第十九話 「読み合わせ」
「分かんないなあ」
エドナは台本を睨みつけていた。事務所に来てからずっと読んでいるのだ。ミゲルは台本を取り上げる。
「お前は主役のお姫様役だろう。しおらしくしてればいいんじゃないのか」
「しおらしいだけのお姫様なんてリアリティないよ」
エドナは頼まれていた演劇部の助っ人を受けることにしたのだ。
劇の内容は、お姫様が異国の王子と恋に落ちる話だった。怪物は生贄としてお姫様を要求する。そこで、王子がお姫様をさらう。二人は国も身分も捨てて第二の人生を踏み出す。
「難しい役じゃないだろう。何が分からない?」
「誰かを好きになる気持ち」
「好きな人、いないのか?」
エドナは笑って立ち上がる。右手を前に出して言った。
「王子様。私をさらってくださるのですね」
よく通る声だった。
「王子のセリフ、言ってよ」
ミゲルは台本に目を落とす。ページを探り、次のセリフを見つけ出す。
「月が沈む前に逃げ出そう」
「一つお願いがあります。あなたの愛を確かめさせてください」
「どうすればいい?」
凛としたエドナの声に対し、ミゲルは本物の王子であるにも関わらず棒演技だった。
「王子。もっと近くへ」
エドナがミゲルの手を引いて、ベッドに倒れた。ミゲルは両腕を立てて、エドナを押し潰さないようにする。台本はどこかに行ってしまった。
「セリフが分からないぞ」
「セリフはないよ。見つめ合ってキスをするの」
「本番では照明を落とすんだろ?」
「うん。でも私、キスしたことない。ミゲルはある?」
森の中で交わしたキスを思い出す。
「ある」
「どうしてそんな悲しそうな顔するの?」
「お前には分からないさ」
「なら、教えてよ」
エドナがミゲルの首に手を回した。静寂が重みを増していく。ミゲルは動かなかった。
「お前は助手だ。恋人じゃない」
「今は助手でも、いつか恋人になるかも。遠い未来の話じゃなくて五秒後とかに」
「五秒後なんていくら待っても来ないぞ。今があるだけなんだから」
ミゲルはエドナの手を外し、ベッドから降りる。
「あーあ。フラれちゃった。寝る」
エドナはもう自分を見守れとは言わなかった。




