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怪盗は警部で探偵  作者: 仙葉康大
最終章 「怪盗は警部で探偵」編
36/37

第三十一話 「正体」

 水晶の墓が夜の景色から浮き出ていた。月光の薄い光が靄のようにかかっている。湖も木々も音を立てなかった。


 ミカエルは覆面を取ったルカを観察した。金髪に緑色の瞳。ミカエルとの違いは、頬に入った一本の傷とあごひげぐらいだった。


「やっぱり俺だったか」

「いつから気づいてた?」

「知ってるだろ? 俺なんだから」


 未来の自分に向かって話すのは、不思議な感じがした。


「十年も前のことだぜ。確かエドナの発言で気づいた気がするが」

「当たりだ。一つ、分からないのは、どうして空間軸で追跡できなかったかだ」

「空間軸は空間の情報を書き換えることもできる。お前がこの技術を学ぶのは、もう少し先の話だ。他に分からないことはないのか? 例えば、未来の俺がどうやって現代に来たのか? とか」

「見当はついてる」


 控えめに言ったが、ミカエルは確信していた。


「そうか。じゃあ、後は本人から聞け」


 ルカは自分が生きている時代に帰る前に忠告した。


「お前もちゃんと帰るんだぞ」


 ミカエルにはよく意味が分からなかった。


 墓を見つめて、ただ待つ。息を吸い込むたびに胸が裂けそうになった。風が吹いてきて、木々が揺れた。湖面の月も形を崩す。


「ミカエル。こっち」


 背後から声がした。ミカエルがふり向くと、ルシーがいた。手を後ろに組んで、笑っていた。


「大人のミカエルだ」

「お前は変わらないな。ルシー」


 ミカエルの視界は狭まり、ルシーだけが収まる。ルシーも青い瞳で、ミカエルを上から下まで見ていた。

 昔と同じように大樹の根元に座って話をする。


「すぐ本題に入る? それとも無駄話をする?」

「無駄話をしよう」


 ルシーは自分の死後、ミカエルがどう生きたのかを尋ねた。


「怪盗で警部で探偵だなんて、欲張りだね。そういえば、両親の話がでなかったけど、上手くいってる?」

「なわけないだろ」

「大人になってもまだ意地張ってるの? 親と話してみなよ」

「話ぐらいできるさ」

「ならこの一年で何か話した?」


 ミカエルは押し黙る。一年どころではなかった。五年以上、もしかしたら十年以上、顔を見せていなかった。


「もう取り返しがつかないなんて思ってる? そんなことないよ。仲良く話さなくてもいい。喧嘩になってもいい。会いに行ってあげなよ。旅費はかからないでしょ?」

「九歳の女の子に説教されてる俺、かっこ悪いな」

「ミカエルはかっこいいよ。好きな人はできた? 結婚はした?」

「お前は俺の母親か?」

「だって気になるんだもん」


 ミカエルは言うべきか、言わずにすますべきか迷った。迷ったから、言うことにした。今、言わないと一生引きずることになる。


「ファカ・ソロットって娘を好きになった」

「紫の髪をしたかわいい娘だよね」

「知ってたのか?」

「三十歳のミカエルにも会ったからね。ファカさんとも話したよ。感じのいい人だった。私、もうファカさんと友達だよ」


 月が雲に隠れて、月光がさらに弱くなった。


「よかった。ミカエルが一人じゃなくて」

「ルシー。俺は」

「いいんだよ。私は私と同じ年のあなたに愛してもらっている。あなたを永遠に縛る気はない」


 ミカエルはルシーの両肩を掴む。


「もっとワガママを言えよ。言っていいんだ。お前は、俺に優しくし過ぎだ」


 ルシーは深呼吸した。


「ミカエルも昔と変わってないじゃん。馬鹿のまま。下手したら大馬鹿」

「うるせえよ」

「じゃあせっかくだから、一つだけワガママ言おうかな。キスして。馬鹿なミカエルのまま、馬鹿な私に」


 二人は目を閉じる。唇が重なった。ミカエルの唇は渇いていた。ルシーの唇は柔らかかった。ミカエルは離すのをためらう。でも、離さなくてはならなかった。唇が自由になると、ルシーが言った。


「ありがとう」


 ミカエルは目を開けたが、ルシーは目を閉じたままだった。軸の継承は一瞬で終わった。ミカエルは時間軸を手にした。そして、ルシーを失った。


 ルシーを抱え、時間軸の力で過去へ飛ぶ。

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