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怪盗は警部で探偵  作者: 仙葉康大
第二章 「警部マイケル」編
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第十二話 「逮捕」

 グランゼファミリー一斉逮捕作戦は、大成功とはいかないでも、成功に終わった。ファミリーの六分の五を捕えた。大物で逃げおおせたのは、ボスのエンドルとボスの右腕のサイモンだけだった。


 作戦の翌日、大量のマフィアを取り調べた。マイケルとキンリエは、ある下っ端マフィアの証言を聞いて絶句した。


「今、なんて言った?」


 椅子と机以外何もない取調室で、マイケルは訊き返した。


「だから、長官と話をさせてくれよ。すぐに俺たちを開放してくれるはずだ。なんたってうちのボスとビルド長官はマブダチだぜ。二人は照れてるのか、親密にしていることは口外するなって言ってたけど、俺ははっきりと感じたよ。ああ、二人はマブダチなんだって。いいから、ビルドさんをだせや」


 キンリエが拳で机に穴を開けた。


「てきとうなことを話さないでください」


 マフィアはドレッドヘアーをたなびかせながら、(わめ)いた。


「俺は嘘は言わねえ。小さいころから、悪さはするけど、嘘だけは言わない子って評判だったんだ。なめてんのかあ」


 キンリエの実力を間近に見て、怯まないマフィアは初めてだった。マイケルはドレッドヘアの大馬鹿野郎に称賛の念すら抱いた。


「お前の証言の根拠は?」

「一緒に飲んでるところを何度も見てる」

「あり得ません。長官がマフィアと通じているなら、そんな軽率な行動をとるはずがありません。隠れて情報のやり取りをするはずです」

「警察の知らない隠れ家で飲んでんだ。お前たちの鼻じゃ絶対に嗅ぎつけられない場所さ。煙のエンドルをなめんじゃねえぞ。お前たちはボスの顔すら知らないだろう」


 エンドルについては名前以外分かっていない。ビルドがマフィアのボスと街中で会っていたとしても、通行人もバーの客もエンドルだと気づけない。


「警部。この男は嘘を言っています。私たちを混乱させるための策略です」

「俺は嘘なんて言ってねえ」


 二人がマイケルを見た。


「嘘かどうかはこの際、どうでもいい。調べて、真実を明らかにすればいいだけだ。お前の取り調べは、明日に回す。次の奴にかかろう」


 新しいマフィアの取り調べを開始する際、マイケルは同じセリフを口にした。


「ビルド長官が逮捕された。後ろ盾はもうないぞ」


 マフィアの反応を観察したが、得られるものはなかった。馬鹿はドレッドヘア一人だけだったらしい。ほとんどのマフィアは取り調べで無反応を貫いた。そうするよう、エンゲルが教育したのだろう。


 キンリエは黙って記録を取り続けていた。


 定時になり、マイケルは取り調べを止める。書類を机の上に置き、そのまま帰宅しようとしたら、声がかかった。


「警部。帰るんですか?」

「悪いか?」

「警部は言いました。真実を明らかにすると。長官の素行を調査しないんですか?」


 マイケルは急がなくていいと思っていた。でも、キンリエの目を見て気が変わった。


「やるさ。だからお前は何もしなくていい」


 キンリエは上半身を微かに揺らしていた。


「私もやります」

「駄目だ。私情を持っている奴は邪魔だ。引っ込んでろ。これは命令だ」


 マイケルは足早にオフィスを出て行った。


 ビルドが出て来るまで、最上階で待機した。後をつけてみたが、ビルドはまっすぐ帰宅した。マイケルは空間軸で、長官室まで戻り、書類をあさった。マイケルに見れない書類はなかった。空間軸の前では、鍵のついている棚も金庫も関係ない。


 有力な証拠は見つからなかった。


 翌朝、マイケルは招待状を受け取った。マイケルは怪盗ミッシェルの隠れ家にファカと住んでいるが、毎朝、警察庁に登録した住所であるアパートメントの郵便受けを確認する。そこに届いていたのだ。差出人はビルド・ノクスだった。


