第二十八話 「肖像画」
マイケル警部とキンリエ警部補のもとに予告状が届いた。
今夜未明、王立博物館三階Bホールに展示されているトリス王国王女ルシー・フェルナンデスの肖像画を頂戴いたします。怪盗ルカ。
二人はルカ対策チームではなかったが、警備に参加することにした。
王立博物館は国内最大規模の博物館だ。警察庁の全警官を動員してやっと全域を警備できる。今回はターゲットが明らかだったので、Bホールに警官を集中させた。出入り口にも警官を配置したが、少数にとどめた。ルカが前回と同じ方法で来るなら、入口など関係ないからだ。
ミカエルとキンリエは肖像画の真ん前に立っていた。肖像画の中のルシーは、絹のドレスに身を包み、笑っている。銀髪と銀のティアラの境界が曖昧だ。
ミカエルは軸の力を最大限に使い、ルカを叩き潰す気でいた。戦闘中は空間固定を使わないというハンデを存分に利用してやろうと思った。
「ミッシェルとどちらが手強いでしょうか?」
キンリエが尋ねた。
「ミッシェルだ」
「なぜです?」
「お前でも捕まえられない」
周囲の警官が一斉に消えた。ミカエルとキンリエは雑談を止め、警戒する。右の通路から足音が聞こえてきた。
「おそらく奴です。行きますか?」
「待機だ。ここで迎え撃つ」
二人は右を警戒していたが、ルカは左の通路から現れた。虚を突かれ、体が固まる。しかし、ルカは向かってこなかった。アキレス腱を伸ばしたり、首を回したり、ストレッチをしている。
「のんびりしてるんだな」
「急ぐ必要がない。結果は知ってる」
八回ジャンプすると、ルカは手の甲をミカエルに向け、指先を自分の方へ曲げた。
「真っ向勝負だ。ねじ伏せてやる」
「キンリエ。お前は絵の前にいろ」
「しかし」
「二人でかかれば絵がお留守になる。真っ向勝負なんて言葉を信用するな。共犯者がいる可能性もある」
キンリエは了承した。
相手の力量が分からないので、ミカエルは最初から全開で行くことにした。まっすぐ突撃し、右ストレートのモーションに入る。途中で、ルカの頭上に瞬間移動する。間を空けずに踵を蹴り落とす。
「甘い」
ミカエルの体重を乗せた踵落としを、ルカは片手で受け止めた。足首を握り、絵の方へ投げつける。キンリエが何か叫んだが、ミカエルは聞いていなかった。壁に当たる前に、ルカの真後ろに瞬間移動する。タイミングよくルカが肘鉄を放った。ミカエルはもろに食らい、息が止まる。瞬間移動で距離を取る。
「未来視の魔法か?」
咳きこみながらミカエルは尋ねた。
「魔法じゃない。お前が弱いというだけの話だ」
キンリエが前に出た。
「交代です」
「まだだ」
ミカエルはキンリエの肩を掴み、下がらせる。
ルカが笑った。
「キンリエ。お前には同情するぜ。自分より弱い男の下で働くなんて、俺ならごめんだ」
「強い弱いの前にサボり癖を何とかしてほしいです」
「うるさいぞ。第二グランドだ」
ミカエルはルカとの距離を詰めないまま、蹴りを繰り出す。ルカを蹴りが確実に当たる位置に瞬間移動させる。しかし、ルカは腕でガードした。ミカエルは瞬間移動を多用し、常に自分は有利な位置を取り、ルカを攻撃が当たる不利な位置に立たせた。しかし、ルカは予めどこに攻撃が来るか分かっているみたいに全てガードした。
「お前では俺に勝てない。無力なお前は何も守れない」
ミカエルはがむしゃらに攻撃した。攻撃のたびに隙が生まれ、ルカのカウンターをくらった。足が言うことを聞かなくなる。
「後は私が」
キンリエを止める力は残っていなかった。
キンリエは得意のけり技で攻めたが、ルカには当たらなかった。ルカは避けるだけで反撃しなかった。
「キンリエを相手にはしたくないな」
「ならば盗みを止めなさい」
「それは無理だ。マイケル、俺は今から逃亡するぞ」
ルカの片手はルシーの肖像画を掴んでいた。いつ取ったのか、ミカエルもキンリエも分からなかった。
「逃亡にもハンデをつけてやる。博物館から一定距離離れるまで、瞬間移動は使わないでやる。追跡できるものならしてみろ」
ルカが踵を返し、出口へ向かった。キンリエが追う。ミカエルは空間軸でルカの位置を把握しようとした。が、できなかった。ルカはどの空間にもいなかった。キンリエも博物館を出たあたりでルカを見失ったらしい。
戻って来たキンリエは言った。
「すみません。逃げられました」
「気にするな。俺の失態だ」
「相手があれじゃ仕方ないです。はっきり言ってミッシェルより手強いと思いました」
ミカエルは否定しなかった。




