第二十四話 「クビだ」
ミッシェルは警察庁内の留置場で一夜を明かした。朝、クナイフ長官がやって来て、朝刊を見せびらかした。
「怪盗ミッシェル捕まる、とある。これはもしかして君のことじゃないか?」
「クナイフさんよ。あんたの嫌らしさは充分伝わったから、そろそろ絵のありかを教えてくれませんかね?」
「口を慎め。君は午後から取り調べを受ける。私、自ら取り調べてやろう」
ミッシェルにとっては意味のない情報を喋り倒すと、クナイフは長官室に戻ってしまった。午前中は記者会見に出るそうだ。
午前中、二人の人物の訪問があった。一人はキンリエ・ノクスだった。
「どうも」
「調子はどうだ?」
「今のあなたほど悪くはありませんよ」
「違いない」
キンリエは壁にもたれて、腕を組んだ。浅くため息つく。
「どうした? 浮かない顔して」
「私とマイケル警部が担当を外された途端に、これですから」
「すまないな」
キンリエは至近距離でもミッシェルの正体がマイケルだと気づいていないようだった。
「簡単に捕まってもらっては困ります」
「案ずるな。今日の内に脱獄する」
「早めにお願いします。私は上司を出勤させてきます」
キンリエは目の前にいる上司を無視して、留置場を出て行った。
ミッシェルは体操しながら思った。キンリエ警部補に脱獄を促されるとは意外だった。おそらく、キンリエは、ミッシェルがいつでも脱獄できることを分かっていて言ったのだろう。
二人目の訪問者はエドナ・デイズだった。一般人は留置場に入れないが、警察はエドナの鼻に何度も世話になったので、通さないわけにいかなかったのだろう。エドナは鉄格子の前で立ち止まり、ミッシェルを観察した。
「何か用?」
「写真撮らせて。ミゲルへのお土産にするの」
「勝手に撮れ」
エドナはシャッターを切りながら言った。
「あなたはミゲルと私で捕まえる予定だったんだよ。こんな結末つまらない」
「どいつもこいつも勝手なこと言いやがって」
エドナは途中からポーズを要求し始めた。ミッシェルは逆立ちしたり、片手腕立てしたり、半目でピースしたり、エドナの指示通りのポーズをとった。
写真を撮り終え、エドナは言った。
「あなた、ミゲルと同じ匂いがする。同一人物だったりして」
「そうかもな」
エドナは微笑んで帰って行った。
ミッシェルは警察庁全体を空間把握する。会議室でクナイフは記者団を前に演説していた。クナイフを檻に飛ばし、自分は格子の外に出る。異変を察知した看守から鍵を奪い、看守はミルスの丘に飛ばす。
「長官殿。お似合いですよ」
「貴様、何をした? どういうトリックだ?」
クナイフは周囲に目を走らせた。助けを呼ぶが、誰も来ない。
「ここは警察庁だぞ。看守は何をしている」
クナイフは床を蹴った。息を長く吐き出し、呼吸を整える。ポケットから煙草を取り出し、吸おうとした。ミッシェルは煙草を取り上げた。
「勝手に喫うな。質問に答えろ」
「答えろ? それは我々がお前に言う言葉だ。何もかも思い通りにいくと思うなよ」
「いくさ。お前は自分が一番大事だ。死ぬのは嫌だろう?」
ミッシェルは檻の中にライオンを出現させた。ライオンは首をひねりながら、クナイフを睨み、飛びかかった。絶叫と同時に、ライオンは消えた。
「次は何がいい? 毒蛇か? ゾウに押しつぶしてもらうか?」
「お、お前は何なんだ? 反則だ。人間じゃない」
「本題に入ろう。絵はどこにある?」
「わ、私も知らない。業者に頼んだんだ。私は何も知らない」
クナイフの顔は歪んでいたが、微かに笑みが隠れていた。長官になる男だ。嘘も方便も得意なのだろう。
「嘘はよくない。上にいる記者をここに呼ぶか? どんな写真が撮れるかな?」
「分かった。言う。言うから。中央銀行の金庫だ。ナンバーは651。暗証番号は」
「暗証番号はいらない」
ミッシェルはその場にとどまったまま、中央銀行の金庫651から絵を移動させた。真贋の区別はつかないが、カタログに載っていたのと同じ絵だった。もし贋作でも、もう一度クナイフを脅せばいいだけだ。
「早く出してくれ。誰にも知られないうちに」
自分が恥をかくのは耐えられないらしい。ミッシェルは笑って鍵を見せた。
「おお」
クナイフが格子をつかんで前のめりになった。
「おっと指が滑った」
ミッシェルは鍵を落とし、そこにマグマを出現させた。鍵が溶けていく。
「何をするんだ」
「お前は警察庁のトップにふさわしくない。クビだ」
ミッシェル=マイケルは上司に解職を命じて、留置場を去った。