 尾行二日目にして、マイケルは手がかりをつかんだ。というより、確信だった。その日、ビルドは馬車に乗り、自宅とは反対方向に行った。酒屋が密集する街ブランディの小さく軒を構えたバーに入り、二階へ上がった。マイケルが上がろうとすると、バーテンが止めた。


「お客様、二階は立ち入り禁止です」


 マイケルは一度外に出てから、直接二階に飛ぶことにした。まず路地の曲がり角に飛ぶ。


「命令違反だな。キンリエ」


 マイケルが背後から声をかけると、キンリエは飛び上がった。


「ど、どうして」


 空間軸で周囲の空間を把握できるマイケルに対し、尾行をしかけるのは悪手だった。


「こっちのセリフだ。どうしてついて来た?」


 キンリエは唇を結んでいる。


「上司の命令は絶対だ。規律違反だ」


 マイケルは自分のことを棚上げにして言った。キンリエは反論しない。


「今すぐ帰れ」


 長い沈黙の後、キンリエが言った。


「嫌です」

「そうか。残念だよ」


 マイケルは空間軸でキンリエを帰宅させた。キンリエはマイケルが不思議な力を持っていると気づいたかもしれない。


 バーの二階廊下に飛ぶ。ビルドのいる部屋の前で、ドアに耳をつけて聞き耳を立てる。

部屋の中には、ビルドともう一人いた。パイプを喫っている。エンドルという単語が何回か聞こえた。今逮捕しても証拠不十分であるから、マイケルは退散した。


 マフィアの取り調べは続いていた。マイケルはもうビルドとエンドルの関係について尋ねるのを止めていた。マフィアの証言に証拠能力はない。自力で証拠を集めるしかなかった。


 昼休憩の時間を使って、キンリエに昨夜見聞きしたことを報告した。


「信じるかどうかはお前の自由だ」

「信じるしかありません。警部が嘘をつく理由がない」


 キンリエはマグカップを見つめていた。強くまばたきを繰り返して、平生の表情に戻る。


「意外でした。私にも情報をくれるんですね」

「調査するなとは言ったが、蚊帳の外に置くとは言ってない。俺が調べたことは包み隠さず報告するから、尾行はするな」

「分かりました。警部にお任せします」


 話はこれで終わらなかった。


「昨日、警部は私に何をしたんです?」


 マイケルは頬を歪ませる。空間軸の存在は隠さなければならない。軸を求めて戦争が起こっても不思議じゃないのだ。


「もしかして警部は空間魔法が使えるのですか?」


 空間魔法。マイケルは便利な言葉を知れたと思った。


「お前には言ってなかったが、俺にはエルフの血がちょっとばかり流れていてな」


 魔法を使えるのはエルフだけである。だからマイケルは先祖にエルフがいると嘘をついた。


 五日間でマイケルは証拠を集めた。ビルドの方からは何も出ないことが分かっていたので、エンドルに的を絞った。マイケルは探偵ミゲルになり、助手と力を合わせてエンドルの隠れ家を突き止めた。ミゲルはエンドルと取引を交わした。隠れ家の場所を警察にリークしない代わりに、ビルドを売れ、と。ミゲル=マイケルはできることなら二人を捕まえたくなかった。エンドルがいなくなれば、グランゼファミリーの残党が暴走することは目に見えていた。マフィア間抗争が激化し、さらに治安が悪くなる。だからエンドルを見逃すことにした。しかし、ビルドの方は、キンリエのこともあって素通りできなかった。


