第十話 「白昼夢」
グランゼファミリーの主な資金源は、カツアゲではない。カジノである。
「というわけで、我々の部隊はカジノ『シロツメ』を担当する」
部隊長が作戦を説明し始める。要は出入り口塞いで、マフィアに手錠をかけていくだけだ。
グランゼファミリーは表立ってカジノを経営しているわけではない。しかし、カジノの経営者とファミリーの幹部長は兄弟である。カジノ内で麻薬取引を行っているとか、ドラッグパーティを開いているとかいう噂もある。
「幹部だけは絶対に逃がすな。他の雑魚より幹部優先だ」
マイケルは首の後ろに手を回し、天井を見上げる。幹部の顔なんて知らなかった。
カジノ担当部隊の人員は八十名だ。戦闘に特化した人材の集まりである。軸なしでもマイケルは、部隊で二番目に強いと自負している。バストロと殴り合った日々はなかったことにならない。
キンリエは背筋を伸ばして座っていた。作戦書類に何か書き込んでは、二重線で消していく。足を小刻みに動かしている。ついに、書類を机に置き、腕組をしてうつむいてしまった。昨日、帰り際にたどり着いた答えを考え直しているのだろう。いつもは広い額が小さく見えた。
いらない真理を吹きこんだマイケルは、責任を感じた。余計なことを言ったつもりはないが、ここまで真剣に悩むとも思っていなかった。罪滅ぼしに、息抜きの時間と場を提供することにした。
キンリエと共に別空間へ飛ぶ。会議室の風景は一瞬で残像となった。
赤、青、黄、橙、紫。花びらが舞っていた。雨のように降ってくる花びらもあれば、気流に乗って昇っていく花びらもある。大地を埋め尽くしているのは、綿だった。東西南北それぞれの方向の彼方に大樹が見える。枝がカラフルに見えるのは、世界中の花が咲いているからだ。
「ここは?」
「パラルの園だ。辺境ダレルガンの西北に存在する。エルフが魔法で隠しているから、普通のやり方じゃたどり着けない」
マイケルは綿の大地に倒れ込む。自宅のベッドより寝心地がいい。
「お前もやってみろ。楽しいぞ」
「これは夢ですか? 私はさっきまで会議室に」
キンリエはマイケルが空間軸を所有していると知らない。
夢と言うのは、マイケルにとっても都合のいい答えだった。あとで会議をサボったことを怒られないで済む。それだけじゃない。空間軸の説明をしなくてもよいのだ。夢なのだから。
「どうやらお前は大事な会議の最中に寝ちまったようだな」
「起きなければ」
「起きても、マフィアを捕まえるのが、是が非かで悩むだけだよ。ストレス発散しとけ。難しいことは起きてから考えたのでいい」
「それもそうか」
キンリエがマイケルに飛びかかった。首元を狙って手刀を繰り出す。マイケルは転がり、紙一重で躱す。
「何すんだ」
「日頃のストレスをあなたで発散するんです。夢の中では、上司も部下もなければ、刑法も存在しません」
マイケルは跳ね起きて走り出す。だが、もう遅かった。横腹にけりをもらう。痛みに意識を失いかける。膝をついて振り返ると、キンリエは踵落としを繰り出していた。反射的に空間軸を使い、離れた場所へ移動する。頭が割れるところだった。
キンリエはいつにない笑顔で追って来た。
十五分後、二人は会議室に戻った。もともと最後列に座っていたから、突然消えたり、現れたりしても気づく者は少なかったようである。隣の刑事は流石に気づいていたので、「仕事のし過ぎじゃないか?」とごまかす。
細かいことは後日伝えるということで、解散となった。
他の者が会議室を出て行く中、キンリエは頭を下げて言った。
「すみません。警部、私寝てしまいました」
「気にするな。俺も寝てた」
「寝ないでください」
「はい」
マイケルはパイプ椅子をひざ裏で押して立ち上がる。
「でもな、寝ないといい夢は見れないんだぜ」
「それらしいこと言ってごまかそうとしたって駄目ですよ。ほら、作戦資料を持ち帰る」
キンリエが紙の山をマイケルの胸に押しつけた。目が「熟読してください」と言っていた。しかし、作戦当日までにマイケルが熟読したのは、「カジノ必勝法」という本だった。




