第十五話 統率個体ウロボロス
目が覚めたらもう昼頃だった。
「目を覚ましたか、シド」
体を起こした俺にロズが話しかける。
「ああ、アランは大丈夫そうなのか?」
「うむ、幸いながら致命傷ではなかったようでな。しばらくは安静が必要だろうが命の別状はないぞ」
俺とロズが目を覚ましたのを確認したアルダ村長が返事をする。
「それで、聞かせてもらおうか。南の森がどうなっているのか」
「その前に腹ごしらえをさせてくれ。夜通し戦っていたんだ」
アルダ村長がせっつくように問いかけにロズは先に食事にしようと言う。
「ふむ、そうじゃの。どうも年寄りになるとせっかちになってしまうな。今、食事を運ばせよう」
そう言ってアルダ村長は部屋を退出する。
「とりあえず、無事の生還を喜ぼうか」
「危なかったがロズのおかげで何とかなったよ。ありがとう」
アルダ村長が退出し俺とロズは姿勢を崩しながら南の森の戦いを振り返る。
「シドの時間稼ぎが大きかったよ。おかげ準備がしっかりできた」
「無我夢中であまり覚えてないんだがな……。でもなんとか時間稼ぎできたみたいで良かったよ」
俺とロズが話し込んでいると戸が叩かれる。
「どうぞ」
俺がそう答えるとアルダ村長とその奥さんと思われる方が食事を持って入ってくる。
「話し合いの前にたんとお食べ」
奥さんに言われて俺たちは食事を始める。
「「いただきます」」
サンドイッチ、豆のスープ、ヤギの乳。
激戦の後に染み渡る優しい味。
夢中になって食事をする。
「ふぅー、ごちそうさまでした」
腹いっぱいになった俺は手を合わせて奥さんに一礼する。
「ごちそうさま。おいしかった」
俺が食べ終わるのとほぼ同時にロズも食べ終わったようだ。
「お粗末さまでした」
そう言って奥さんは食器などを持って退出していく。
「では、早速話そうと思ったが、まずはアランの様子を見てこい。その間に儂は自警団の面子を集めておく」
「アランを目を覚ましたのか?」
「うむ、お前らが食事をしているときに目を覚ましたらしい。心配なんだろう、行ってこい」
アルダ村長にそう言われて俺とロズはアランのもとに行く。
軽くノックして俺とロズは入室した。
「ロズとシドか……。俺はなんとか大丈夫さ」
寝台から軽く体を起こしてアランが話しかけてくる。
「命に別状はないと言っても重症なんだから、横になってろ」
「そうだな、無理をしていると後に響くから、今は療養することだ」
体を起こしているアランに俺とロズは横になるように言う。
「お言葉に甘えさせてもらうよ」
アランはそう言って横になる。
「南の森の件は俺たちでアルダ村長に報告しておくから心配しなくていいぞ」
「ありがとな、何から何まで。けどこれは辺境地域全体にかかわる問題だ。頼むぞ」
「任せろ。私も今回の件は気になることがある。そのこともアルダ村長と話してみるつもりだ」
「統率個体……か。確かにあの化け物は魔獣を率いてたしな。...今回は七年前と同じ轍は踏まないからな……」
「ああ、そうだな」
アランの呟きにロズは言葉を返す。
「統率個体ってなんなんだ?」
疑問に思った俺は質問する。
「今回の話し合いで話題に出るはずだ。その時に説明する」
ロズの返答とアルダ村長が入室してくるのはほぼ同時だった。
「自警団の面子も集まった。そろそろ話し合いを始めようと思う」
「わかった。今行く」
ロズがアルダ村長に返事をする。
「アラン、行ってくる」
「任せた、頼むぞシド」
俺とアランも言葉を交わし俺はアルダ村長について退室した。
アルダ村長についていくと広間に出る。
「ロズたちが南の森であったことを話し合おうと思う」
アルダ村長がそう宣言して話し合いが始まる。
俺とロズは南の森で会ったことを南の村の人たちに話す。
「魔獣を率いる魔獣……。統率個体だったのか……」
自警団やアルダ村長が深刻そうな顔で呟く。
「統率個体ってなんなんだ?」
先ほど聞けなかった疑問を口にする。
「そうだな、シドは七年前の出来事を知っているか?」
俺の疑問にロズが返す。
「ああ、と言ってもアランに少し聞いただけだけどな」
「なら話は早い。七年前の悪夢は強力な魔獣が他の魔獣を率いることによって起こった。そして魔獣を率いることができる魔獣をその時に統率個体と呼んだんだ」
「なるほどな、確かにあの化け物は魔獣を率いていた。七年前はどうやって対処したんだ?」
「七年前は多くの犠牲を払いなんとか撃退したんだ。まだ死亡は確認されていないからまた出てくるとは思ったが今度は新しい個体とはな……」
俺とロズが話しているとアルダ村長が口を開く。
「しかも周囲に村が多い南の森に根城を構えていると言う……。この問題は我らだけの問題ではなくなった。シド、我々も魔獣狩りに参加しようと思う」
「ありがたい、互いに連携を図らないと奴は倒せない。協力して当たろう」
「新しい統率個体か……。外見は大きな芋虫型で身体中から触手を出し攻撃してくるのか。七年前のナイトメアとは毛色が違うみたいだな」
自警団の一人も話に入ってくる。
「ナイトメアはどんなだったんだ?」
「ナイトメアは黒い霧とともに現れるからな。あまり姿を見たやつはいないがそこまで大きくなかったみたいだよ」
俺の質問に自警団の一人が答える。
「第二の統率個体に対しては東の村とレーネと協力して当たることは決まったが個体名を決めていなかったな」
「個体名? 必要なのか?」
アルダ村長に疑問を呟く。
「ナイトメアと混同するからな、決めておくに越したことはないだろう」
話し合いは各々が個体名を考える方向になっていった。
わかりやすい名前を考えるのは難しいことのようでそれなりに時間がかかったが第二の統率個体はウロボロスと命名されることになった。
「ウロボロスか……」
あの醜悪な見た目にしっくりくる。
一人で【ウロボロス】について考えているとアルダ村長が話しかけてきた。
「ウロボロスの対処は他の村と協議して決めなければならないが、この情報を他の村にも伝えねばならない。シド、頼むぞ」
「わかった、任せてくれ」
俺はそう言って話し合いを後目に支度をする。
明日には出発しなければならないだろう。
「シド、お前も抜けてきたのか」
ロズが声をかけて来る。
「ああ、明日にはレーネにウロボロスのことを知らせるために出発するからな」
「そうか、任せたぞ。だが今すぐ出発するわけではないだろう?」
「明日、出発だからな」
そう言うとロズは少し距離を取り剣を構える。
「なら、少し稽古をつけてやる。ごたごたしていて昨日は教えれなかったからな」
俺も荷物を置いて武器を構える。
「最初は模擬戦からだ。いくぞ!」
俺とロズはしばらくの間、剣を振るった。
日が暮れて来る。
「そろそろ終わりにしようか」
「ああ、ありがとな」
ロズがそう言って俺たちは剣を鞘に戻す。
「簡単な立ち回りや剣の振り方は教えたつもりだ。時間がある時にやっておくといい」
「わかった、毎日やるさ」
「じゃあ、私は戻る。南の森の戦いからすぐに出発するのは大変だろうが頑張ってくれ」
「大丈夫さ、明日に備えて俺も戻るよ」
ロズは自宅に、俺は宿に戻る。
「ウロボロスか。俺はもっと強くならないとな」
そう呟いて俺は明日に備えて床に入った。