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怪盗は警部で探偵  作者: 仙葉康大
第三章「探偵ミゲル」編
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第十九話 「読み合わせ」

「分かんないなあ」


 エドナは台本を睨みつけていた。事務所に来てからずっと読んでいるのだ。ミゲルは台本を取り上げる。


「お前は主役のお姫様役だろう。しおらしくしてればいいんじゃないのか」

「しおらしいだけのお姫様なんてリアリティないよ」


 エドナは頼まれていた演劇部の助っ人を受けることにしたのだ。


 劇の内容は、お姫様が異国の王子と恋に落ちる話だった。怪物は生贄としてお姫様を要求する。そこで、王子がお姫様をさらう。二人は国も身分も捨てて第二の人生を踏み出す。


「難しい役じゃないだろう。何が分からない?」

「誰かを好きになる気持ち」

「好きな人、いないのか?」


 エドナは笑って立ち上がる。右手を前に出して言った。


「王子様。私をさらってくださるのですね」


 よく通る声だった。


「王子のセリフ、言ってよ」


 ミゲルは台本に目を落とす。ページを探り、次のセリフを見つけ出す。


「月が沈む前に逃げ出そう」

「一つお願いがあります。あなたの愛を確かめさせてください」

「どうすればいい?」


 凛としたエドナの声に対し、ミゲルは本物の王子であるにも関わらず棒演技だった。


「王子。もっと近くへ」


 エドナがミゲルの手を引いて、ベッドに倒れた。ミゲルは両腕を立てて、エドナを押し潰さないようにする。台本はどこかに行ってしまった。


「セリフが分からないぞ」

「セリフはないよ。見つめ合ってキスをするの」

「本番では照明を落とすんだろ?」

「うん。でも私、キスしたことない。ミゲルはある?」


 森の中で交わしたキスを思い出す。


「ある」

「どうしてそんな悲しそうな顔するの?」

「お前には分からないさ」

「なら、教えてよ」


 エドナがミゲルの首に手を回した。静寂が重みを増していく。ミゲルは動かなかった。


「お前は助手だ。恋人じゃない」

「今は助手でも、いつか恋人になるかも。遠い未来の話じゃなくて五秒後とかに」

「五秒後なんていくら待っても来ないぞ。今があるだけなんだから」


 ミゲルはエドナの手を外し、ベッドから降りる。


「あーあ。フラれちゃった。寝る」


 エドナはもう自分を見守れとは言わなかった。


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