第十四話 再戦
ロズが異様な化物に斬り掛かる。
見事な剣技で化物に傷を与えてゆく。
化物は機敏には動けないらしい。
すかさず俺も加勢しようとしたその時、怪物と目が合う。
ロズが吹き飛ばされる。
「ロズ!」
「伏せろ! 来るぞ!」
ロズの言葉に反射的に伏せた次の瞬間、俺の上を何かが通過する。
化物を見る。
化物の外皮が裂け、そこから無数の細い触手が俺の頭部があった場所を通過し、後ろの大樹を貫いていた。
ロズがアレンに駆け寄る。
「あれを出される前に急所を見つけたかったが、仕方ない……あれは私たちじゃ無理だ! 走れ!」
俺たちは焚火の方向に全力で駆け出す。
化物の巨体が地面を揺らす。
無数の触手が俺達を襲う。
薪火に向かうも触手の攻撃が激しくなかなかたどり着かない。
「触手は剣ではじけ! 切っても直ぐ再生する!」
アランを担ぐロズが木の根に足を取られる。
俺はアランとロズを立たせいったん大樹の陰に身を隠す。
「ロズ、シド……俺を置いていけ。多少の時間稼ぎはできる」
「何を言っているんだ! 死ぬ気か」
「じゃあもっといい方法があるのか? このままじゃ三人共奴にやられるぞ」
アランの発言に反論するが、このままじゃ追いつかれてしまうだろう。
「……一か八だが策がある」
俺たちはロズの案に乗ることにした。
アランを大樹の根元に化物から見えないように寝かす。
「シド、本当に大丈夫か? この案はお前が一番……」
ロズが確認してくる。
「心配には及ばない。体の丈夫さにはいささか自信がある。だが長くは持たんぞ」
ロズに背を向け化物の前に立つ。
「さあ始めようか、化物。てめえの相手はこの俺だ!」
俺はアランのいる木から離れる。
俺の動きに反応して触手が動く。
大樹を使い触手の猛攻を凌ぐ。
(アランからは十分離れた。始めるか……)
大樹の陰から化物に向かって飛び出す。
三つの赤い目とあう。
くる!
すかさず横に飛ぶ。
触手の一撃で落ち葉が舞う。
何度も躱せるような攻撃じゃない。
怪物の右側面に潜り込む。
ここまで近ければ触手もあの速さは出せないだろう。
そして例のものをたたき割る。
あとは時間を稼ぐ。
剣を化物に突き出す。
しかし触手が邪魔で刃が肉まで届かない。
触手が剣に絡みついてくる。
振りほどこうとするが触手は、俺自身にも絡みつき体の自由を奪う。
化物がその触手で俺を投げ飛ばす。
「グアアア!」
衝撃で俺の体は吹き飛び木に激突した。
吐血する。
「クソ、しくじった」
少しでも手傷をと欲張りすぎた。
触手が俺を持ち上げる。
赤い目に俺を近づける。
そこには微かだが傷跡のようなものがあった。
「なんだ、お前の眼を斬ったことを恨んでいるのか?」
魔獣のくせにずいぶんと人間みたいなことを考える。
次の瞬間俺は口の中に投げ込まれた。
窮屈だ
血生臭い
ここが魔獣の腹の中か
まさか丸呑みにされるとはな
俺は足止めに失敗してしまった
あいつらは無事だろうか
仕込みはすでに終わっているし、それにロズなら大丈夫だろう
それならアランは?
あいつは今怪我で動けない
見つかったら食われてしまう
もし見つからなくてもあの巨体がぶつかればもう助からない。
このままではアランが死ぬ
俺が失敗したから
俺のせいで
『弱いな』
まだだ
『弱ければ何もなせない』
まだ終わっていない
そうだ
『俺はまだ死ねない』
アランは大樹の陰で動けないでいた。
シドと三つ目の化物との戦闘音が止み、怪物の唸り声だけが聞こえる。
何が起こったのか様子を見たいが体が言うことを聞かない。
「ちくしょう……俺がおとりになっていればシドは…………」
音だけでは状況の詳細は分からないが、少なくともシドの優勢だとはアランは思えなかった。
周りに魔獣の気配が現れる。
この化け物の唸り声が魔獣を呼び寄せているようだ。
「まるであいつみたいだ」
アランの脳裏には七年前のあの出来事がよみがえる。
あいつは黒い霧と共に現れた。
大量の魔獣を引き連れて。
化物が動き出した。
(俺はつぶされるか、魔獣の餌になるだろう。ロズ、どうか君だけは……)
アランは眼をつむった。
ベギ
何かのひしゃげる音がした。
ギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
尋常じゃない絶叫が森に響き渡る。
アランはこの状況になにもできなかった。
喉を引き裂き外に這い出る。
周りを見渡す。
どうやら魔獣が集まってきたらしい。
襲ってきた魔獣を叩き切る。
絶叫を終えた化物がこちらをにらむ。
触手での攻撃を行うが、先ほどまでの精度と速度はない。
触手を躱しながらそのうちの一本をつかみ引き抜く。
『…………』
躱す
つかむ
引き抜く
何回繰り返しただろうか。
触手の精度と速度が戻ってきた。
躱しけれずに傷が増えてくる。
「くらえ!」
「あの魔獣前回は暗い茂みで、今回は夜待ち伏せをしていた。おそらくだがあいつは光に弱い」
「そうか 焚火か。火が得意な魔獣は見たことはないな」
「そうだ、だが三人でそこまで行くのは無理だろう。誰かが残りここで足止めをする必要がある」
「シド、ロズ……俺はここで休ませてもらう。正直もう動けないんだ……」
「アラン……すまない」
「私が残ろうと思う。シドは焚火を……」
「いや、俺が残る。お前は俺より足が早い。三人共生き残れる可能性が一番高いと思うが」
「……わかった。それでいく」
「……そうだ、シドこれをもってけ。酒だ。火を使うなら役に立つかもしれん……」
「ああ任せろ、たたきつけてくる」
松明が化物の近くに落ちる。
近くに光源が現れたことで化物が怯み触手の動きが止まる。
そして落ち葉などに燃え移り火が化物の行く手を阻む。
「シド! 逃げるぞ、急げ!」
「あ……ああ、分かった」
ロズの言葉で俺はアランのもとへ走り寄る。
「アランも無事だ。走るぞ!」
アランを二人で担ぎ村の方角へ走る。
うしろから絶叫が聞こえる。
どうやら叩きつけた酒に引火したようだ。
「うまくいったようだな」
「ああ正直賭けだったが、生きて帰れて良かった」
村の付近まで来た時にはもう日が昇り始めていた。
村の入り口には、俺達を心配してくれた人や森から煙が上がっているのを見て消化の準備をしている人たちで賑わっていた。
俺達はアランを村長の所まで運び、そのまま眠ってしまった。
こうして俺達は激闘の果てに三つ目の魔獣の情報を持って帰ったのだった。