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怪盗は警部で探偵  作者: 仙葉康大
プロローグ
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王子ミカエルのプロロ―グ

 手折って来たタンポポを墓前に置く。

 森の木々は高く、辺りは日陰になっている。木と木の間から見える湖は、日差しを反射してせせらいでいる。


「万華鏡は好きか?」


 ミカエルは筒を取り出す。真っ黒な筒だ。センドラゴ作、作品ナンバー4、星屑ほしくずおり。覗くと、一つだけ星がきらめいていた。回す。星が二つに増えた。回す。四つに。黒が塗りつぶされていく。限界まで増えると、また、黒一色に戻った。回す。てんびん座。回す。北斗七星。回す。夏の大三角形。


 それはもはや万華鏡の域を超えていた。だが、残念なことにセンドラゴの技術は受け継がれなかった。人嫌いで、弟子を取らなかったからだ。同業者が真似できるレベルでもなかった。


「きれいか?」


 ミカエルは地べたに座り込む。土の冷たさを尻に感じる。


「スピカが好きだと言ってたよな」


 しばらく万華鏡を回していると、スピカが現れた。淡い光を放っている。タンポポの横に万華鏡を立てる。


「感想は?」


 目を閉じる。想像すれば、それだけで、ルシーは生き返る。質問の答えも返ってくる。自分に都合のいい答えだ。そんなエゴイスティックな夢想にふけっていると、黒いしずくが胸中に落ちてきた。みて広がっていくその滴が心をおおってしまわない内に、ミカエルは目を開け、死者の沈黙を受け止めることにした。


 背後で、葉っぱのこすれる音がした。


「何の用だ? バストロ」

「空間軸による空間把握ですか?」


 男性にしか出せない、低い声だった。


「お前以外に誰がここに来る? 邪魔だ。失せろ」


 ミカエルは墓石から目を離さない。顔を見たくなかった。かつてバストロは執事長にしてミカエルの教育係だった。帝王学から拳の振り方まで教わった。もう教わることは何もない。


「今日はルシー様の命日です。王族も、貴族も、一般国民も皆、ルシー様の死をいたんでいます。ここではなく、公式の墓の方には大勢の人が集まっています」

「もう一度言う。失せろ」

「今すぐにでも去りましょう。約束してください。帰る前に王と王妃に顔を見せる、と」

「失せろ」

「親不孝もたいがいにしなさい」


 ミカエルは歯ぎしりする。湖の水面が細かく震えた。梢が激しく騒ぎ、細枝が折れていく。空間そのものが震えていた。


「口を慎めよ、バストロ。未だに教育係のつもりか? 昔とは違うんだ」

「あなたは変わっていない。進歩を知らない。警部になっても、探偵になっても、怪盗になっても、本質は変わらない。ルシー様が今のあなたを見たら、なんとおっしゃるか」


 空間の震えが収まる。刹那の静寂が場を支配する。


 ミカエルはバストロの名を叫び、飛びかかった。ルシーを語るのが許せなかった。ルシーが今の自分を見たら、というあり得ない仮定が許せなかった。


 空間軸を使用すれば、勝負は決まる。ミカエルは負けようがない。でもミカエルは使わなかった。

ミカエルの拳は一発も届かなかった。バストロは容赦なく殴り、蹴つり、頭突きを食らわせた。執事は王や王子の護衛も兼ねる。軍隊長より遙かに強い。バストロは中でも飛びぬけているのだ。


 空間軸、その反則級の力を使わないまま、ミカエルは倒れた。空はパステルブルー一色だ。枝から飛び立った小鳥が空に吸い込まれ、小さな点になって消えた。九年前、城を出て行き、ミカエルは自由になった。でも成長はしていなかった。今も昔もバストロに歯が立たない。マイケルになろうと、ミゲルになろうと、ミッシェルになろうと、ミカエルはミカエルだった。馬鹿王子。そう呼ぶ声が聞こえて来る。ルシーの声が聞こえてしまう。


「あなたが成長していないのと同様に、私も成長していません。私はミカエル様の執事でございます。私にとってあなたは警部でもなければ、探偵でもなければ、怪盗でもない。ただの愚かな王子でございます。愚かな王子には、暴力でコミュニケーションを取る、愚かな執事がお似合いでしょう」

「愚かでないのはルシーだけだったか」

「賢明なお方でした。少なくとも私たちよりは」


 バストロは墓の前で手を合わせた。視線を下に向ける。


「タンポポの花言葉を知っていますか?」

「バストロ。いい加減もう帰れ」


 ミカエルは空間軸をいじり、バストロを城へ帰した。瞬間移動させたのだ。ミカエルは万物をあらゆる場所へ移動させることができる。これは空間軸の力の一部に過ぎない。


「ルシー」


 タンポポの花言葉はいくつかある。その中から一つ選ぶとした、ミカエルは迷わず「別離」を選ぶだろう。さよならを言えなかったから。


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