 証拠が揃ったところで、もう一度キンリエと話をした。


「いつ逮捕するんですか?」

「二日後だ」

「なぜ今すぐ逮捕しないんですか?」


 マイケルはキンリエに招待状を見せる。明日はキンリエの誕生日パーティーだった。


「関係ありません。警部が逮捕しないなら、私が今、逮捕します」

「なら、俺は証拠を今、処分するだけだ」


 キンリエの誕生日パーティーは夜からだった。午前中から夕方にかけては、キンリエは婦警のお友達と過ごす予定だと言っていた。


 ビルド邸は庭つきの洋館だった。門から玄関までの道のりが入り組んでいる。玄関でマイケルを迎えたのは、キンリエの母ノクス夫人だった。キンリエの外見は母親似なのだと思った。洋室に案内してもらう。ビルドが椅子に腰かけてくつろいでいた。


「本日はお招きいただきどうも。他の招待客はまだですか?」

「招待客は君一人だよ。君は優秀だからね」


 ビルドがマイケルの目を見て笑った。


 食卓に食事が並ぶ頃、ドレスアップしたキンリエが二階から降りてきた。真紅のマーメイドドレスが背景から浮いて見えた。


「お誕生日おめでとう」


 ビルド夫妻とマイケルが声を揃えて言った。キンリエは微笑んでありがとうと返した。


 オニオンスープ、ローストビーフ、ポテトサラダ、フルーツタルト。全て婦人の手作りだった。マイケルは職務中のキンリエがどんなに真面目で融通が効かないかを話した。どんなに自分を助けてくれているかも話した。今、言っておかないと手遅れになるから。オニオンスープが甘くて熱くて、マイケルは泣きそうになる。


 皿から料理が消えていった。頃合いかなと思い、マイケルは小包みを渡す。


「開けていいですか?」

「どうぞ。まあ、気に入ったら使ってくれ」


 中身は髪留めだった。色の違うのが三つ。水色、黄緑、ピンクのパステルカラーだ。


「いつも黒いのだから。たまには別のもいいんじゃないかと思ってな」


 職務中は黒しかつけませんと言うと思っていた。でも、キンリエはお礼を言った。

 ビルドもプレゼントを取り出した。キンリエに包みを手渡そうとする。

 キンリエは受け取らなかった。


「受け取れません」

「どうしてだい?」


 キンリエは答えず、別の質問をした。


「私とマイケル警部に話すことはありませんか?」

「やめとけ」


 とマイケルは呟く。


 キンリエがマイケルの足を踏みつけた。テーブルの下だから、ビルド夫妻は気づいていない。マイケルは痛みを顔に出さないように拳と肩に力をいれてこらえる。ビルド夫人はキンリエとビルドの顔を交互に見ていた。


「自分の信念にもとづいてやったことだ。私から話すことは何もないよ。キンリエ。君こそ私に話があるんじゃないかね?」

「分かった。俺がやる。お前らは黙ってろ」


 マイケルは声を張り上げた。


「マイケル警部。自分を逮捕する相手ぐらい選ばせてくれ」

「だが」

「私の娘は君が思っているほどやわじゃないよ」


 ビルドの瞳は揺らがなかった。

 キンリエは告げた。


「ビルド・ノクス。あなたを通謀罪の容疑で逮捕します」


 マイケルは空になった食器を見つめることしかできなかった。キンリエは警察庁へドレス姿では行けないから、着替えなおした。その間に、ビルドは妻に自分がやったことを説明していた。夫人は説明の途中で倒れてしまった。ビルドがカウチに寝かせる。


「すまないが、今夜一晩、妻のことを頼めるかね?」


 マイケルは承知した。


 キンリエが制服に着替えて降りてきた。ビルドを連れて外へ出ようとする。テーブルの上には、まだ開けていない包みがあった。


「キンリエ。受け取るぐらいいいじゃないか。お前は警官である前に、娘だろう」

「お言葉ですが警部」


 マイケルは今のキンリエと目を合わせたくなかった。声だけを聴く。


「これが私の選択です。父が獄中を出てから、受け取ります」


 扉がしまる。マイケルは「くそったれ」と床を踏んだ。時計の秒針の音だけが聞こえていた。


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