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怪盗は警部で探偵  作者: 仙葉康大
第四章「怪盗ミッシェル」編
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第二十三話 「真贋」

 隠れ家の一室でファカは今日も絵を描いている。


「進み具合はどうだ?」

「もうすぐ完成です」


 キャンバスに描かれているのは、翼の生えた虎だ。あとは背景の流星を仕上げるだけだ。審美眼のないミッシェルには、オリジナルと模写絵の区別がつかなくなるだろう。


「最後の一枚は王立博物館だ。明日、予告状を出そう思う」

「もう最後なんですね」


 雨は深夜になっても降り続いていた。


 ベッドの上でミッシェルもファカもまだ眠っていなかった。ファカは腕に抱きつき、頬をミッシェルの肩にすり寄せていた。甘い香りがミッシェルを包んだ。


 カーテンが光った。光は一瞬で消え、暗闇に還る。耳をつんざく轟音が鳴り響いた。屋根が軋むような音を立てた。


 ミッシェルの腕を締めつける力が強くなった。ファカは目をつむり、震えている。


「ただの雷だよ」


 ミッシェルは空いている手をファカの背中に回す。手が触れたところから、震えは収まっていった。


「ミッシェル」


 ファカが上目遣いをした。ミッシェルはファカを抱きしめる。体温が混じり合って体の境界が消えた。鼓動が怖いぐらいに胸を打った。


「好きにしていいですよ」


 頭が芯から揺さぶれる心地がした。ミッシェルは唇を噛んで、本来の自分を取り戻そうとした。


「お前を好きにしていいのは、お前を本当に愛してる奴だけだ。俺じゃない」

「いいんです。私、分かってます。ルシーさんが一番なんですよね。私は二番でも三番でも最下位でもかまいません。代用品でもかまいません」

「代用品だなんて思ってない」

「本当に?」


 ファカはミッシェルの髪をいじりながら、小首を傾げた。瞳の焦点はミッシェルの心だった。嘘も建前も言い訳も通用しないとミッシェルは悟る。


「すまない」

「私の方こそ、ごめんなさい。意地悪でした。もう言葉はいらないです。何も言わずに抱いてください」

「そんなことはできない。今までもそうだっただろう」


 自分の下心に負けそうになったことはあった。でも、ルシーのことを思うと、踏みとどまることができていた。


「ならなぜ私を離そうとしないんです?」

「離すさ。今すぐにでも」


 どんなに心で叫んでも、体は従わなかった。ルシーとの過去はもう役に立たなかった。風化しない過去などなかった。ルシーはいない。ファカはいる。二つの事実がミッシェルの体を支配していた。


「そんな顔しないでください」

「俺はルシーのことが」

「好きなんですよね。それでいいんですよ」


 違った。ミッシェルの中で、好きが好きだったに変わりかけていた。罪悪感が体を蝕む。

 ファカがミッシェルの顔を包むようにして胸元で抱いた。


「俺は最低だ」

「なら、私も最低です」


 ファカの胸はラベンダーの香りがした。ミッシェルはそのまま眠ってしまった。


 予告状。十一月月三十日、深夜。王立博物館に保管されている絵画「湖髑髏」(シドル・ソロット作)を頂戴します。怪盗ミッシェル。


 予告状に示した通り、十一月三十日深夜、ミッシェルとファカは王立博物館に忍び込んだ。方法は瞬間移動。いつもの手だ。シドルの絵は展示エリアになく、倉庫に保管してあるので、一気に倉庫に飛んだ。倉庫内にも警官がいた。警官も学習するらしい。ミッシェルは警官を駅に飛ばした。


 倉庫内は広く、迷ってしまいそうだった。あらかじめ調べておいた保存番号を頼りに、目当ての棚に行き着く。箱から絵を取り出す。湖のほとりに頭蓋骨が二つ並べてある絵だった。


「引き上げるか」

「違います」


 ファカが絵の中の一点を凝視していた。


「サインが違います。筆のタッチも違う。贋作です」


 ミッシェルには判断がつかなかった。けれど、ずっと父の絵と対峙してきたファカの言葉は信用できる。


「こういう手できたか」


 ミシェルはファカの手を取り、飛んだ。


 二人は黄金のシャンデリアの上に立っていた。下は王立博物館エントランスホールだ。警官ではなく、博物館の警備員が二人待機していた。


「おーい。そこの君たち。中にいる警官の皆さんを呼んできてくれない?」


 すぐに館内の全警官が駆けつけた。変装しているので、ミッシェルをマイケルだと気づく者はいなかった。ミッシェルになるときは、髪色を黒に変えている。さらに念をいれて、目元は布で隠している。これはファカもつけていた。


「キンリエ警部補がいないようだけど?」


 返答の代わりに銃声があった。ミッシェルは銃弾をよそへ飛ばす。もう一度同じ問いを繰り返すと、返答があった。


「今回からマイケル警部とキンリエ警部補には、怪盗ミッシェルの担当を外れてもらった」


 そう言えば、そんなことをキンリエが言っていたかもしれない。

ミッシェル=マイケルは基本的に会議中は寝てるし、上からの指示も無視する。だから、キンリエが大事なことだけ後で教えてくれるのだ。それすらも聞き流すことがたびたびあった。


「キンリエ警部補がいないなら、この中で一番偉い奴は誰?」

「私だ」


 さっきからミッシェルの質問に答えていた男が前に進み出た。白髪に茶色の瞳、細い顎。ミッシェルは見覚えがあった。が、名前までは思い出せない。


「お初にお目にかかる。私のことは知っているかね? 警察庁長官のクナイフだ。私の策は気に入ってもらえたかな?」

「本物はどこだ?」

「教えよう。君が牢屋に入るなら」


 ミッシェルは両手を挙げた。ファカに小声で言う。


「先に帰ってろ。明日までには絵を持って帰る」

「大丈夫ですか? 今日は引いてもいいんじゃ」


 ファカがミッシェルのマントを引っ張った。


「大丈夫だ。俺の力は知っているだろ」


 ミッシェルはファカを隠れ家に飛ばした。自分はクナイフ長官の背後に飛び、長官の膝の裏を押してひざまずかせる。


「とっとと連れて行け」


 ミッシェルはクナイフの後頭部を見下ろしながら言った。

 クナイフは作り笑いを絶やさず、手錠をかけた。


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