる。
すごい既視感を感じながらロズと共に部屋にはいる。
「おーシドおかえり」
「さっきぶりですね。シドさん」
そこにはアランとリーレが鍋を囲いながら俺達を待っていたようだ。
「…………なんでいるんだ」
「あまりにも暇だったもんで」
「抜け出してきちゃいました」
沈黙が流れる。
「まあまあ、二人共そんなところで立っていないで」
「もう食べごろですよ」
「シド、速く座れ」
いつの間にかロズも鍋を囲み俺に視線を向けていた。
「…………まあいいや」
俺は考えるのをやめて着席する。
四人で囲った鍋はうまかった。
「全員布団は敷いたかー」
昔はギャラル、レナ、ロズ、リーレが住んでいたこともあり、倉庫の奥にしまってあった布団を引っ張り出して敷いた。
「じゃあ、灯りを消すぞー」
アランが灯りを消し、部屋が暗闇に包まれる。
今日の日中いろいろなことがあった。
だが仲間たちと一緒に飯を食ったら、少し気持ちが楽になった。
(ありがとう)
知ってか知らずかこの家に押しかけてきてくれた仲間たちに心の中でお礼をいってまぶたを閉じた。