第二十一話 沈黙と夜明け
気づいたら雨は止んでいた。
ロズの一撃でウロボロスは体勢を崩している。
「ふむ、流石にこれではやられないか」
「だが分かったことがある。恐らくウロボロスの腹には氷の鎧がない」
「氷の鎧……。こいつが纏っている氷か。確かに腹部にはないな」
穴の中に倒れていたウロボロスが体を持ち上げる。
「悠長に話していられないみたいだな。俺が攪乱するからロズは隙を見て攻撃してくれ!」
「任せろ!」
俺は鎌首をもたげたウロボロスの眼下を走り抜ける。
「こっちだ! 化け物め!」
俺を視界にとらえたウロボロスは体を滑らせながら近づいてくる。
やはりというか氷を張った地面を進むウロボロスのほうが俺より速い。
追いつかれそうになるところで俺は体の向きを無理やり変える。
体を反転させて俺はウロボロスのすぐ横をすれ違う。
俺の咄嗟の行動にウロボロスも向きを変えようとするが上手くいかないみたいだ。
「今だ! ロズ!」
「分かった!」
俺が叫ぶとグラニに乗ったロズがウロボロスに接近して長剣を突き立てる。
「腹じゃないと刺さらないか!」
ロズは悪態をつきながらグラニに向きを変えさせて距離をとる。
「グルゥアアアアアアアアアアア!!!」
ロズの攻撃を受けたウロボロスは怒りの咆哮をあげる。
「二人じゃ手数が足りないな……」
距離を取りながら呟く。
「シド! 俺たちを忘れんなよ!」
「シドさん、遅れました」
俺の呟きを拾ったのはいつの間にか近くまで来ていたアランとリーレだった。
「アラン! リーレ! ウロボロスの攻撃を受けたみたいだけど大丈夫だったのか?」
「まあな、なんとか直撃は避けたんだが余波で暫く動けなかったんだ」
「私も大体同じです」
バキバキベキベキ!!!
俺が二人と話している間にウロボロスは木々をなぎ倒しながら距離を詰めていた。
「おい! 三人とも! ゆっくり話している場合じゃないぞ!」
「すまん! けど少し聞いてくれ! 恐らく目をつぶされたウロボロスは温度で敵を識別していると思うんだ。火を焚いて攪乱できないか?」
俺はウロボロスから距離を取りながら話をする。
「確かに、三つとも目は潰したのに俺たちを正確に攻撃してきたな……」
「試す価値はありそうだ」
アランとロズは同意を示す。
「はあ、山火事でも起こすつもりですか……。でも化け物退治には有効そうですね」
リーレも渋々ながら承知する。
「しかし、火をとってくるまでウロボロスを足止めしていなければならないな……」
「俺が取ってくる。すまないが皆はウロボロスの足止めをしていてくれ」
「分かった、シド。急いでくれよ!」
アランが同意を示すと二人もうなずく。
「急いで取ってくる! それまで頼んだ!」
俺はそう言って村の方へ駆け出す。
村の近くまで来ると多くの負傷者が並べられ手当を受けているのが目に入る。
戦闘で意識していなかったがやはり被害は大きいようだ。
俺はそこを通りすぎ村の人に松明を貰う。
「シドか」
急いでアラン達のとこに戻ろうとしていると声を掛けられる。
俺は声の方に振り向く。
「オーグか……」
体に大きな傷を受けたオーグは横になりながら言葉を続ける。
「化け物はどうした……」
「まだ戦っている」
「そうか……お前も戦いに行くんだろうな」
「ああ、アラン達が待っている」
僅かな沈黙が流れる。
「……これを持っていけ」
「それは……。お前の大斧じゃないか!」
「俺が見る限りお前は力に頼った戦い方をするからな」
「直そうとしているんだがな……」
「直す必要はねえよ。お前には力があるんだ、それを活かして戦え。……ぐッ……!」
「大丈夫か!?」
俺が心配して声を掛けるがオーグは無視して言葉を続ける。
「俺はもう戦えねえ。そして、この大斧を使えるのはお前だけだ。間抜けな戦い方をしたら俺が許さねえ! 勝って戻ってこい!」
オーグは苦しそうにしながら大声で激励する。
「ああ……分かった。任せろ! オーグ!」
俺はそう言ってオーグの大斧を持つ。
初めて持つとは思えないほどその重さが手になじむ。
「これはお前に貸してやる。必ずお前が返しに来い」
俺は手を振ってオーグに答える。
大斧を右手に松明を左手に持ちアラン達の元に急ぐ。
「死ぬんじゃねえぞシド……」
「悪い! 遅れた!」
「遅いぞ、シド! ん……それは……」
「オーグに借りたんだ。絶対に勝てよってな!」
「そうだな、勝つぞ!」
俺はウロボロスに向けて松明を振る。
「こっちだ! 化け物!」
「グゥオオオオオオオ!!」
ウロボロスは雄叫びを上げながらこちらに向かってくる。
「アラン! そっちに投げるから受け取れ!」
「おう、まじか! まあ、任せろ!」
俺がアランに松明を投げるとウロボロスはアランの方に向きを変える。
「やはりな、ウロボロスは温度が高い物に反応する。アランとリーレで松明を使ってウロボロスを攪乱してくれ!」
「ああ、分かった! ロズとシド! 攻撃は任せたぞ!」
「任せろ!」
アランとリーレが松明を上手く使いウロボロスを攪乱する。
「行くぞ! ロズ!」
「ああ、しかし腹以外は氷の鎧で包まれているんだ。どうするんだ?」
「一か所を集中的に攻撃して鎧を剥がす!」
「まあ、やってみるか」
俺とロズでウロボロスの隙をつき代わる代わる攻撃を加える。
「うらぁあああああ!」
俺は大斧を氷の鎧に叩きつける。
硬い。
一度距離をとりまた先ほど攻撃を当てた場所に大斧を叩きつける。
ロズも加わり、一か所を狙う。
「グギャァアアアアア!!」
俺とロズが氷の鎧を削っていくのに気付いたウロボロスは身をよじる。
「チッ、距離をとるぞ!」
その後も何度も攻撃を加えるが致命傷は与えられない。
「はぁはぁ、きついな……」
ウロボロスも疲弊してきたがそれ以上に俺たちの疲労が大きい。
この状況を打開する……なにか……ないのか?
