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怪盗は警部で探偵  作者: 仙葉康大
第二章 「警部マイケル」編
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第九話 「善か悪か」

 マイケルの目には、レンガ造りの警察庁が監獄に見えた。二人は、馬車も入れそうな大きな扉をこじ開けて、中に入る。硬い靴音を響かせて玄関ホールを抜ける。すれ違った者の反応は二つに分かれた。笑顔でサボりを茶化すか、ゴキブリを見るような目で睨みつけるかだ。


 マイケルとキンリエが所属する第三犯罪捜査課、略して「第三課」のオフィスは五階にある。警察庁は七階建ての建物だから、比較的上階に位置する。


 デスクにメモが置いてあった。マイケルは握りつぶして、ゴミ箱に投げる。

 キンリエは見逃さなかった。メモを拾い上げて、読み上げる。


「帰り次第、長官室に来るように。ビルド・ノクス」


 マイケルの頭にまず浮かんだのは説教という二文字だった。


「俺、お叱りを受けるようなことしたかな?」

「毎日してるじゃありませんか」

「キンリエ。俺の代わりに行って来い」


 マイケルは椅子に腰を下ろす。てこでも動かないつもりだった。


「従えません」


 キンリエは片手でマイケルを引き上げ、立たせた。


「長官様はお前の父ちゃんだろ。上手く言っといてくれよ。それとも何だ? 仲悪いのか?」

「別に良くも悪くもありません」


 そう言ったキンリエの頬には、赤みが差していた。

 結局、二人で行くことにした。


 これまでにも何度か、マイケルは長官と話をしたことがあった。社交辞令以上の会話はしていない。穏やかな人物に見えたが、実際はどうか分からない。組織のトップというのは大抵、本性を隠し持っているものだ。


 ビルド長官は両手を広げて歓迎してくれた。長官室は物が少なかった。棚が一つとマホガニーの机、接待用の卓と椅子。三人は革張りの椅子に腰かける。秘書が紅茶を出し、すぐ秘書室に戻った。


「磯の香りがするね。海にでも行ってきたのかい?」

「正解です。ミゲル顔負けの推理だ」


 マイケルは隠してもしょうがないと思った。相手をからかうための言い訳に意味はあるが、自分を守るための言い訳に意味はない。サボっていたと正直に話した。


「今日は絶好の海日和だからね。キンリエも楽しんできたかい?」

「私はマイケル警部を連れ戻しに行っただけです」


 キンリエは父に対してというより、長官に対して答えていた。


 三人は、マイケルが捕まえた殺人鬼たちについて話をした。裁判所がどのような刑を言い渡したか。獄中での様子はどうか。今、裁判中の犯人はどのような態度か。ビルドは全て把握していた。一方、マイケルは全て初耳だった。


「なぜこんなお話を?」

「いい機会だからだよ。今日授与した勲章は、殺人鬼十人を逮捕したという結果を讃えるものだ。しかし、結果だけ見ていては、見失う。過程と未来を忘れてはいけない」

「含蓄あるお言葉をどうも。よく意味は分かりませんが」

「それは警部が馬鹿だからです」


 マイケルはキンリエの足を小突く。キンリエが踏み返す。

 勲章とは関係のない話もした。


「君たちには伝えておこう。近々、マフィアを一斉逮捕することになった」

「一斉逮捕ってどういう規模でやるんです? 中途半端にやると、逆効果ですよ」


 マイケルは頭に勢力図を描いた。サクス大国の王都を中心に活動しているファミリーは四つ。一番強い勢力が、グランゼファミリーだ。ボスは煙のエンドル。残り三つの中規模マフィアは力が拮抗している。グランゼファミリーに比べて、存在感は限りなくゼロに近い。


「標的はグランゼだ」

「よりにもよって。マフィア逮捕なんてやめときましょうよ」

「できるなら私もそうしたい」

「警部も長官も何を言っているんですか。一斉逮捕できるなら、しなければなりません。国民も安心するはずです」


 マイケルとビルドは苦笑した。


 オフィスに戻り、マイケルは昨日の分の書類仕事を片付けた。今日の分はキンリエがやってくれた。一息ついたときには、八時を過ぎていた。働き過ぎたと後悔する。


 二人とも馬車通いである。警察庁の前に立っていると、夜でも十分に一台は馬車が来る。街灯の下で、キンリエはファイルを読み込んでいた。グランゼファミリーの情報を頭に叩き込んでいる。


「根を詰めるなよ。張り切ってもいいことないぞ」


 マイケルは目を凝らして空を見つめる。街灯の明かりが邪魔で、星が見えない。


「マフィアは市民を脅かす悪です。排除するための努力を惜しむわけにはいきません」

「そうかなあ」

「そうです。単純な話です」


 曲がり角から蹄の音が聞こえた。一頭の馬が二輪の車を引いて来た。先に待っていた老人が乗り込んだ。

 馬車が行ってから、マイケルは言った。


「単純な考えと偏見は違うぞ。お前のは偏見だ。マフィアをよく思っている奴だっているし、マフィアだっていいことをするときもある。子供にアイスおごったり、不良少年からタバコを奪ったり、野良猫に餌やったり」


「だからマフィアは善だとでも言うんですか? さっき警部が挙げたいいことなんて、普通の人は普通にしてます。警部は自身の立場を分かっていないのでは? マフィアに友達でもいるんですか?」

「一度にいくつも質問するなよ。俺はただ、善悪で考えるなと言いたいだけだ。偏見を捨て、善悪を排除し、単純に考えろ。この街からグランゼファミリーがいなくなるとどうなる?」 


 キンリエは黙った。マイケルは「空いた椅子」というヒントを与える。キンリエの表情が固くなる。


「残りの中規模ファミリーによる勢力争いが激化する」


 キンリエはもうファイルを閉じていた。うなだれて首を振る。


「警察内部に中規模ファミリーとつながっている奴がいるんだろうな。次官あたりかな」

「憶測でものを言うのは危険です」


 馬車が二台、立て続けに停まった。キンリエが明日はサボらないよう再三注意した。マイケルは二つ返事で答える。別々の馬車に乗り、それぞれの家へ帰った。


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