思い出す。
今までも何回かあった。
朧げな記憶。
かつてレーネの近くで魔獣を両断した時。
以前ウロボロスと邂逅した時。
俺に流れる神の血。
無意識に振るっていた神力を意識して振るう!
「うらぁあああああああああああああ!!」
大斧を肩に担ぎウロボロスに向かって駆け出す。
「おい! シド! どうした!?」
俺はアランの声を無視してさらに加速する。
ウロボロスは俺の方に向きを変える。
俺はもっと加速する。
「速い……」
もっと速く!
「うぉおおおおおおお!!!!」
飛び上がる!
大斧を振り上げる。
腕に神力を込める。
ウロボロスに向けて大斧を振り下ろす!
「グギャァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
ウロボロスが絶叫する。
まだだ、まだ。
大斧を叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
叩きつける。
叩きつける!
叩きつける!
叩きつける!
「うぉおおおおおおお!!!!」
まだ死なない。
まだ死なない。
まだ死なないのか!
早く死んでくれ。
早く死んでくれ。
早く死んでくれ!!
ありったけの神力をウロボロスにぶつける。
「シドを援護する」
ロズの言葉に二人が同意する。
「でもどうやって援護するんだ?」
ロズは少し思案する。
「今のウロボロスはシドにかかりきりだ。生半端な陽動じゃ通じないだろう。……ふむ、この大木の葉を全て燃やす」
そう言ってロズは上を見上げる。
そこには頭上を枝葉が見える。
「おいおい……まじかよ……。けど確かにこれくらいやらないと化け物の気は引けないな」
アランの目にはシドとウロボロスの死闘が映る。
「…………分かりました。それで行きましょう」
リーレも一人黙考した後同意を示す。
「けど、三人じゃ足りねえな。俺は村の動けそうなのを呼んでくる!」
「できる限り急いでくれ」
「分かった! さっさと呼んでくる! グラニ借りてくぜ!」
そう言ってアランはグラニに乗って走り去る。
「私も東の村の人を呼んできましょう」
リーレも駆けてく。
「シド、耐えてくれ……」
そう言ってロズも準備に入る。
「うらぁあああああああああああああ!!」
「グルゥアアアアアアアアアアアアア!!」
俺とウロボロスの咆哮がぶつかる。
頑丈な氷の鎧を壊して顔面に大斧を叩きつけることに成功するが俺の限界は近い。
体が限界を迎えたのか体勢が崩れる。
「くっ……、ん……?」
体勢が崩れた後に来るであろうウロボロスの追撃は来なかった。
上を見上げる。
「なんだ……これは……?」
燃えている。
空を覆っていた枝葉はそこになくただ燃えている。
夜の闇を払う様に燃えている。
視線をウロボロスに移すと、ウロボロスは天を見上げるように体を起こしている。
「シド! 腹を狙うぞ!」
真横をロズが駆け抜ける。
「あ……ああ、分かった!」
俺も慌ててロズを追いかける。
もう神力は使い切った。
けど、まだ……俺は戦える!
ロズは身の丈もある長剣をウロボロスの腹に突き立てる。
俺も遅れて大斧を振るう。
「うぉおおおおおおお!!!!」
深く鋭いロズの一撃。
ひたすら重い俺の一撃。
ウロボロスの腹を抉る。
「グギャァアアアアアアアアアアアアアアアア」
断末魔とともウロボロスは崩れ落ちる。
統率個体ウロボロスは多くの犠牲を払いながらも討伐に成功した。
夜の闇を払い朝日が差し込む頃に。